第三十三話 UMAもヤバイが熊はもっとヤバイ
「助けて頂きありがとうございます、テリオン様」
「いえ、俺は声をかけただけですから」
目の前で若い夫婦が頭を下げてくるのを慌てて止める。
場所は違法屋台から少し離れた路上。店に入る事も考えたが、俺がそう言えば高い店で奢って来そうなので止めた。
「お二人はどうしてここに?」
「あの方の何時ものです」
「あー……大変ですね」
「いえ、それが我らの役目ですから」
「それに実は私達で私達で楽しんでおります」
夫婦はそう言うと体を寄り添わせて仲良しっぷりを無駄にアピール。普通ならリア充死ねと言うところだが、この二人の場合はもうお腹一杯って感じである。
「所でそちらのお嬢さんは?」
夫の方の視線が俺の後ろにいるベルに向けられる。ああ、そういやまだ紹介していなかったな。ベルはいきなり蚊帳の外になったにも関わらず空気のようにそこに突っ立ったままで慣れた様子だ。まさか奴隷時代で慣れているとか言わんよな?
「まさか、彼女さんですか? まあ! とうとうお決めになったのですね!」
ベルを見て妙な想像をしたせいで出来た僅か間を勘違いした奥方が黄色い声を上げた。おい止めろ馬鹿。
「おおっ、そうなのですか? 我らの姫君でないのが残念ですが、それは大変目出度い事です!」
ヤベェ、旦那の方も勘違いしてる。この夫婦はフージレングの中でもまともな部類だが暴走しやすい所がある。それに情報の発端と言うか、社交界と井戸端会議の両方に情報網を持っているような人達なんで放置しとくと誤解が国中に広まってしまう。
「盛り上がってるとこ悪いんですけど、違います。こいつはベル。アーロン王国で見つけた月猫族です」
フージレング中に勘違いを拡散されては堪らないので早々に紹介する。俺に背中を押されて前に出たベルが小さく会釈した。
「おや、そうなのですか。これはとんだ勘違いを。月猫族が見つかったのは小耳に挟んでいましたが、彼女がそうなのですね」
「ええ。ベル、彼らはバートリ夫妻。フージレングの……まあ、偉い人達」
小学生か! とも思える説明だが、バートリ家の立場は特殊だから説明に困る。表向きは貴族で十分通るのだが、実態は違う。これからフージレングの人間になるベルに間違った知識を与えるのもどうかと思う。あー、引率みたいで面倒クセェ。
「ジェルジュ・バートリと申します。よろしくお願いします、ベルさん」
「その妻、アンナ・バートリです。フージレングは良い所ですよ。きっと気に入ると思います」
「はい……」
普段から口数少ないベルだが、今回は照れているのかより普段より小さく見える。
「ところでテリオン様と彼女の二人だけで帰省を? 貴方の実力は存じていますが、些か無用心ではないですか?」
「良ければ私達と共に行きませんか。丁度旅行から帰るところですし、あの方もお喜びになるでしょう」
「あー……一応、保護者同伴なんですよ。一応、保護者。デネディアなんですけど」
「あの魔翼族のデネディア様ですか。これは差し出がましい事を言いました。しかしデネディア様がいるとなれば、是非ご挨拶に伺わなければ」
あー、うん。あんたらならそう言うと思った。普通なら魔翼族に挨拶なんて仕事でも嫌がる事なんだがこの夫婦は違う。
楽しそうにするバートリ夫妻と共に馬車が停めてある場所に向かう。その道中、ベルがこっそりと俺の裾を引っ張って来て、小さな声で喋り始める。
「あの怖い人に会うのに楽しそう」
やっぱり怖いと思われていたデネディア。当然だな! だけどお前はそんな怖い人の目の前で堂々と眠ってたんだぞ?
「まあ、魔翼族はあの人らにとってお客様だからな」
「どういうこと?」
「んー、多分この後一緒に公都行く事になるだろうし、どうせ夜には会うからな。そん時に説明してやる」
俺の言葉にベルはただ首を傾げるだけだった。別にもったいぶってるだけじゃなくて、二度説明するのが面倒なだけである。それに、アレを見て本能の強い月猫族の少女がどういう反応をするのか分からないから下手に先入観を与えない方が良いだろう。
検問所の隣に設置された待機所に停めてある馬車が見えたタイミングで、デネディアが丁度馬車へと戻るところだった。
魔翼族の女は呼んでもいないのに後ろから来る俺達に気付いて振り返った。頭の中にレーダーでも搭載しているのだろうか。
俺とベルだけでなくバートリ夫妻も一緒にいるのに気付くとデネディアは外行くよりも穏やかな笑みを浮かべて若夫婦を歓迎する。本当、自分に味方する人には寛容だよな。
「二人とも久しぶり。まさかこんな所で会うなんて。また伯の気まぐれ? 大変ねぇ」
「私どもにとって主の願いこそ全てであります。この程度、苦にもなりません」
そして始まる大人達の挨拶。はいはい、子供はあっち行こうねー。こういう時、子供って立場は楽で良いわ。
三人を放置し、ベルを伴って馬車の中に戻る。
「お帰りなさい」
「…………」
また刺繍(別作品)をしていたヴァレリアが顔を上げた。どうでも良いが『お帰りなさい』の言い方がすっげー人妻感があった。何だこの人、前世の人生分プラスされてる?
「入らないの?」
「ああ、いえ……もしかすると同行者が増えるかもしれないけど大丈夫ですか?」
「相乗りさせて貰っている身だもの。私の事は気にしないで」
「そうですか」
ヴァレリアの了承も念の為(偶々)手に入れた。ベルが俺の脇を通って馬車に乗り込む間に俺は後ろを振り返る。三人はまだ話していた。
仕方ないので戻って報告する。
「二人とも、同行するんですよね」
「ええ、よろしくお願いします」
「こっちにアーロン王国のお客さんが乗ってるんですけど、大丈夫ですか?」
「構いませんとも。私共がお邪魔させてもらう側なのですから。良ければその方にもご挨拶したいのですが」
「一応、お忍びなんですけど……」
ジェルジュさんの申し出に俺はデネディアを見る。
「良いんじゃない? それに確か二人はアーロンの歌姫のファンだったわよね?」
マジか。誰も彼もがヴァレリアのファンかよ。テキトーに石でも投げたら当たりそうだ。
「アーロンの歌姫と言えば、もしやヴァレリア・イシュタナですか?」
「ええ、ええ、勿論ファンですとも。何よりあの方が大ファンなんですの」
「マジか」
思わず口に出てしまった。バートリ夫妻が盗み聞きを警戒して念の為に内輪以外がいる場所では『あの方』と遠回しに呼ぶあの人がまさかヴァレリアのファンだったとは。見かけからしてギャップが凄くて笑うどころか頬が引きつる。
「あの方よりも先にご挨拶する訳にはいきません。無作法ですが、会うのは夜にお願いします」
「はいはい。本当に貴方達は伯第一主義ね」
「それがバートリ家ですから」
そんな訳でご対面は夜となった。まあ、俺もベルに会わせる気でいたからそれで良いんだけど。一体どうなるのか、面倒だから俺だけ欠席して早々に寝てしまおうか。ついそんな思いが浮かんだ。
検問所を出発し日が沈み始めた頃、俺達一行は野営する事になった。
デネディア所有の馬車にバートリ夫妻の馬車がついて来れるのだろうかと言う問題が出発直前になって気付いたが、全然問題無かった。というか超余裕だった。
バートリ夫妻の馬車はやたらと大きいのを除けば特に派手な装飾の無い普通の馬車だ。まあ、商人の家の若夫婦を普段から装っているからここまでは良い。言い訳できる。ただその馬車を牽いている二匹の馬が問題だった。
黒い肌のデカい馬だ。どれくらいデカいかと言うと、足から頭の天辺までが一般住宅の二階に余裕で届く二メートル越えで脚も太く、蹄の大きさが人の頭ほどあるのだ。
馬車の中ではバートリ家の馬に気付いてずっと窓から見ていて、馬車から降りた今もその二頭を前にして見上げている。
「スゲェよな。これで魔獣じゃないんだぜ」
ベルの面倒を見るという名目で野営準備から一抜けした俺も彼女の隣で黒馬を見上げている。と言っても、野営準備はデネディアの召使に加えヴァレリアの世話役、バートリ家の使用人達が行っているので人手の問題はない。寧ろ俺が手伝おうとすれば恐縮させてしまう。今までの道中でもそうだった。
ぶっちゃけフージレングでは特別扱いされている感のある俺だが、実際にそうされるとちょっと居た堪れない気分になってしまう庶民性が抜けない。
「はー……」
ベルは魔獣でも魔物でもないUMAに興味津々だ。こうして見れば年相応――いや、何時でも逃げれるように腰を落とす警戒心は子供じゃねえわ。
「良ければ餌を与えてみますか?
バートリ家の御者から何を勘違いしたのか餌遣りを勧められた。まるで動物と触れ合えるのが謳い文句の動物園のようだ。
ベルが頷くと御者が餌の入った大きな桶を二つ持ってきた。どちらも中身一杯でとても片手で持てるような重さではないだろうに余裕そうだ。
「肉も食べるの?」
「こいつ雑食だし」
桶の一つには厚切りにされた肉が積まれている。御者からそれを受け取って俺は馬の一頭に向けて放り投げる。デカ過ぎてこうでもしないと子供の身長だと届かないのだ。
黒馬は投げられた餌を当たり前のようにして口でキャッチして咀嚼する。
「ほら、お前も」
桶を差し出して肉を取らせ、相方の黒馬に向けて同じようにさせる。ベルが投げたのはやや低くかったが、黒馬の方が合わせてくれた。
「馬なのに本当に食べるんだ」
「気の長い種族が手ずから品種改良したからな」
元は普通の馬だったのを研究に研究を重ね、訳の分からない訓練も施して出来た馬だ。魔法がある世界だから魔力が一切関係していないとは言えないが、遺伝子に直接手を加えていない。まあ、猿が人間になったのと比べればマシな進化と言える。
子供なら丸呑みできそうなサイズの馬に餌をやる。肉だけでなく野菜もある。贅沢だが、このサイズとなれば相応に食うのだろう。
そうしている内に野営準備が終わったようだった。
キャンプの定番であるテントが一時間もしない内に組み上がっていた。テントって言うには一軒家程の大きさが、それも複数。元々デネディア御一行様でも豪華なのにバートリ家まで加わったらそりゃあ豪華にもなる。
「これ何?」
「デネディアの魔法」
ベルが宙に浮かぶ小さな発光体を指差す。日が沈み夜となった今、蛍のように空中を漂う色とりどりの無数の光は何と幻想的なのだろうか。
「――機雷だけどな」
「え?」
「これ一つ一つがセンサーで周囲を警戒してくれるんだ。部外者が近づけば教えてくれるし敵意ある場合は相手に向かって群がって爆発する」
しかも属性がバラバラで、光の色で属性が分かれているように見せかけて実はそんなの関係無かったという悪辣さも備えている。
「ビビらなくても俺達には何もしねえよ。触ってもな」
多分な!
俺が虫を払うように手を振れば離れているが、俺だけ攻撃対象に除外されている可能性が高いからなぁ。
蛍モドキにビビるベルを連れてバートリ家の天幕へと移動する。今日は向こうさんの奢りで夕食だ。
天幕前で警護してる人らに挨拶して中に入ると既に中にはバートリ夫妻にデネディア、ヴァレリアがいた。
絨毯が敷かれとてもテントとは思えない空間の中、用意された椅子に座る。前にはシックな長方形のテーブルが置かれていた。既に食器が置かれ準備万端だ。
だが夕食会はまだだ。肝心のホストが現れていない。
天幕の奥、仕切りによって区切られ隠れている場所に人がいる気配がする。隠れている訳ではないが、例えそうでも誤魔化しきれない存在感を感じる。
例えるなら巨大な建物がすぐ傍にあるような感じだ。ベルもそれに気付いていて、さっきから落ち着きがない。
「待たせてしまったようで申し訳ない」
低い声と共に奥の間から一人の男が現れる。シャツと黒いジャケットを着、黒い髭に切れ長の赤い瞳の中年男性だ。
「はじめまして、私の名はカール・ヴァンドラデュ。吸血鬼族の長をさせてもらっている」
<UMA>
テリオンが勝手にそう読んでいるだけで生物学上は普通の馬。
ただし品種改良と特別なトレーニングの末に昼夜通して何日も走り続け、最高速度は新幹線並になる。




