第十四話 モブが何かしなくとも世は回る
ベルの件についてちょっとやらかした感はあったが、それ以外は特に何もなく日々が過ぎ、これと言った事件も起こらず『あー、そんな事もあったねえ』と早々に過去の思い出になりつつあった。
そんな気の緩みに喝を入れるようなタイミングで城に引っ込んでいた王女が学園に戻って来た。犯人がまだ学園内に残っている可能性もあるだろうに、わざわざ安全な場所から出てくるとか度胸があるな。
まあ勇者のルシオさんが遠征から帰って来たからってのもあると思う。
勇者だよ勇者。戦闘能力高くても別に頭が良いと決まってる訳でもないのにミステリーな事件が起きても持ち前の洞察能力と運、あと犯人の迂闊さによって誰にも分からなかった事件の真相を暴いちゃう勇者ですよ。
「だから事件解決早う」
「うん、したよ」
「…………はい?」
今日、王女が帰ってきた噂を耳にしながら変わらず形見狭い楽しい楽しい学園生活を送った放課後、ルシオさんと偶々会ったのでこうして男二人で学園の敷地内にいくつか設置されたベンチの一つに座り、冗談半分切実な願い半分で話題を切り出したら予想斜め上の回答が来た。
ちなみにルシオさん、本来なら今日は休んで明日からの登校だったのだが俺が牢屋にぶち込まれた聞いて様子を見に来てくれたのだ。
いや、そんな事よりもだ。
「え? 犯人が捕まったんですか?」
「うん。学園の食堂に食材を届けていた業者の一人だった。どう考えても身代わりだけど」
「ですよねー」
業者なら寧ろ食事に毒入れた方が早い。
「錬金術師としていたカバーストーリーまで用意されてたけど、聞いた魔導生物の性能を考えればまず無理だね。分不相応なマジックアイテムなら可能性はあるけど、それを幾つも、殿下だけを狙うように設定できるとは思えない」
「そういえば悪い魔法使いとか倒したあるんでしたっけ?」
「探索済みの古代都市を隠れ蓑にした地下迷宮に潜む魔術師ならね。でも倒したは倒したけど、どこかで生きてそうな気がするんだよね」
続編フラグか何かですか? というか話が壮大なのでふーんとしか言えない。
「それはともかく、表向きは事件は解決した事になってるから今のは秘密で頼むよ」
「分かりま――いや、何でですか。真犯人捕まってないし、そもそもそんな裏事情を俺に話されても」
特に後者。
「このまま犯人が分からないよりはって事だろうね。実際、証拠を並べられて自白もあったら反論できない。僕の言っている事も勘だから」
勇者が勘とか言うとフラグである。止めて下さいよホントにもー!
「ただ君は学園内で悪い噂が流れているだろう? もし俺の懸念通りに犯人がまだ残っているとしたら、君を利用するんじゃないかと不安になってね」
「ああ、聞いたんですか」
「まあね。人は不安になると分かりやすい話に縋りたくなるものだ。怒るなとは言わないけど、大目に見てやって欲しい」
「突っかかれなきゃ何もしやしませんよ」
心の中で文句は言うけど。
「それと、今まで執拗に殿下を狙っていた犯人がこれを利用しないとは限らない。その辺りも十分気をつけて欲しい。事件は解決した事になってるし、僕の方でもフォローしておくけど注意してくれると嬉しい」
「ありがたいですけど、ルシオさんがそこまでしなくても。俺は案外自分の身を守れることはできますし」
「シーザーさんにはお世話になったし、知り合いが謂れもない中傷を黙って見ていられないから。俺の自己満足でもあるから、テリオンこそ気にしなくていいんだよ」
何やこのイケメン。王子様かよ。とても魔物を血祭りにあげていた人とは思えない。いやでもこの人颯爽に殺してくんだよな。
勇者が走る。風が吹いた。魔物は死ぬ! って感じだったのを今でも覚えている。
「確証が得られるまでは俺は学園に残るし、一部の貴族がまだ犯人を探すつもりだ。だから君は自分の身の安全を優先してくれ」
「それはまあ基本的に自衛できるぐらいは鍛え(られ)てますんで」
「それなら良かった。公国は子供達にキャンプを教えているから、そういった事も当たり前なんだな」
良くねえよ。何だよフージレング公国ボーイスカウト団って。十歳未満の子供をまとめて森に置き去りとか阿呆か。大人達が隠密して見守っているって知らなかったからガチでサバイバルしちゃったじゃねえか。おかげでレンジャースキルが生えて金なくても生活できるようにはなったけどさぁ!
「それじゃあ俺は見回りに行くからここで」
ルシオさんはそう言ってベンチから立ち上がり颯爽と去っていく。今ルシオさんは制服ではなくアーロン王国の騎士服を着ている。それも平隊士のではなく特注の勇者専用でサーコートのような騎士服の裾を翻す動きは心身共にイケメンな男だけが許された退場の仕方だった。羨ましす。
「帰るか」
俺もまたベンチから立ち上がり寮への帰路につく。
王女を狙った事件の真相は結局はこの国の人間も物なのであちらさんが自力で何とかするだろう。勇者も戻り、ゴーデン派をザマァする為にブーメルの実家の派閥が頑張るようだし。俺への監視も片付いた。いや、ベルについてはまたフージレングからの連絡待ちだけど。
フラフラと並木道を歩いて普通男子寮に行くと、一人の女子生徒が近くの木に寄りかかり立っていた。
金髪で腰には短剣を下げているのは確かいつも王女と一緒にいて、あの牛っぽい魔導生物を数体一人で片付けていた少女だった。
あちらも俺に気付くと近づいて来た。
「良かった。校舎にも寮にもいないからどうしようかと思った」
「えーと……」
「自己紹介がまだだったね。ボクの名前はフェイリス・ゴッドスピード」
ボクっ娘だ! 伸び縮みする剣持って王子様フェイスのボクっ娘だ!
「知ってると思うけどテリオンだ。王女様付きのヅカ――護衛がどうしてこんな男臭い建物の前に?」
ちらりと寮の方に目を向けると、窓からこっちを見ている生徒が何人かいた。それで隠れてるつもりかお前ら。フェイリスとやらも気づいていて、俺の意識がそっちに向いているのに気づいて苦笑する。
「帰ってきたばかりで悪いんだけど少しここから離れようか」
「そうだな。ただ、会話が聞かれなくても向こうから見える距離にしよう」
二人揃って見えない場所にまで移動したら逆に怪しまれる。それが分かってかフェイリスは頷く。
寮から離れた場所で改めて話を聞く。
「この前、魔導生物から助けて貰ったお礼をしたいと思って来たんだ。殿下は直接君に言いたいようだったけど、まだ学園内は騒がしいから……」
「俺は気にしてないから」
最後の言葉が濁される。ルシオさんが言っていた事を王女とこの少女が知っているのかは分からないが、学内の空気はまだ覚めていない。そんな時に王女がわざわざ俺に会いに行くのも問題があるだろう。具体的に何が問題なのかは周囲の話なので知らん。
「それで代わりにと言ってなんだけど、これを預かって来たんだ」
フェイリスが取り出したのは長方形の紙だった。
「今度、ヴァレリア・イシュタナのコンサートが学園の講堂で行われるんだ。生徒だけのね。全員が聞けるけど、これは優先席に座れるチケットだよ。お礼として君にプレゼント」
手渡されるチケット。学生向きだからか前世で配られるチケット比べて手作り感が凄い。
ヴァレリア・イシュタナ。聞き覚えがある。アーロン王国だけでなく大陸の各国にその名が届く程の歌姫。何でも天上の声を持ち、その歌声は歌を媒介にした魔法技術を持つ種族さえも土につけると言われている。彼女の声を録音したレコードが各国で売られている程で、俺の家でも母が蓄音機でよく聞いていた。
簡単に言うとアーロン王国が世界に誇る歌手だ。
「それはまたわざわざ。流石地元だけあって歌姫も学園でコンサートに来るのか」
「あれ? もしかして知らない? ヴァレリア・イシュタナはここの二年生だよ」
「マジか」
まさかのウチの学校に有名芸能人が通っていたという事実。
「知らなかったわ。でもいいのか? 学園内だけって言っても貴重だろ」
ウチの母が昔コンサートに行きたい行きたいと言いつつ国外向け用のチケットを手に入れられずに残念がっていたのを思い出す。
歌姫は時折王国内一の部隊でコンサートを開いたりしているが、その時には大陸中から人が集まると聞いた。
「お礼だから気にしないで欲しい。本当は報奨金ものなんだけど」
「いや、いいさ。有り難く貰っておくよ」
「良かった。それじゃボクはそろそろ戻るね。お邪魔してすまなかった」
「いいよ別に」
「また学校で」
将来ヅカになりそうな少女は笑みを浮かべ去っていく。ルシオさん系列のイケメンな感じだ。女の子だけど。
それは兎も角として俺は貰ったチケットを見下ろす。
超有名歌手のライブチケット。ファンとかなら垂涎モノであるが俺は全っっっっ然嬉しくない。
歌とか聞かねえもん。前世だって芸能界に全く興味なかったしテレビだって朝のニュースぐらいしか見てなかったから俳優とかアイドルの名前はさっぱりだ。今世でもヴァレリア・イシュタナの名前は知っているがよく耳にするというだけでこれっぽっちも興味がない。
そして何よりも、コンサートという"場"が嫌だ。だって、俺はアイドルのライブコンサートで死んだんだぞ。ぶっちゃけ言うとトラウマだった。
犯人「爆弾を仕掛けたぜ! スイッチオン!」
勇者「生徒が傷つく前に爆風を防ぎます」
犯人「バイオテロだヒャッハー!」
勇者「感染が拡大する前に悪玉全てを吸収します。そして奇跡の回復で復活します」
犯人「……こいつがいる間は実行するの止めとこ」