第十八話 事前準備は大事だが気苦労は多い
「お前さ、何がしたい訳? エッチなサービス? ぶっちゃけガキのガキ臭いパンツ見せられてもピクリとも来ないんだが」
ちょっと下品だと思うけど、二度に渡ってパンチラ見せられ危うく性犯罪者と後ろ指差されかねなかった俺の心情を察して欲しい。正直怒鳴りそうなのを我慢している。
「他に誰もいなかったから良かったものの」
「ごめんなさい……」
俺の怒りが伝わったのか獣人の少女の耳と尻尾が垂れる。これじゃあ俺が虐めてるみたいじゃねえか。
「はぁ……で、あんな愉快な格好で何してたんだ? 不思議の国への入口でも探してたのか?」
「あっ、アリスだね。昔の転生者が異世界の童話を伝えたって。色んな外伝が出来て――あっ、そうじゃないよね。えっと、この図書館って卒業生が残した仕掛けが沢山残ってるの」
本の話題になると滑舌になったがすぐに冷静になって、自分が嵌っていた本棚を見た。
そういえば、どう考えても子供とは言え人の上半身が入るサイズじゃないんだがどうなってんだ? 本棚の後ろは壁だから、もしかしてくり抜いてるのか?
「先生の悪口を書いたノートや、今では禁書扱いの本が混ざっていたり。噂では魔力炉を使用したインフラ整備に貢献した錬金術師が残したメモもあるとか」
「ありがちな」
普通なら見つかって処分なりされるだろうが、これだけ広い図書『館』だから見逃しも多いのかもしれない。そもそも壁をくり抜いてまで隠す意味は?
俺は膝を床について一番下の段を覗き見る。結構奥行があって奥に何かが置かれているように見えるが、腕を伸ばしても届きそうにない。
背中の肩甲骨から蔓を生やして袖口から伸ばし、奥にある物を掴んで引き寄せる。
「本、か。風よ」
それは結構分厚い本だった。埃を魔法で一気に片付ける。結構な量が図書館の通路に撒かれたが知ったこっちゃない。
本の表紙にタイトルはなく、所々擦り切れている。肝心の紙は見るからに茶色く変色していて経った年月の長さを伺わせる。
本を開いて中身を確認すると、横から獣人の少女が顔を出す。狐の耳がピコピコして邪魔だ。
文章の言い回しは古いが文字はそう変わっておらず読み解く事ができた。
「これ、日記か」
「文字の癖が複数あるから、交換日記?」
少女の言う通り複数の筆跡と日付、日常の出来事が書かれている点から交換日記だと分かる。交換日記はともかく何でこんな場所に隠した。
そう思いながら軽く流し読んでいく。ちょっと迂遠な言い回しで何言ってんだこいつと素で疑問に思ったが、これってもしかして恋のポエム的な奴じゃねえか?
「わ、わぁ! これって!」
興味津々なお年頃の少女に本をパス。こういうの読むと胃もたれする。
「なあ、ところで今度の野外授業で行く山の地図ってここに置いてあったりする?」
俺の本来の目的を思い出し、この図書館に詳しそうな彼女に聞いてみるがお年頃は昔の人の交換日記に夢中なようだ。
もういいや。ほっといて地図探しを再開しよう。
と、足を踏み出した瞬間、目の前に地図が差し出されていた。一体どこから出したのか、獣人の少女が日記を読みながら俺の前に出していた。
「ありがとな」
交換日記の内容に夢中な少女はこっちに見向きもしないが礼は言うべきだろう。地図を受け取り、取り敢えず礼だけを言って少女を放置する。
目的の物を手に入れたのは良いが、この地図どこ産よ? やたらと詳しいしルートの書き込みも凄い。
地図を手に入れてから数日後の休日、本来ならグータラと部屋に引き篭もって無駄に過ごすのが常なのだが今日は違う。
待ち合わせた校門の前、そこには俺を含め八人の少年少女が集まっている。野外授業に必要な物を買い揃える為だ。
俺が提案したのだから休日ゴロゴロが無くなるのは全然構わない。だけどベル以外が矢鱈と緊張しているのは止めろ。止めろ……。
だけど俺が言ったところでより固くなるだけなんだろうな。整列していないだけマシと思おう。
「あー……ちょっと行く前に寄りたいとこあるんだ。いいか? それか先に行ってくれても……」
「いえ、お供させていただきます」
「止めい」
舎弟のような雰囲気を醸し出し始めた同級生にちょっと辟易しながら出発する。
「どこ行くの?」
唯一普通にしてるベルが聞いて来る。
「魔女の館」
後ろから六人の少年少女の『ヒッ』という声が聞こえた気がした。ククク、怖いか? 俺も怖い。
王都の高級住宅地である貴族街を通り過ぎ抜けた先にはそこらの屋敷よりも立派な建物がある。
フージレングからの大使の為に用意された館である。つまりはデネディアが住んでいるのだ。本当は来たくなかったのだが、俺の小遣いの事で手紙を実家に送ったら奴が預かっているらしい。あの女、俺から会いに来させる為に母を言いくるめやがったな。
何であれ奴がマイマネーを持っている以上会わなければならない。事前にアポは魔話(電話)で取っているので、堂々と名乗って門を開けて貰い、中に入る。
「悪いが少し待っててくれ」
広いロビーに置かれた矢鱈と高級感を溢れ出させるソファに同級生達を座らせて、俺はデネディアの執務室に向かう。
エルフのハウスキーパーが茶とお菓子を用意してくれたので退屈はしないだろう。ベル以外が何か待ち合わせ時以上に緊張してガチガチになってるけど、多分気のせいだ。
背中に翼がある獣人の侍女に案内して貰い、デネディアがいる執務室へと入る。
部屋の中にはキングサイズベッドが置かれていた。
「さようなら二度と会う事はないだろう」
「ごめんごめん! ちょっとしたジョークだから行かないでぇ!」
「うるせえ! 近寄るんじゃねぇ、この変態が! 十二のガキ相手に何をアピールしてんだ!」
どこに隠れていたのか飛び出し掴まって来たデネディアの顔を押さえつけながら怒鳴る。見た目が華奢で背中から翼生やしているいかにも後衛タイプな見た目の癖に馬鹿力で引き剥がせない。
「獣人なら子供産んでてもおかしくない歳よ! 貴方のお母さんだって小さいじゃない」
「獣人は成長が早い上にそれは昔の話だろ! それにオカンは見た目ロリなだけでオトンより年上だ!」
「…………デネディア様、やはりここは露骨に攻めるのではなく媚薬を盛った方が早かったのでは?」
「注意でもするのかと思ったらそれか! 主従揃って頭呆けてやがる!」
長寿な種族はこれだから!
「いいから離れろ! つうかここは仕事部屋じゃなかったのかよ。ベッドなんざ持ち込みやがって」
デネディアを引き剥がして蹴り転がす。シクシクと鳴き真似する痴女はハンカチで目元を押さえながら指を回す。その動きに合わせて場違いなベッドが分解されて宙に浮き、独りでに隣の部屋へと移動して行った。こんな阿呆らしい事に魔法の腕前を披露してんじゃねえよ。言霊もなく指の動きだけを媒介にして簡単に使いやがって、魔法の腕前の差が歴然で妬ましい。
「オラ、とっとと金寄越せよ。でないと本気で帰るぞ」
泣き真似するデネディアを足で小突いて起き上がらせる。
「まあまあ、そう慌てず。あっ、お茶をお願いね。でも薬とかいらないわ。どうせ効かないから」
さっきまでのが無かったかのように起き上がり普通に振る舞い始めたデネディアは侍女にお茶を持って来るよう言うと椅子にゆったりと座る。
とんだ茶番である。だから来たくなかったんだが、先立つものは重要だ。俺は来客用と思われる椅子の横に立って話を進める。
「茶なんていらねえよ。いいから金、はよ」
「その歳で女性に金をせびるなんて将来は悪い男間違いなしね」
「元はと言えば俺の小遣いだろうが」
「まあまあ、折角来たんだし落ち着いて座りなさい。下にいるあの子が例の月猫族? 泥棒猫の一族にしては素直そうな子じゃない」
「……何か進展あったのか?」
デネディアはロビーに下りて来てない筈だが、多分魔法でリアルタイムで下の様子を見ているのだろう。
椅子に座る。すると先程のエルフが紅茶とチーズケーキを持ってきた。何か入ってそうだから手ぇ付けんとこ。
「進展と言うか、彼女の今の身分についての調査が終わったわ。すっごく雑で可笑しくなっちゃうぐらい。これならどうにでもなるわ」
何が"どう"なるか分からないが、取り敢えず大丈夫なようだ。
「分かった。じゃあ金返せ」
「下でお友達がまだお菓子を食べてる最中よ。王都でも有名な菓子職人が作った物よ。食べ終わるまでお話しましょ」
「この女……」
「それに真面目な話もあるの」
「そういうの眠くなるんだけど」
前世から変わらない。授業とか偉い人の話になった途端に立ったまま眠れてしまう。
「ちゃんと聞いて。最近、アーロン王国で不穏な事件が起きているでしょう。テリオンの身に何か起きないか私とても心配だわ。何かあったらオーメルを殺すわ」
さらっと怖い事を言うな。でもあのクソエルフは一度ボコって欲しい。
「業腹だけど星詠み達の予知能力の信憑性が高い。あれらが何か起きると言えば、ほぼ確実。現に王女襲撃の事件。それと勇者がいるでしょう? ああいうバグが生まれる時代は絶対何かあるのよね」
「経験則っぽい」
「経験則よ。悪逆帝の時もそうだったわ。強いアビリティを持った転生者が多くいて、それ以上に頭がおかしいのがいて、バグもいた」
転生者という単語以上に後半が気になる。
「悪逆帝?」
「ええ、道具の力を強く引き出すアビリティを持った転生者よ。多くの怪物を殺し、アーティファクトを手に入れ、周辺の国々を滅ぼした覇王。傲慢で女好き、自分が一番だと本気で信じていた最低な男だったわ」
「大帝国を築いた征服者ならそんなもんだろ」
「そうね。でも晩年は酷いものだったわ。人間の寿命を超えようと禁呪に手を出した。肉体はそれで良くても魂が長い時間は耐えられない」
魂云々については聞いた事がある。寿命の長い種族は長い時を生きるのに耐えられる肉体もそうだが、魂がそうなっているらしい。不老不死を目指そうとするのはどこにでもおり、定命の種族が不老になる技術は存在するが魂の加工となると神の領域だ。
限界を超えた時を生きた場合、魂が変調を兆し狂い、最後には悲惨な死を迎える。
「五百年前にフージレング公国が作られたけど、それは狂った悪逆帝に対抗する為に多数の種族コミュティの意思統一が不可欠だったからよ」
「そこまで強かったのか」
「そうよ。まだ正式に公国に参加していなかった私達魔翼族も参加したわ。苦しい戦いだったわ」
チート種族の魔翼族が参加して尚苦しいとか、悪逆帝とはどれだけのチート転生者だったのか。クッソ羨ましいんだけど。死ねよ。いや、死んでるのか。ザマァ。
「とびっきり強い同族が敵にいて、こっちも犠牲者が出たわ」
仲間割れかよ! やはり滅ぼすべき種族なのでは?
悪逆帝「ガハハーッ!」
地元民「こわい」
周辺国「ころちゅ」