第二十六話 そんな事よりも今後の生活が大事
「クハ――ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
遠くからでも聞こえてくるディエゴの馬鹿笑い。額の第三の目で高濃度の魔力が渦巻く場所を視ればその中心にディエゴの姿があった。
手には白い万年筆が握られており、空中に光る文字を手だけが別の生き物のように激しく動いて描き続けている。周囲には理解できない文字が浮遊し複雑に重なっており、立体的な魔法陣を作り出していた。その他にも魔道書と思われる書物が宙に浮かんで勝手にページを捲っている。
そういえばローブを脱いだ時に腰に下げていた本も無くなっていた。何か空間に収納する術を持っていたのか。
それよりもあの野郎、大規模な魔法儀式を即席で実行してやがる。何事も手間を掛けた分だけ質が上がる。元から一動作で魔法を成立させていた奴が本格的な儀式を行っているとなればその威力は破壊しれない。
「もっと楽しみたいが、残念ながら時間だ! だから最後に取って置きをくれてやる!」
いらねェーーーーッ! もう帰れよお前!
クッソ、そんなもんスルーして逃げる手もあるが、ここから後ろは野外授業の山だ。あれだけの魔力と複雑怪奇な構成から生まれる魔法の威力は想定しきれない。このままあれが放たれれば山が消し飛んでもおかしくない。
ベルやリズベット、フェイリス、グループで一緒だったロイ達。そして他の生徒や護衛の騎士達。この騒ぎの中で山をすぐに下りていたところで巻き込まれ甚大な被害が生まれる。
かと言ってディエゴの魔法儀式を中断させる為に飛び込んで言っても抜け目ない戦いを見せてくれやがったからにはトラップとか仕掛けてあるんだろうな。それで拘束されて魔法の直撃を受けたら世話ない。
というかあの野郎、俺がそう考えるのまで想定してそう。絶対にしてる。あいつの望み通りの展開に誘導させられているのは腹立つが、腹を括るしかない。
俺の最大威力の攻撃で奴の魔法を相殺する!
「心の臓を捧げる」
親指の爪を細く鋭利な物にし、敢えて作った首と鎖骨の隙間から魔力炉である三つ目の心臓に突き刺す。心臓は消失した直後、膨大な魔力が生まれる。
これは代償によって魔力を強化する儀式だ。普通なら自分の死と引き換えで失った心臓は再生する事もできないのだが、複数持っている上にゼロから作れる俺にできる裏ワザだ。
魔力生成用とは言え心臓を失った失感と全身にマグマのように滾る魔力を制御する痛みに耐えながら両足の爪を地面に突き立て、足の裏からも杭を出して固定する。尾もまた真っ直ぐに地面へ伸ばして体を支えさせる。
背中から二本の枝を伸ばす。葉の代わりに生えるのは光の反射によって七色に輝く羽だ。木精族の枝と魔翼族の翼による魔力収集能力に大気に満ちる魔力が集まり俺の身体へと流れていく間に純度を上げていく。 身体の各部から熱を排出しながら胸部の装甲を開く。すると一部だけ露出していた胸の宝石が顕になる。
高純度の魔力を圧縮し溜め込む輝珠族。魔力を溜め込んだ胸の宝石はその純度と量によって輝きが増す。宝石は魔法の媒体として最上級だ。
それに全ての魔力を注ぎ込んで圧縮させる。魔力を極限まで圧縮すると放電に似た現象を起こし、膨大なエネルギーが鋭く偉い勢いで飛び出そうとする。
原理はよく知らないがプラズマみたいなものだろうか。両腕を前に伸ばして指向性を持たせ加速させるレールとする。
ディエゴの魔法儀式が佳境に入っていた。最後に行うのは呪文の詠唱。人族という性質上、声と言葉を媒体とするのは最も適している。たった一文字で魔法を使うディエゴも例外ではなく、最難度の魔法となれば詠唱をする。
それは自分の身体を構成と媒体にできる俺もまた同じだ。
「火よ、火よ、原初の火よ! 水よ、水よ、原初の水よ!」
ディエゴが言霊を発する。
「叫べ、叫べ、慟哭しろ!」
俺も遠吠えのような声で詠唱する。
「風よ、風よ、原初の風よ! 土よ、土よ、原初の土よ!」
「我が内に潜む幾多の生命は赤き海の中で喜びに打ち震える! されど溶け合わずして全てが我のまま暴れ狂う!」
「自然は我の手の内に。四大は渦巻き溶け合い一つに収束する。高みへと導く光の螺旋は空へと昇り地上に降り落ちる!」
「獣達の雄叫びは轟き、どこまでもどこまでも地の果てにまで届くだろう。だが宙を突き刺すのはただの一つのみ!」
ディエゴの魔法が完成し、少し遅れて俺も構成を編み終えた。
「万物の光は――」
「天を貫く――」
「――災厄の種!」
「――竜の咆哮!」
互いの魔法が放たれる。
ディエゴの魔法陣からは四色の光が螺旋を描き一つになって眩しい黒の光となり、森の焼き払いながら直進する。
俺の腕の間の空間を砲身として放出されるは青い光だ。放電しているように無数の光が蠢くが周囲に飛び散る事なくただ真っ直ぐに進んでいく。
互いの魔法が中心で衝突する。高密度なエネルギーのぶつかり合いは反発し合い余波が周囲へと飛び散る。それで森の木々は焼失し地面が爆発したように抉れ、熱によって空気が歪みあらゆる物を溶かす。
強大なエネルギーのぶつかりはそのまま拡大していき、俺の視界は白一面に染まった。
◆
光り輝く巨大な刃が振り落とされる。鋭く聳え立つ山が逆さまに落下してきたような光景だ。
それを老兵、ヴィルヘルム・バンデオンが一本の剣で受け止めていた。
「ぬぅ、オオオオオオォッ!」
光の剣の大きさに比べれば針のような物だが、ヴィルヘルムは剣でそれを横に受け流して地面に叩きつける。
巨大な剣が落ちた瞬間、大地が割れて片方が持ち上がり崖を作る。すぐ横でそんな大規模な地形変化が起きているにも関わらずヴィルヘルムは一瞥もせず剣を構え直す。
「…………小僧が」
追撃に備えた構えはすぐに解かれた。光の剣を落とした張本人、勇者ルシオはヴィルヘルムに必殺の気概で攻撃を放ったにも関わらず敵である老兵を放置してこの場から離れてしまっていた。
「お前達、生きてるか?」
ヴィルヘルムが声をかけると岩や倒れた木々の下から弟子達が這い出てくる。戦闘が行われた場所は取り敢えず斬っておかないと気がすまないと言った様子で何もかもが切断されている。辺りはブロックの玩具を撒き散らしたような有様だ。これは全てルシオとヴィルヘルムが戦った余波である。
弟子達が起き上がってきたのを見たヴィルヘルムは二つの膨大な魔力を察知してその方角を見る。
直後、山の方で白光が瞬き巨大な爆発が起きた。
「ディエゴの奴も敵に会えたようだな」
目が眩むほどの爆発に目を細めたヴィルヘルムが歩き始める。
「退却の時間だ。帰るぞ」
「ディエゴはどういたしましょう?」
「念の為に寄って行こう」
◆
まだ無事な森の中を駆け回る。体を掻き毟り、焼け溶けかけた外殻を剥がしていく。普段なら変化した肉体は溶かして血肉として戻すのだがそれさえももどかしく、無事な内部のみで自分を構成し直して外殻をスーツのように着た状態になる。
胴体と顔の外殻を剥がして途中で捨てて行く。目指す場所はなく闇雲に走り回り、ただ本能的に川が流れている場所を察知し飛び込む。
身体に溜まった熱が川の水を蒸発させていく。
「ぜぇーっ、はーっ」
激しく呼吸を繰り返す。水蒸気の中から海面を見下ろすと、瘡蓋のように肌に外殻を貼り付けた俺の顔があった。
「フーッ、フーッ、フゥーー……」
何度か呼吸を繰り返して自分を落ち着かせる。
身体はやせ細っている。だがそんなの飯を食えば解決する。だけど死人みたいな顔色だ。
最後の魔法による負担もそうだが、あの姿で長く戦っていたせいで精神的にキツい。
アレは『人型』だが、飛び抜け過ぎている。
俺の自己改造、変化の力は色々と応用力が高いが、俺は少なくとも人の形は保つようにしている。あまり『人型』からかけ離れると、俺の人間性が危うい。
具体的な危険性は分からない。そこまで行った事がないから。ただ自分の人間性、人格が極度に薄れて行くのだ。
あの姿になったのは初めてじゃないが、ここまで激しい戦闘を行った事はないからこんな状態になるとは思わなかった。
あのまま続けていれば、俺は恐らくテリオンの記憶を持った別のナニカになっていた。まったくの新種として再誕していただろう。人族のような社会的な言動を行うのか、獣のように自然に寄り添う一部になるのか、それても無秩序で破壊を振りまく災害になるのか分からない。
少なくとも俺が俺でなるなるのは間違いなかった。
「……テリオン」
落ち着きを取り戻し水で顔を洗っていると、名前を呼ぶ声がした。見ると川辺に俺の防寒具と荷物を持ったベルが立っていた。
「………………ベルか」
名前は覚えているが、すぐに口に出なかった。
「迎えに来た」
「迎えに……あー……?」
「戻ってくれないと私が困る」
「あ? ……あぁ、そうだな。戻らないとな」
会話していても内容が頭に入ってこなかったが、段々と頭が働くようになる。
多少ぼんやりとしながらも川の中から出てベルから荷物を受け取る。
「他の皆はどうした?」
「無事。でも山がなくなったから大騒ぎ」
「…………黙っておけよ。でないとフージレングに連れて行かないからな」
「王女様は見たよ」
「し、知らんぷりしておけばいいし」
ベルの一言で何か凄い勢いで現実に引き戻された。やっべぇ、俺があんな大魔法使えるなんて知られたらまた無闇矢鱈と警戒する。というか最近ようやく当初よりは比較的落ち着いて来た俺への畏怖が再発する。
やっべぇ、マジでどうしよう。
帰る道中、人格を失いかけた事よりも俺の頭の中はそれで一杯になってしまっていた。
書き溜め分が完全に尽きたので暫くは書き溜めします。
その間は気晴らしの何かを投稿するかも。




