第十五話 チケットが呼ぶ嵐
俺の死因はボウガンの矢だ。臨時バイトで肉壁中にどこぞのアイドルの変態ストーカー野郎に射られて死んだ。ナイフ持って柵を越えようとしたので止めたらこれだ。ふざけるなって話だ。奪い取ったナイフで首を刺してやったが、結局奴も死んだのかどうか。
なので歌手かアイドルか知らんけど、そういう集まりに行きたくない。
だからってチケットを拒む事は出来なかった。向こうがお礼としてくれた訳だし、何よりも間接的とは言え王女からの贈り物だ。断るとか無理だろコレ。
行かない、という選択肢もない。学園の講堂でやるのだから来てないとすぐにバレる。そもそもチケットが優先? 優待? 取り敢えずプレミアムチケット的な物だから余計にだ。と言うか学園内という規模としては小さいのに優待券って。
これは行くしかないんだろうな。憂鬱だ。
ただ一つ俺がチケットを手に入れた事で予想していなかった事態が起きた。
「頼むテリオン! チケットを譲ってくれ! 金なら出す!」
「お前怖いぞ。つうか誰?」
知らない同級生が金を握り締め必死の形相でチケットを譲ってくれと言ってきた。これで十八件目である。
お前らこの間まで俺にビビってなかった? それさえも打ち払ってチケットが欲しいのか。
どうやら歌姫様の人気は俺の想像を超えていたらしい。寮から見える場所で話していたとは言え、俺がチケットを受け取ったのは学園中で周知の事実となっており、チケットをくれと言って来る奴が多い。
正直譲ってやれるのなら譲ってやりたい。だけど仮にも王族から貰った物だ。他人にホイホイと渡せる筈がなかった。
「俺にくれるなら絶好の覗きスポットを――」
「後で先生に密告するんで」
「なあ――」
「チケットならやらねえって言ってんだろ!」
だからどんな条件を出されようとお断りさせてもらっているのだが、毎日毎日休み時間毎に人が来る。超鬱陶しい。上級生まで来るし、一度脅しかけられたがルシオさんがどこからともなく現れそいつ注意してくれたのでそれ以降は穏当だ。鬼気迫った顔で懇願して来るのが穏当なのかは自分でも疑問だけど。
で、そんな喧しい連中なんだが授業になると大人しい。授業って言うか、大人しいって言うか……。
「だーれも相手にしやがらねえ」
午後の実技。今回は格闘訓練だった。訓練って言っちまったよ。
何で『魔法学園』なのに格闘があるのかだって? 魔法使えるなら護身術ぐらい出来なきゃ。これ、ファンタジー世界の常識だから。
ゲームとかだと固定砲台って言うか典型的な後衛職でフィジカル貧弱なイメージはあるが、魔法って意外と体力使うんだよな。非推奨だけど血肉を燃料や媒体にする魔法だってあるし。実際俺はそれ使いまくり。
それに露骨な魔法使いスタイルは狙って下さいと言ってるようなものだから、ある程度は動けないと話にならない。研究職でも徹夜出来る体力をつける意味的に訓練は必要だ。
だからこうして訓練する訳だが、休み時間のチケット買収目的の奴らの勢いがない。というか寄り付かない。お前らあの時の勢いはどうした。
武術の訓練なのだから相手がいないと話にならない。二人組作ってー、という展開は初めてではなく何だかんだで消去法や別の人と交代で誰かと組めていたが、今日は間が悪いのか組めないでいた。
ちょっとセンセー、と言うにしても既に何度も教師と組んで武術の練習をした事もあって今回は組んでくれない。だからこうして順番待ちしてる訳だけど、一向に誰も来ねえ。
立ったまま寝てやろうかと思い始めた時、近づいてくる砂利の音が。振り向くとアクセルが来た。何で来るん?
「相手がいないなら、俺が組もうか?」
「や――分かった」
「今断ろうとしてなかった?」
「気のせいだ」
だって目的が分からなくて怖いんだもん。授業だから組むけどさー。
まさかベルに関してバレたのか? それとも予知能力云々で何かしらアプローチしに来ている? そもそも俺が王女様を殺すって予知はどうなったのか。もっと先の未来なのか、それともブーメルの話が嘘だったのか。
あー、考えても答えが出ないから一旦放棄だ放棄。
で、こいつ一体何なの? 取り敢えず顎砕きテリオンと地元で恐れられた俺の本領――ゴリラと握手できる腕力特化部分変化でヤっちゃっていいの?
流石に授業だからしないけどな! でもうっかり変化が滑っちゃうなんて事もあるかも!
「妙な殺気が……」
「殺気とかフィクションだし」
そう思っていた時期が俺にもありました。チッ、感づかれたなら大人しくしとくか。
お互い拳を構える。アクセルの構えはボクシングの脇を締めた構えに似ていた。似ているだけで実際そうなのか知らない。
フージレングではジー様達が面白がって全種族に伝わる伝統武術を統合し全く新しい武術作ろうぜと思春期の妄想地味た事を始め、子供達はその実験として色々知らない内に教わっている。だから俺もこれと言った流派は覚えていない。取り敢えず古武術とか言っときゃ強そうなのは確かだ。
「俺は<格闘術:下位>のスキルを持ってるけどそっちは?」
「持ってない」
「それじゃあ、そっちからどうぞ。大丈夫、加減はするから」
やっぱこいつ事故に見せかけて怪我させたろか。素で言ってるならもうちょっと口を閉じる努力をした方が良い。
よーし、前世で成人してたとは思えない程に大人気なく本気出しちまうから! マジで覚悟しろやテメェ!
結果、負けました。
まあ、スキル持ってないイコール素人同然。せいぜいが慣れてる程度。スキル持ちは下位の中の下の方でも格闘技経験者と言えるだけの実力はあるからな。そりゃあ、真っ当にやったら負ける。
「あー、痛ってぇ」
あの野郎、最後に一発強烈なパンチを顔面にくれやがって。絶対マジだったろ。
まだ授業中、アクセルとの一戦を終えて俺はちょっと休憩していた。アクセルはアクセルで女子に囲まれてチヤホヤされていやがる。ああいうの鬱陶しくないのかという思いとムカつく感覚を同時に抱く。何が『アクセル君大丈夫ー?』だ。回復魔法使える奴を心配してどうする。
あーあー! 俺の方にも誰か女の子が心配して来ねえかなぁ!
「大丈夫?」
俺の心の叫びが天に届いたのかアニメに出てもおかしくない可愛らしい声が聞こえた。え? マジ? ドッキリとか何かの罠じゃないだろうな?
ちょっとドキドキしつつ振り返る。運動着の王女様がいた。
何でじゃい。何でアーロン王国の王女様がこっち来てんだよ。美少女がー、とか可愛い子がー、とか言う問題じゃ無いっすわ。
「ええ、まあお気遣いなく、殿下」
「そんな畏まらくてもいいわ。同じ学園の生徒なんだし」
「そう言われましても」
無茶言うなや。というか王族がそんな軽々と下々に口聞くなよ。一番困るのは身分が低い方なんだぞ!
「殿下、あんまり困らせては」
王女様の後ろからはチケットを届けたフェイリスもいる。そしてフォローも。良いぞもっと言え。
「格闘系のスキルを持ってるの?」
だが堪えていない王女。さっきから注目集めちゃってるんで止めてくれません? だからってこっちから拒絶すると角が立つ。
「持ってないです」
俺が持ってる戦闘に関わりあるスキルは<杖術:下位><投擲術:下位><レンジャー:下位><魔術基礎:下位><自己改造>の五つだ。
<杖術>は杖だけじゃなく棒状の物全般に当て嵌る。打つ、突く、払うの動作がどれだけ出来るかに依るスキルでこれ持ってる奴は長物慣れしてる奴だ。<投擲>は子供同士の合戦ごっこで石投げまくってたらいつの間にか覚えていた。奴の周囲に石を置くなと言う事で遊ぶ時は予め小石の類を掃除されたが、何もなかったら敵味方を投げれば済む話なんだよなぁ。<レンジャー>はフージレングの住人なら誰でも持ってる。
<魔術基礎>は名前の通り魔法関連の基礎知識。<自己改造>は……うん、名前の通りなんだ。危ない奴と思われるかもしれないが、錬金術師とか科学者系の人は大抵持っていたりする。俺の場合は体質故だけどあんたらは何をやってるんですかねえ?
「そうなんだ。でも結構良い動きしてたように見えたけど?」
「執拗に足を狙ってたね」
フェイリスの言う通りアクセルとの格闘戦時では途中で勝てないと判断した俺はアクセルの足を狙った。脛は痛いし足の骨は複雑だから踏み砕くなりしてやろうと方向転換したのだ。まあ、そう簡単に上手く行く訳でもないので足の小指に集中した。
感触から折ってやったと思うが、アクセルは気づいてないのかそれとも我慢しているのか。何であれザマァ!
「ところで、チケットを受け取ってくれたんでしょ。本当は直接言いたかったんだけど、色々あって時間がかかりそうだったの。だからフェイに代わりに言って貰ったんだけど」
「え、ええ、ありがたく受け取らせていただきました」
「改めてこの間はありがとう」
「ハハハ、トウゼンのことをしたまでですよ」
「それでもだよ。あ、えっと、それでちょっと聞きたいんだけど、あの変身してたのってギフトだよね?」
ちゃうねん。ギフトちゃうねん。種族特性なので王女様にピカーッて光る翼と同じギフトじゃないんだよなこれが。
「君、もしかして――」
勘違いしたままの王女が何か言いかけた時、教師の招集の声が運動場に響く。
「あっ……戻らないと。また後でね」
言葉途中だったが王女は移動を開始、フェイリスはこっちに申し訳なさそうに一礼してその後ろについていく。
何だったのだろうか? 俺の変化に興味があるようだったが。手足を変身させてしかも腕を大回転させていれば気になるのも当然か。
何であれ接触は控えたい。マジで偉い人とかどう対処したらいいか分からんもん。アクセルはムカつくしブーメルはいづれ殴り合う予定(向こうからしたら)だし、フェイリスはヅカっぽい空気あるからまだ良いけど、王族は駄目だ。
王族との交流とか名誉な事なんだろうが俺はフージレング民だし気後れして精神的にヤバイ。
でも、最低でもコンサートで会うんだよな。捨てる訳にもいかないし、本当にチケットが欲しくて言い寄ってくる連中に渡せたら良いんだけどそれも失礼だし。
なんて悶々と考えながらちょっと欝入った状態で授業を終えての放課後。
「貴方がテリオンね。おね――ヴァレリア様のチケットを譲りなさい。勿論タダとは言わないわ。金で靡かないというのは既に聞いているから対価として私が渡すのは情報よ。アーロン王国貴族の裏の情報、チケットと交換よ!」
新たな変なのに絡まれた。何だこの国。
テリオン(タンスの角に小指をぶつけた痛みを味わえ!)
アクセル(マジで止めろ!)
結果、右ストレートと踏み砕きのクロス(?)カウンター。