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第二十九話 地獄の道は善意で舗装されている


 俺の死因は他殺である。そう、事故でも病気でもなく第三者によって殺されたのだ。

 現代日本で他殺と言えば酒の勢いや痴情のもつれからの撲殺か包丁でグサーが定番だが、ボウガンの矢で死ぬなんて中々ない死に方だと自負している。

 ついで、と言う訳じゃないが死ぬ間際に俺の腹と首に矢で射抜いた奴を奪ったナイフで殺し返してやったが。

 殺しの童貞卒業と死亡が同時だなんてこれもまた珍しいのではないだろうか。

 我ながら奇特な最後だなぁ! そんな非日常求めてなかったんだけど!

 まあそれはもう終わった事だ。ただ……現場のコンサート会場で歌っていたアイドル歌手とストーカーがまさか同じ世界、同じ時代に生まれ変わっているとかどうなんだ?

 いや待て、まだ完全にそうと決まった訳じゃない。まだ希望はある、あるのだ。


「どうしたの? 汗かいてるよ?」

「ストーカー怖いなぁって」


 すっかり冷めた紅茶を啜って誤魔化す。どうする? もしかしてガードマンの方は俺かも知れないって言うか? ややこしい話だし間違ってたら恥ずかしい。と言っても当時のアイドル歌手の名前なんて覚えてないし、報道って被害者の名前出たっけ? 加害者だけじゃなかったっけ? 覚えてない。それ以上に前世の名が大分霞んでるぞオイ。

 怖いのもあって、それ以上踏み込むのは止めようと決める。


「……ヴァレリアの前世の死因はそのストーカーと関係あるんですか?」

「ううん? 違うわよ。私が死ぬまでも普通に生きてたから」


 デネディアが妙な事をリズベットに聞いた。いや、妙ではないか。転生者にとっては無視できない話だ。


「そうですか。それなら因果に関しては警戒しなくて良さそうですね。殿下も転生者ならお気を付けください。彼らの死因は前世と同じ場合が多いのです」

「え?」

「そ、それはどういう事なのか詳しくお願いします」


 デネディアの突然の爆弾発言にリズベットは驚き固まり、フェイリスが慌てて問いただす。

 当然の反応だ。前世の死因がそのまま今世の死因となれば警戒するし無視できない。生まれ変わりなんて言う運命的な体験をした以上、例え路上で行われる胡散臭い占い師からの助言だろうと因果を感じ平然としていられない。


「アウターアビリティが関係していると言う学者もいますが、はっきりとした理由は分かっていません。ですが過去の転生者の多くの死因は前世と同じというのは確かなようなので、殿下も十分にお気を付けください」

「え、ええ……」


 流石に動揺を隠せないリズベット。それからは暢気にお茶をする空気ではなく、日が傾いて来たのもあって二人は帰って行った。

 菓子を侍女に片付けさせた後、テラスには俺とデネディアの二人だけ。侍女が戻り際に新しく煎れた紅茶からの香りが鼻腔を擽る。


「……一応言っておくけどな、何もするなよ」

「布団に潜り込むのもダメなの!?」

「トボけるにしたってもっとマシな事言えよ」


 変に遠回しな言い方をしても理解していながら敢えて無視する可能性が高い――と言うか絶対やるのでこっちもストレートに言う事にする。


「アナスタシア・キーリッシュを殺すな」

「どうして?」


 首を傾げるデネディア。バラエティ番組のちょっとしたクイズとか読み方が分からない漢字に首を捻るような他愛もない動作だが、そのごく普通の対応が逆に恐ろしさを醸し出していた。


「アナスタシアとか言う転生者は前世で貴方を殺した人間なんでしょう? またそんな事にならないよう、早急に排除しておくべきだわ」


 リズベットの会話で俺が見せた反応からデネディアは俺の死因とアナスタシアの前世が関わっているのを鋭く察した筈だ。

 奴がいる事で俺が死ぬというのなら、デネディアは躊躇いなくアナスタシアを殺すだろう。


「状況が似ているだけで断定できていない上に、そんな理由で他国の令嬢を殺す馬鹿がどこにいる。殺しなんてすればフージレングの信用問題に発展するぞ大使サマ」

「そうかしら? 寧ろ私の考えに賛同してくれる部族は多い筈よ」


 無いとは言えないのが辛い。


「関係ないな。だいたい俺にはアウターアビリティがないんだぞ」


 アウターアビリティは転生による洗浄でも拭い落とせなかった前世の因果が能力として発現したものと言われている。つまり前世の因縁そのものだ。

 俺のようにアウターアビリティを持っていない転生者は前世の記憶は持っていても心残りと言える執着が無い。つまり縁を切ったのだ。俺自身はそうでもないと思うが、強い否定も心からできない。

 つまりアウターアビリティを持つ者が前世の終わりをなぞり易いという事だ。


「それでも絶対とは言えないわ。不安要素は出来る限り排除しないと。貴方は魔翼族だけでなくフージレングにいる希少種族の希望なんだから」

「そうか。なら正式に魔翼族を省くよう宣言するぞ」

「…………本気?」

「本気だ」


 デネディアはフージレング公国の未来を考えてはいるが、それ以上に自分の種族を想っている。だからこそハブられてしまうという事態は避けたい。

 だが俺がそれを正式に宣言するという事は逆説的にフージレングの思惑に乗ると解釈される。今までのらりくらりと躱してきたのが無駄になる。


「どうしてそこまで庇うの?」

「庇ってるんじゃない。気分が悪くなるのが嫌なんだ」

「…………はぁ、分かったわ。でも、向こうが少しでも危害を加えるような事があればその場で殺すから」

「はいはい」


 軽い言い方だったがこいつなら言葉通り例え公衆の面前だろうと殺すだろう。

 ああ、俺の安寧はどこに…………あれ? 切った張ったがないだけで故郷にいた時と心労は変わらない気がしてきたぞ? き、気のせいだよな?


 ◆


 療養の名目でいたデネディアの屋敷から学園の寮に戻った翌日、とうとうアーロン王国が誇る歌姫ヴァレリア・イシュタナの学内コンサートが行われる。

 魔法学園の学生のみ(ついでに教師)を客として行われるものなので今までヴァレリアのコンサートと比べれば規模は小さい。芸能人が母校の学校集会に登場するようなものだろう。或いは文化祭。

 ただこの学校、貴族という上流階級がいる上にコンサート会場も普通に講堂を使う。ヴァレリアの歌がどんなものかさっぱり覚えてないが……いや、聞けば思い出せるんだ。音楽には興味ないだけで。

 何にしてもオペラ風なら寝てしまう自信あるぞ。前世の時から真面目な雰囲気になると眠くなってしまうので不安だ。保育園児の頃はすぐに船を漕いで頭をフラフラさせるからしょっちゅう先生の隣に座らされていた俺である。


「スゲー人混み」


 まだ扉が開かれていないのに講堂前には学生達が既に行列を形成していた。こういうごった返した所に竜の息吹(ドラデュ・スピリア)を撃ち込んだらどうなるのだろうかとよく思う。ほら、ゲームで敵集団に広範囲系の攻撃をした時みたいな爽快感が得られそうじゃん? やらないけど。

 講堂入口にはスタッフ(学園ではなくヴァレリアの関係者)がガードしている。シークレットサービス的な雰囲気を持った連中だが、実際に服の上からでも分かる屈強な身体からして元傭兵や兵士なのではなかろうか?

 それにしてもこの列に今から並ぶのはうんざりだな。開場五分前に来たが、入口が開いて人がハケけてから入るか。

 そう思っていると邪気と言うか無差別に振りまかれる殺気のようなドス黒い気配を感じて振り向く。

 講堂から離れた場所でアナスタシアが木の後ろから講堂を睨んでいた。怖ッ!? 木陰に怨霊? 何か黒い炎がチラチラ見えてんだけど!

 近づくのを禁止されていると聞いていたが、そんな所から見てんのかよ。ストーカー罪で半径何メートル以内に近づくなと言われたけど諦め切れない観察処分中の人みたい。

 というか、少し距離置いた所でシークレットサービスみたいな人らと同じ格好をした屈強な男達が待機してるし。あれはアナスタシアが少しでも近づけば拘束するつもりだな。

 そこまでされてるのに何であの女監獄にいないんだよ。家の力か? 貴族社会って本当に訳が分からん。そもそも同じ学園に通っている時点でどう生活しているのか。

 幸いにも俺には気づいていないようだが、このままだと気づかれ狙われそうなので俺も列に並んで人混みに紛れる事にする。というかあそこまで警戒されているならチケット手に入れても意味無いだろ。変装でもして入る気だったのだろうか?

 変装と言ってもこの世界は魔法があるし人間スペックが地球基準でインフレしてるからガチで人の目を騙そうと思えば整形した上で魔力の波長を弄らんと難しいのに。


「失礼、フージレングのテリオン様でいらっしゃいますか?」


 ストーカー性転換転生者に戦々恐々としていると声を掛けられる。コンサートの運営スタッフだ。


「そうですけど……」


 え? 何? 俺何かした?


「チケットを拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「はぁ……どうぞ」


 一瞬、アナスタシアの手下が変装しているのかと思ったが、他のスタッフが特に何も言っていないので取り敢えずリズベットから貰ったチケットを見せる。


「確認いたしました。どうぞこちらへ」

「はい?」


 スタッフに列の外へと連れ出された。並ぶ生徒達を横目にそのまま講堂の中へと案内される。一部の生徒達が妬んだ目で見てきたが俺だと気付くとそっと目を逸らされる。もうこういう扱いなんだと諦めるべきなのかもしれない。

 扱いと言えば、スタッフもまるで俺が貴賓のように丁寧な対応をして来る。このスタッフ、貴族だよな? 少なくとも貴族の系譜だよな。貴族の子息をスタッフにしてるとかどんなお姫様だよ。

 実際、ヴァレリア・イシュタナは王族と公爵に続く地位の侯爵家の令嬢だが……。

 講堂内の通路を案内されながら進む。前に見た時と何ら変わっていないが、人に案内されているだけで知らない建物の中を進んでいるようだった。

 というかこの通路は行った事がない。だってこの先は生徒とは無関係の部屋に続いているのだから。


「どうぞこちらに」


 そうして豪華な扉の前にまで案内され、スタッフが開けてくれる。

 ドアの向こうは講堂の舞台を正面から見下ろせる二階の貴賓室だった。

 魔法学園講堂の二階は貴族階級の親が見学できる専用の部屋がある。そして部屋ごとにもグレードがあって一番正面の特等席はやっぱり一番偉い人、つまり王族が使う部屋だ。

 入学式の時には王が座っていたらしいが、興味なかったので特に意識していなかった。だがここに自分が行くとなると興味がないとか言う問題では無かった。


「あっ、到着したんだ」


 何より既に部屋にいて座っているのが王の娘であるリズベットであるという事だ。隣にはフェイリスも座っているけれど、何か顔逸らされているんですけどォ!


「こっちこっち。隣空いてるから」

「――ヒ」


 自分の隣を――待ち合わせに少し遅れて到着した友人の為に席を確保していた――みたいな気楽さで勧めるんじゃねえ!

 俺もよく分からないが分からないなりにそこはヤバいと分かるぞオイ! 悲鳴を上げずしゃっくりで我慢した自分を褒めてやりたい!

 内心でテンパっている間にも、スタッフがドアを外から閉めた。まるで後戻りできない地獄の門が後ろで閉まったかのようだった。

 というか待てよ俺を置いていくな! フェイリスお前なんで何も言わねえんだよこうなる前にリズベットを窘めとけよそれが付き人の仕事だろオラァン!?


「ここからならよく見えるぞ。それにここは飲食可能だから好きな物注文してくれても良いんだ。何か頼む?」


 ああっ、止めろそんな友達と遊ぶのが楽しくて堪らないって感じの言動するんじゃない! 逃げ辛いだろうが!

 結局俺はそこから逃げ出す事はできず、リズベットの隣に座るのだった。


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