第二十話 引率の先生って大変
野外授業の日がとうとうやって来た。朝早くから王都を出発し馬車に揺られて数時間、昼前に山の麓に到着した。
スタート地点から山を見上げるが、やはりそんなに標高は高くなく、森の入口からして人が踏み鳴らした道が出来ている。
気温も低いがガチでヤバい雪国ほどではなく、積もっている雪も足首程度で踏めば地面が見える。滑りやすいのと白い景色で道を間違えないよう注意する必要はあるが、そんなの山に入るなら当たり前の事だ。
問題があるとすれば天候か。この世界は地球と違い雲や風だけじゃなくて大気中の魔力の動きで天候が変わる。北側にあるとは言え、この山とその周囲だけ気温が低いのは魔力によるものだ。ここの天気予報士は大変だな。
さて、この行事だがただ山を歩くのではない。いくつかチェックポイントがあって、グループ毎に決められたポイントを通過してから麓に戻って来なければならない。険しい山ではないがそれなりに広く、多少とは言え雪に包まれている以上子供の足ではどんなに速くとも二日以上はかかる。
山慣れしていない都会っ子には厳しいだろう。一応、教師や近隣の兵達が山の中を巡回してくれると聞いていたのだが……騎士多くね? 多いよな。
まあ、王女様も参加しているし最近の事件を考えれば護衛を増やすのは当然だろうがもっと言えば、王女に参加させるなよって話だ。だがあまり閉じこもっても周囲に舐められたり市井を不安にさせたりなど色々あるのだろう。そういう風に庶民はふわっとした理解をしておこう。
それにルシオさんも一緒にいる。他の騎士と同じように山を歩くのに支障がない程度の防備を用意している。腰にはいつもの聖剣を下げている。
生徒の点呼が終わればグループが順番に山へと入り始める。時間を置いて順に出発しているので待ち時間が微妙に暇だ。
「もし」
順番待ちしていると、他クラスのグループと思われる女子が声をかけてきた。どこのグループだろうか。山歩きしやすい格好でウェープのある髪を後ろで縛っているが、そんな格好でも貴族らしい気品を持った少女だった。
「初めまして、私はアルテミノ・ヘルティスといいます。ブーメル様のお友達のテリオン様ですね」
「…………はい?」
この少女の名前はともかく、問題は内容だ。お友達? 誰と誰が? というかブーメルとこの子の関係は?
「アルテミノ、何をしてる?」
そこで後ろから当のブーメルが現れた。奴のグループは貴族ばかりのようだが、交流会で見た時のような柄の悪そうなのばかりだ。教師達がグループを決めたのだが、露骨過ぎる。
「ブーメル様。許嫁としてお友達にご挨拶を」
許嫁という言葉に目を見開いてしまったのを自覚する。アルテミノを見て、その後ろのブーメルを見て、視線が何度も二人を行き来する。
アルテミノの方は朗らかにニコニコ笑っていて、ブーメルは眉間に皺を寄せて不機嫌そうにしている。ブーメルが不機嫌なのは照れているからか?
「親同士が決めた政略結婚だ。貴族社会にはよくある」
「ええ、ですけどどうせ結婚するのなら仲良くしたいですもの」
「……許嫁? お前の?」
「反応遅いぞ貴様」
「いやだって、もう少し人格面で考査しろよ。美女と野獣って言うか、令嬢と不良って言うか。少女漫画?」
俺の一言にアルテミノは嬉しそうに笑顔を浮かべ、ブーメルは眉間の皺をより深めた。この二人本当に対照的だな。
「そいつは友人じゃない、敵だ。あんまり馴れ馴れしくしなくていい。行くぞ、俺達の番だ」
「まあ。それではテリオン様、またお会いしましょう」
眉間の皺を深くしたままブーメルが去って行き、その許嫁は礼をしてからその後ろについていく。強面の護衛とそのお嬢様って感じのグループが山の中へと進む。
「何かすっげー物見ちまったな」
奇妙な出会いに驚いている間に、俺達の番がやって来る。
「じゃあ行くぞお前ら」
「はい!」
「ん」
このベルと俺以外が緊張したグループも他所から見たら変なんだろうな。
先行した生徒達が雪を踏んでいって地面の見える道を俺達は進んでいく。
野外授業は順調だった。寒い山という事で初心者にはキツいと思っていたが、逆に山の方がイージーだった。恒例行事だから道とか踏み均されてるだろうなとは考えていたが予想以上だな。急な斜面もなく崖と言える場所も大した事ない。
それでも都会っ子共は苦労していた。ちょっと優越感。魔法学園に入り魔法を扱う以上は体力はあるだろうが、やはり山歩きに慣れていない。
それは教師も見越していたのだろう。日が沈む前には二つ目のチェックポイントである開けた場所に到着した。そこでは監督役の教師が待っているだけでなく、先に到着していたグループがキャンプの準備をしていた。
「お疲れ。それじゃあこの札を受け取って、ここでキャンプするといい。日が傾いて来たからな」
チェックポイントを通過した証として木札を受け取り、グループにキャンプ設営を指示する。借りてきたテントは二人程が入れる程度の大きさなので男女二つずつ。俺と同じテントに入るかどうかで同グループの男子が勝負して負けた奴が相方になったのを俺は知っている。悲しいな。
「つーか、何で俺がリーダーなんだよ」
木札の受け取りも指示出ししているのも俺。いや経験者なんだから率先するのは当然なんだろうけど。でもなぁ、道中に偶々通り過ぎた別グループが恐怖政治とか呟いたのを聞いちまった身としては早々にリーダー交代を行いたい。
「湿気った木の枝燃やしたら駄目なんだろ? 全部濡れてて駄目じゃん!」
「テントが崩れた!」
「いっそ魔法で火を……アツッ」
「だ、誰かぁ~、手伝って! 崩れそう!」
でもこの典型的初心者共を放っておくのもなぁ。
「で、ベル。お前も隠れてないで手伝え。集団行動中だぞ」
姿が見えず空間の裏に隠れているであろうベルを呼ぶ。
「……さむい」
歩いている時もそうだったが非常に寒そうだった。猫って寒いの駄目なんだっけ? 俺の周囲の獣人はどんな所だろうと元気に走り回っていたんだが。
寒そうにするベルに擦れば化学反応で温かくなる袋を投げ渡す。こんなのがあるから前世の知識がチラついてしょうがないんだよな。
「これやるから炊き出しを手伝ってやれ。女子は自分のテントを設営したら飯の準備だぞ。男はその手伝い……おーい、それじゃあ倒れるぞ。授業でやったろうが」
先輩風を吹かせて手伝う。うーん、この知識はあるが慣れてない感。
テントの設営は終わり、飯を作る。こちらは大衆食堂の子がいるので、道具の使い方に慣れればそっちは問題なく終わった。目の前で捕まえた動物(狸と鼠に似た何か。豚肉っぽい味)を捌いたら引かれたが。
野外授業での一日目、作業は多少もたついたが事故もなく終わりを迎えられそうだった。まあ、明日もあるんだが。
すっかりと夜の帳が下りているが寝るにはどう考えても早い時間、グループ内のクラスメイト達は疲れかすぐにテントの中で眠ってしまった。本来なら見張りを交代で立てておくべきなんだが、チェックポイント兼キャンプ場のここは教師が見回っているので大丈夫だろう。
ただ俺はまだ目が冴えてしまっているので一人寂しく空の下で暇を潰している。
焚き火で水を沸騰させ、携帯食料と共に買っておいた粉末を溶かす。これは簡単に言うとインスタントココアで本来なら温めた牛乳で溶かすのだがお湯で我慢する――ように見せかけて夕食として捕まえた動物の血を混ぜる。
血とか悪食かと思われるかもしれないが、栄養あるし言ってしまうと牛乳の元は血だし。それに混雑手の俺には吸血鬼族の血もあるので血そのものを取り込むのに拒否感はない。だからって直接噛んで吸う事はないが。
人にはあまり吹聴できない飲み物を飲んで温まりながら空を見上げる。地球の日本と比べ星が大量に見える。
星座は知らない。興味ない。ただ地球の北極星のように方角を知るための星があるので、それだけは知っている。
それを眺めながら眠くなるまでぼんやりしているとこっちに向かって来る足音が聞こえる。俺以外にも眠れないのか眠くないのか起きて暇を潰している生徒はいる。だが、学園でわざわざこっちに来るような奴はいない筈だ。しかも二人。
いてもブーメルが喧嘩か情報を売りに来るくらいか? だけどあいつはここのチェックポイントにはいない。別の所にいる。そういや、あの不良は何時になったら掛かって来るのか。俺を倒せる確信を得られた殺りに来るつもりか。
足音が聞こえた方に振り返ると、王女様とその付き人のフェイリスだった。なんでやねん。
「何でいんの? あ、いや、何か御用ですか?」
このチェックポイントにいたの知らなかった。
「敬語はいらないわよ」
「勘弁してくれませんか?」
俺に死ねと? こっそりと護衛しているらしい人らにこの会話内容聞かれて不敬罪で俺殺されないよな?
俺の言葉に、王女様は困ったような顔をした。それを見かねてかフェイリスが王女の前に出てくる。その伸び縮みする短剣で斬られるとかないよな?
「ごめん。でもリズは親しく話せる人が少ないから仲良くして欲しいんだ」
リズだって。王女の側に常にいるだけあって主従関係以上に友好なようだ。
「君はその……秘密にしてたのなら謝るけど、転生者なんだろ?」
「別に隠してはないけど……」
フェイリスからリズベット王女へと視線を移す。何か魔導生物の一件以来やけに接触して来ようとしているが、王女も転生者だから共感を求めているのだろうか?
「……王女様も確か転生者なんだっけ? でも話題が合うか分からないぞ。時代も国も違うかもしれないだろ」
転生者の前世の時間軸は必ずしも一致しない。国だって違う。そもそも年頃の女子と話が合う気がしない。前世でも女友達なんていなかった俺にどうしろと?
「いやでも、あたしは……」
「……取り敢えず座る? ココアっぽいのもあるけど」
「ありがとう」
仕方ないので、取り敢えず立たせたままなのは申し訳ないので座るのを進める。フェイリスがハンカチを取り出してリズベットの前の地面に敷く。なにこの王子様。
座った二人に新しく作ったインスタントココアを差し出す。勿論、血は入れていない。そのせいで薄いけど別に良いだろ。
「ところで何で俺が転生者だって分かったんだ? 学園にもそこまで言ってなかったんだけど」
「魔導生物と戦った時、変身ヒーローみたいに手足変身させてたじゃない。あれがアウターアビリティなんでしょ?」
本来持つ力とは違う能力をギフトと呼ぶが、異世界の転生者がその前世の記憶故に持つアビリティはアウターとも呼ばれる。
「いや、あれ自前。種族能力」
多分な。スキルで自己改造が自己主張するぐらいだからこれもう分からんねとか学者先生に言われた事もあった。
「そうなんだ。でも、格好良いよね。ああいう変身系って。あたしのは羽生えて恥ずかしいし」
「ああ、あの天使っぽいの。天使って割には凶悪だったけど」
「あの時のは本当にごめん。あたしの命令通りに従って動くんだけど、何て言うか融通の利かない機械って言うか」
「外付け的なものか。俺のアレは一から自分で思考しないといけないから面倒なんだよな」
大分精神的にガリガリ削れる。カロリーも削れる。おかげで太る事もないが、これを言うと女衆が異様な食いつきを見せるので言わない。
「そうだ、少し気になってたんだけど、フェイリスさんのその短剣ってアーティファクト? 刃が伸びたりしてたけど」
「フェイリスで良いよ。これは父が発掘した剣なんだ。フラヴラガラ、挨拶」
鞘から抜いた短剣に向かってフェイリスが喋りかける。前世の時なら頭可哀想な人と思ったが、ここは前世基準でのファンタジー世界。もしや、と思っていると案の定の事が起きた。
「フラヴラガラだ」
男のメチャ渋な声が剣から聞こえた。
「インテリジェンスウェポンか」
剣からの返事なし。えっ、それだけ?
「ごめんね。フラヴは愛想無いんだ。ボクが子供の時はまだ普通に喋ってくれてたんだけど、父から譲ってもらってからこの通り。剣に口は必要ないって思ってるらしくて」
「それは何と言うか……自分に真摯だな」
「…………」
俺がフラヴラガラというインテリジェンスウェポンをそう評価すると、女子二人がポカンとした表情を浮かべたか。
「…………なに?」
「いや、父さんと似たような事言うんだなって。父は生き様とか言ってる。男の人って、そんな風に考えるんだね」
「――――ッ!?」
フェイリスが言った途端、リズベットが目を見開いてフェイリスに振り向き、そして何が琴線に触れたのかいきなり落ち込み始めた。
「リズベット王女?」
「あたしは…………」
「ああっ、ごめん! でもほら、リズは――」
何だかよく分からないがフェイリスは慌ててリズベットを慰め始める。何がなんだかだが、地雷を踏んだのはフェイリスなので放っておこう。
俺は残ったココアモドキを飲み干しながら星を見上げる。
何時もと区別できない星の海が広がったままだった。
ハイエルフ「友達一杯作れば?」
テリオン「はっ倒すぞ」




