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第三十話 アーロン王国のアナスタシアさん


 誰かーッ! ダレカーッ! 助けてェ! 助けろよオイ! 特にそこのヅカ系! インテリジェンスウェポン相手にボソボソ話してないでこっち向けやオラァ! つかそいつ無口過ぎて何の反応も返してねえじゃん!

 貴賓室の身が沈むような高級感溢れる椅子はなんと座り心地が良いのか。そして精神的になんて身を縮こませるのだろうか。

 別にこの貴賓室は絶対に王族だけが使う訳じゃない。ここに来た客というか保護者の中で一番偉い奴が座るのであって王様専用じゃない。だが王女と同席しているのが問題だ。

 何が問題なのかは具体的には分からない。分からないがヤバいのは分かる。

 幸いなのは、講堂の扉が開かれて入場し始めた生徒達がもう少しで登場するであろう歌姫を今か今かと待っていて二階の見上げる様子が無い事だろう。

 それでも居心地が悪い! 椅子は悪くはないが空間がヤバい! 何か癒しが、癒しが欲しい。


「この果物ジュース、最近王都で流行りの店の新作なんだって。シェイクみたいな感じだけど、味は濃いフルーツで後味残さないからいいわよね」

「そうだなー」


 そんな美味しい物で幸せを感じる性質でもないので、もっと分かりやすいの無いっすかねえ?

 リズベットから薦められてマンゴー味のジュースをストローでチュルチュル飲む。

 焦点の合っていないまま視界を前に向けていると隅の方で動きがあった。思わずそちらに顔を向ける。

 場所はここから右斜め向かいの貴賓室だ。プレミアムチケット持ちが入って来たと思ったら、それはブーメル・オルテインだった。

 歌姫のコンサートに興味あったんかワレェ! と思った直後ブーメルがエスコートして入室してきた女子生徒に気づく。野外授業の時に挨拶して来たブーメルの許嫁のアルテミノ・ヘルティスだ。

 不機嫌そうな仏頂面だが優しく手を引くブーメル、内心を知ってるからなのか無愛想な男の丁寧なエスコートに笑みを浮かべて座るアルテミノ。

 何だろう、この感じ。自然と頬が緩むんできてしまう。あの光景を見ただけで暖かな活力を得る感覚は。


「――――ッ!?」


 ブーメルが俺に気づいて目を見開く。そして俺の笑顔を見て怒ったように顔を赤くして握り拳を作る。魔力も激って拳に集中していた。

 えっ、なに? やんの? ここで決着つける気? でも隣には王女様がいらっしゃるんですけど、いいんですかねぇ伯爵子息様ァ?


(テメェはいつか殺す)

(やってみろよ色男)


 ブーメルと心が通じ合った気がした。気のせいだけど。

 お顔真っ赤っかなブーメルが渋々席に座り、となりのアルテミノ嬢がこちらに向かって会釈する。気難しい夫とそれをフォローする妻を見てるみたいでスッゲェ癒される。

 ブーメル、乱暴者だけで初対面は最悪だがこの時ばかりはお前は俺の癒しだ。


「愉悦ってるところ悪いけど、はい」


 幸福度の上昇で精神が安定したところでリズベットが青色の棒を俺の渡してきた。隣を視ればリズベットは緑で、フェイリスはピンク色のを持っている。


「…………」


 簡易なマジックアイテムのようで、軽く魔力を流すと棒が目に優しい光を放つ。


「…………」


 これ前世で見覚えあるぞ。いや、あっちは折るタイプだからペンライトか?

 いや待て、棒の名前なんてどうでもいいんだ。このアイドルコンサートで使われるようなアイテムを何故渡されたのかが問題だ。

 貴賓室から下を視れば、雑談してコンサートが開かれるのを待っている生徒達も同様の物を持っているのが見えた。

 何だろう、嫌な――変な予感が止まらない。

 俺の思考を遮るように講堂を照らす光量が徐々に減っていく。映画館で上映が始まる時にシアターの証明が落とされるのに似ている。


『ただ今より、学内コンサートを開催いたします』


 暗くなっていく最中、拡声器(魔力でミョンミョンと空気の振動を広げるマジックアイテム)によるナレーションが聞こえる。

 講堂内が完全に暗闇に包まれた頃には雑談していた生徒達も口を閉じるが、逆に爆発しそうなのを溜め込んでいるような空気が場を満たす。

 そして、長いと感じる静寂の中でステージ上の一点を複数のスポットライトが照らす。

 いつの間にそこにいたのか、ドレスと言うには些か趣の違う衣装に身を包んだ少女が立っている。学園の食堂で何度か見かけた事のある女子で、常に多くの生徒に囲まれていた。

 学園で見る時と違って化粧に加え口紅も付け、髪型も違う。そして取り巻きに慣れた様子で相槌を打っていた時とは雰囲気が大違いで真剣な表情をしている。

 講堂内に曲が流れ出し、ヴァレリアの口がゆっくりと開く。

 彼女が発する声は喧騒に満ちた路上であろうと耳を通じて目を惹かせ、足を止めさせる。音楽に興味を沸かない者でさえ魅了するものだった。

 国がたかが歌手を自慢にするだけある。あるが――


『ワアアアアアアァァッ』


 講堂内に響く生徒達のこの歓声なのか雄叫びなのか分からない声! 暗闇の中で左右に振られるペンライト! これアイドルだ! アイドル歌手のライブコンサートだよ!

 曲も歌詞も平成な感じだよ!? こっちの世界風に翻訳されてるけど明らかに前世の現代風のノリじゃん!

 アガガガガッ、前世の死に場所と同じ空気! 何だこれ。何だこれゴラ。ここは何時から日本になったんだ?

 国王の膝下である王都でファンショップを見た時に一抹の不安を覚えたが、まさか現実になろうとは。

 帝国のさー! 昔いたって言う転生者はさー! 明らかに資本主義の人間でさー! 魔力炉の建造でウハウハだったらしいじゃん! 影響受けるにしてもそっちにしとけよ!

 盛り上がる周囲とは反対に俺は混乱の極みにあるままアーロン王国の歌姫ヴァレリア・イシュタナのコンサートは順調にスケジュールを消化――というか駆け抜けて、アンコールにまで応えて予定終了時間をオーバーしつつも終了した。

 コンサートが終わりアイドル歌手も舞台から退場、明るくなった講堂の中は余韻に浸ったり友人と感想を言い合い盛り上がっている。

 そんな程良い空気が満ちる中で俺は椅子の背もたれに体重を預け息を吐いた。何もしてない筈なのに疲れた。どっと体力を奪われた感じがする。

 何故コンサートという物はこんなにも疲れるのだろう。つっても前世含めて二回ぐらいしか経験ないけど。前回は死に場所だったし。もしかしてそれと関係あるのだろうか?


「今回のコンサートも良かったね。学生向けだから明るめやノリの良い曲ばっかりだったし!」


 隣の王女様はご満悦だ。コンサート前よりも元気だ。えっ、俺の体力吸ったの君か?


「そうだなー……オタ芸がないのはちょっと安心した」

「あれはまだ人類には早いから」


 真顔で言った所悪いけど彼らも人類なんですがそれは?

 にっぽ――地球人の業の深さに哀愁を感じながら俺達も席を立つ。そういやここ貴賓室だった。ハハッ、王国への侵食を見た直後だとどうでもいいな。

 斜め向かいの部屋にいたブーメルも疲れた顔をして退出する所だった。その隣でアルテミノはにっこりしている。

 ……婚約者のご機嫌取り?

 同級生の苦労を感じながら部屋を出る。そのまま講堂を出て解散かと思っていたら通路の途中でコンサートのスタッフ達が窓から外の様子を険しい顔で見ているのを発見する。

 外で何か――あっ。

 察せてしまった。すっかり忘れていたが外にはあのストーカーがいるんだった。もしかするとアナスタシアが騒いでいるのだろうか。


「何かあったんですか?」


 俺と同じ予想をしたのか、フェイリスが前に出て尋ねる。


「これは王女殿下」


 リズベットの姿を見てスタッフ達が姿勢を正して礼をする。イケメン揃いだからこそ様になる光景だった。いやー、貴族社会凄いっすわ。


「何があったのですか?」


 王女モードのリズベットが改めて問いただす。


「それが、何と言ったら良いものか……。端的に言いますと、アナスタシアが増えました」

「…………」

「…………」


 彼らは何を言っているのだろうか? イケメンでも狂うのかな?

 リズベットもフェイリスも面食らっている中、俺は窓に近づいて講堂の外を見る。

 木陰に隠れたアナスタシアがひとーり、更にそこから離れた正面入口近くにふたーり…………増えてるーーっ!?


「え? やだ何あれ。気持ち悪ッ!」

「これは……悪夢だな」


 二人も気付いて顔を青ざめている。もう言葉通りに怖がっていた。


「アナスタシアを監視していたスタッフによればコンサートが始まってから段々と気配が黒くなり、生徒達が講堂に出た途端に一気に増えたそうです」

「意味分かんねえ!」


 怒鳴り声を上げてしまったが誰もそれを咎めない。全員が同じ気持ちなんだろう。


「アナスタシアは二人だけではありません。ここから見える以外にも確認出来ただけで八人。講堂をぐるりと見張っているようです」


 何言ってんのか脳が理解を拒もうとするが、目の前の現実が消える訳じゃない。


「現実的な手段として魔法か何か?」

「私共もそう思い、解析しようとしたのでしたけどどのような構成で編まれているのかも分からず、本物と偽物の区別もできないのです」


 リズベットとスタッフが会話している横で俺は額に手を当てて第三の眼でアナスタシア達(自分で言っててスゲェと思う)を視る。

 ――ヒィッ、ドス黒いオーラが人型になってる!

 恐らくはあの黒い炎を出すギフトをなんやかんやと応用して『恐怖! アナスタシア増殖術』を作り出したのだろう。

 可哀想なのは生徒達だ。コンサートの余韻に浸りながら帰る所でアレである。一瞬で表情が恐怖のドン底へと叩き落とされている。


「ヴァレリア嬢は?」

「待機室に。いつもなら影武者を使い移動してもらっているのですが、あれだけいると影武者もろとも捕まってしまいます」


 後ろではファイリスがスタッフ達と話している。ヴァレリアを逃がす為の相談をしているようだが、ストーカーがいきなり増えたとなれば困るだろう。というか自然と手伝う流れなんだが……まあ、いいけど。俺にできる事は無くてただ見てるだけだし。

 講堂の外ではヴァレリアを恐れて遠回りしながら生徒達は外に出て行く。だいたいが捌けた頃、貴賓室で鑑賞していた金持ちまたは家の力が強いプレミアムチケットを持っていた連中がゆっくりと余裕を持って出てくる。急ぐのは金も権力もない奴がする事だと言わんばかりだ。

 だがアナスタシアの存在を見た途端、そんな余裕は無くなる。貴族ザマァ、とか思えない光景だ。そしてその原因が未だに行動をガン見しているのが怖い。

 逃げる彼らの後ろ、今度はブーメルとアルテミノのカップルが出てくる。

 あっ、これはマズイ。


「ヤバイぞ。ブーメルがアナスタシアに喧嘩を売りに行った!」


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