第三話 異世界なのに食事は豊かです(偏見)
一般男子寮にはボスがいた。そいつに名は無く、周囲からは単純にボスと呼ばれていた。
威風堂々とした佇まい、自分よりも体の大きい者に対しても怖じけず、寧ろキレたナイフの如くその爪を振るっては相手を倒してきた。例え追い出されても決して挫ける事なく復讐の牙を研ぎ澄ます。
正に野獣。一般男子寮に潜む暴力の権化。ぶっちゃけると寮の一室を寝座にした野良猫なんだけどな。
何でも俺に割り当てられた部屋は昔から三毛猫が居ついていて、誰がいようと構わず二段ベッドの上で寝ている。ただそこで寝ているだけなのだが、追い出そうとすれば猛烈に攻撃して来る(実体験)。
「それでいいのか寮長」
「良くはないが、学園の総意で無理だと判断した。それと救済措置として倉庫の荷物を片付けた狭い個室はあるがどうする?」
「最初から妥協案を用意してた時点で確信犯ですよねぇ?」
これは遠回しでイジメられているのではないだろうか?
だからって場所を譲るのも俺が猫畜生に負けたようで気に食わん。勝ったぞ俺は。ただ追い出しても屋根裏からヘッドアタックかまして来たのでキリがないのだ。だが勝ったのは俺だ。
「仕方ないから二段目はお前に譲ってやる。感謝して媚び売れよ」
室内、ベッドの上で丸まっている猫に命令したが片目だけ開けるとすぐに閉じて寝入りやがった。糞猫が。まあ、糞もしなければ爪研ぎもせず本当に寝るだけの為にこの部屋に入り込んでいるだけのようなので大目に見てやろう。ただし毛玉や糞の一つでも見かけたら速攻で三味線にしてくれる。
舌打ちして俺もそろそろ寝ようかと一段目のベッドに入ろうとした直前、窓を叩く小さな音が聞こえた。
カーテンを開けてみれば、鳥が一匹窓ガラスを嘴で小突いていた。
「お前か」
俺は窓の開けて鳥を招き入れる。紺色の地味な色合いをしているが良く見ると翼が四枚ある。こいつは鳩じゃないが伝書鳩だ。対象の臭いを覚えて相手が移動中でも届くフージレング公国の通信手段である。
駄賃として、凝縮し過ぎた結果なのかやけにドロリとした圧縮果汁を皿に垂らして……置いて差し出す。伝書鳥が溶けたチョコみたいな果汁を舐めている間に、足に括りつけてある手紙回収して読む。
内容を見てみれば母親からだった。元気にしてるかとか歯磨きをちゃんとしてるかとか友達できたかとか……まだ初日なんだけど。取り敢えず返事を返さなかったらしつこそうなので『元気』だけ書いて送り返しておこう。それで満足するだろ。
手紙をささっと書いて筒に入れるため丸めていると、果汁を舐めきった鳥と猫がいつの間にか睨み合っていた。
「キシャラァァァァアアッ!」
「ピニャラアアアアァァッ!」
「お前らそんな声で鳴くの!? あっ、こら暴れんじゃねえ!」
翌朝、俺は鳥と猫の畜生対決のせいで寝不足となり欠伸をしながら登校する羽目になった。まだ十二という瑞々しい肉体のせいかどうも夜遅くまで起きているのが苦手だ。
だから授業に集中できなくても仕方がないのだ。というか実際に座学中一度注意されたのだが、あの三毛猫のいる部屋の住人だと言うと許された。教師にまで認知されているのかよクソが。
PTAどこだよオイ。こういう時に活躍しないとダメだろ教育委員会!
前世とは趣の違う学生生活という退屈な時間を過ごしているとあっという間に昼となって昼食の時間になった。
朝と夜は寮の食堂だが昼は校舎の食堂での食事となる。ビュッフェ形式で料金は学費に含まれていて、食堂に着いたらすぐに好きな物を食べれるのは良い。
ただ自由席なのだ。自由席。本日は二日目晴天なり。王都在住で以前から交友があったシティボーイ&シティガール達は揃って同じテーブル席に存在。地方から来た未だ垢抜けていない少年少女達は慣れない空間で少し落ち着きなくボッチ飯。
斯く言う俺もボッチ飯だ。まだ日が浅いからな。これはしょうがない。寮では先輩方が魔の角部屋(猫在住)から逃げなかった俺に対して変な噂を立て始めたせいで将来的にもボッチの可能性は高いが。何だよ獣のルームメイトって。ザケンな。
ただそんなボッチ連中を嘲笑うかのように既にグループ形成に成功している人生充実してる奴もまたいた。
あのアクセルとか言う転生者疑惑濃厚な奴が男女混合集団を既に形成しつつある。コミュ力高いなー、憧れるなー、妬ましいなー。
だからって真似しようと思わないが。何で生まれ変わった後でも無闇に愛想笑いを振りまく必要があるのか。二週目となれば自分にとって最も適した精神安定状態を構築するのは容易い。嫉妬はするけどな!
カーッ、何もせずにチヤホヤされてぇ!
焼いた薄い豚肉をキャベツに乗せて辛めのスパイスソースを絡めた上で包んだ物を手づかみでムシャムシャ食う。口に出して悪態を吐いていないのに、近くの貴族っぽい上品な少女グループが野蛮とかケダモノとか言っているのが聞こえた。俺の五感は自己改造の結果、人間以上獣人未満に鋭いんだぞコラ。
視線を女子グループに向けたら目を逸らされた。分かればヨロシイ。
しかし、さっきの話の続きという訳でもないが、こうして食堂内を観察すると二日目にしてそれなりの数のグループが出来上がっているのは凄い。具体性はないがとにかく凄いと思う。
大きいのは貴族グループだろう。この辺りは王都に住んでるのもあって納得だが、平民中心で出来上がるあのグループはなんだろうか。王都在住平民グループは分かる。だけどアクセルのように地方から来て知り合いがいない筈なのにまとまっているのは何故だ。クソッ、非リア充の俺には想像もその手法が想像もできない。洗脳とか言われた方が納得するわ!
一年はそんな感じだが、二年三年はもっと緩い。身を守るようにわざわざ集まる必要な時期を過ぎているという事か。
それでも人数の多いグループはいくつかあり、やはり中心人物となる生徒がいるようだった。
「ヴァレリア様、今日は混雑しているようですので、良ければ私が食事をお運びしましょうか?」
「実家の領地から良い茶葉が送られて来たのです。良ければ食後にお出ししましょう」
明らかに貴族の子供と断言できる上級生の集団。そんな中で周りから気を遣われ尽くされている少女が一人いる。
「ありがとう。でも自分で取りに行きます。それとお茶の方はまた今度飲ませていただけませんか? ここは皆が使う食堂で、ルールがありますから」
丁寧に感謝とお断りを行う美少女――というか既に体型のバランスが完成されていて大人びた雰囲気から美女に近い。良いトコのお嬢様なのだろう。加えてルックスと耳に残る良く通る声。人気者間違いなしっすね。
そしてもう一グループ。こっちは和気藹々として平民が多い。単なる仲良しグループかと思ったが、リーダーではないが中心人物がいるようだ。明らかに慎重が十代前半はない程に背の高い金髪の男子生徒だ。あっちは騒がし過ぎて会話内容がまるで分からん。
「派閥争いとかあるのかね。あったら是非とも高みの見物したいな」
ついうっかり口にする。幸い誰にも聞かれなかったようで、安心してビーフシチューに乾燥させた魚の切り身とソースの掛かっていないスパゲティ、千切ったパン、スライスされたゆで卵をぶち込んで掻き回す。
隣のテーブルに座っていた生徒が唖然とこっちを見ていた。どいつもこいつも盗み見しやがって、デリカシーないな。
もっちゃもっちゃとねこまんま状態のビーフシチューを口の中に掻き込んでいると、後者の上級生グループの中から例の金髪高身長イケメンがこっち来た。俺の周りには誰もいない筈だよな?
「君、もしかしてだけどフージレングのシーザーさんの子だよね」
「え? ええ、そうですけど……」
シーザーとは俺の父親の名前だ。何で知ってんだこの男。怖いんだけど。
「覚えてないかな? アーロンとフージレングの国境で発生した魔獣の大氾濫。二国合同の討伐に俺も参加していたんだけど」
確かに二年前近くにそんな事があり、父のシーザーもそれに参加していた。それで、実戦や軍の空気を味わうには丁度良いんじゃね? などとお偉いさんがいつものトチ狂った思いつきで軍関係者のイイ歳(子供)した少年少女達が従士見習いの扱いで参加した。その中には俺もいたのだ。
要はパシリなんだが、何だかんだで目が回るような忙しさだった。その苦い思い出の中、確かに目の前の上級生はアーロン側の軍隊の中にいて、父と駄弁っていた。
「あっ……勇者ルシオ……さん」
「そう! いやぁ、大きくなったね。まさか魔法学園に入学してるなんて。シーザーさんは元気かな?」
「え、ええ、無駄に元気です。少しは歳相応に落ち着いて欲しいぐらいに」
俺の返答が面白かったらしく、ルシオさんは笑う。
て言うか、突っ込みどころが多い!
勇者ルシオ。アーロン王国が保有する個人武勇トップクラスの英雄。フージレングの公爵であるハイエルフ曰く、"本物"。そんな奴が一般人Aな俺にフレンドリーに話しかけんなよ! というか覚えてたの!? だいたいアンタ、俺より三つか四つ年上だろ!
「ルシオさんはどうしてここに? 軍のお仕事は?」
「ああ、俺って辺境の出で教養がないだろ? だから騎士団に所属しながら学園で勉強してるんだよ」
「ああ、なるほど……」
聞いた話によれば彼の出身は辺境の村の農民だ。剣ではなく鍬を振るい、魔法ではなく畑の勉強を親の手伝いをしながら生活していたそうだ。彼の人生が変わったのは近隣に大規模な盗賊団の出現した時だ。傭兵崩れの盗賊団は村々を襲い始め、その中には彼の村もあった。
ルシオさんは村の住人が逃げる為の時間を稼ぐために一人立ち向かい、盗賊団を壊滅させた。
おかしいやん? 何で一人で壊滅させてんの?
「あっ、向こうの人が呼んでますよ」
ルシオさんと一緒に食堂に入ってきた上級生が彼を呼んでいるのでそれを教える。
「ああ、待たせてしまったか。こちらから声を掛けて来たのに悪いね。今度機会があれば食事でもしよう。フージレングについても聞きたいから」
イケメンだけが許される爽やかな笑顔で去っていく若き勇者。彼が友人達の所に戻った後、俺はふと視線を感じて周囲を見回す。
有名人に声を掛けられた謎の留学生現るみたいな感じだ。目立ちたくないんだけど的なヤレヤレ系ロールがもしかして出来るかも? いや、無理だろ。既にこの国の最強戦力がいるし。
だからそんな風に見ないで欲しい。つい目立ちたくなって何かしたくなるだろ。それで結局スベって恥かくんだ。人生ってそういうもんだ俺知ってる。
あっ、昨日喧嘩した貴族の坊ちゃんもこっち見てる。視線を向けると舌打ちして目を逸らされた。奴もボッチ飯である。初日でチート野郎に恥かかされた奴見ると親近感沸くなー。
テリオンは十二歳。勇者は十六歳。
魔法学園は最低入学年齢が十二であり、上限は基本的に設けられていません。