第十三話 ウチの国的にはオハナシ案件
<月猫族>
見た目は猫系の獣人族だが、空間の裏側という異空間に立ち入り移動できる。ヘタをすると獣人族以上に本能が強く、幼い頃から直感で種族アビリティが使え、赤ん坊を捕らえてもだいたい逃げてしまう。
「さぁ、キリキリ吐いて貰おうか」
寮の自室の中、木精族の蔓で縛り上げた妖女(妖怪女の略)もとい少女を見下ろし尋問する。これは尋問である。勉強机の上にこれ見よがしな感じでナイフやヤスリ、火打石、人の顔っぽい模様が浮かぶ人参、毒々しく光る青い液体(栄養剤)の入った試験管などを並べてはいるが別に脅す意志はないぞホントだぞ。
「………………」
無言である。萌えキャラみたいな名前と容姿の癖して鋭い視線で俺を見上げて来やがる。女の子の上目遣いだヤッターなんて気分にはならず、猫目だからこっちを睨む目はちょっと怖い。
「喋らないって言うのならこうしてくれよう」
テーブルの上のナイフに手を伸ばすとベルの肩が震える。ハハハッ、拷問なんてしないっつーの。危害なんて加える気なんてありません。俺はな。
ナイフを掴んで非常食用の魚の燻製を削ってベルの頭に振りかける。
「ギャァァァシャ!」
「きゃああああっ!?」
すっかり聞き慣れてしまった猫らしくない叫びを上げて例の猫が頭上からベルを襲う。可愛らしい悲鳴を上げる同級生だが、勿論防音は魔法で既に処置済みである。
それにしても猫なのに猫畜生にボロ負けしてるのはどうなの?
「さあ、キリキリ吐いて貰おうか。でないと頭が唾液だらけになるぞ」
「うぅ…………」
「強情だな。黙秘貫いたところでこうして捕まった時点で無駄なんだよ。出るとこ出ちゃうよ?」
プイッと顔を背けられる。分かってないみたいだなこのガキ。
「お前の主がアクセルなのは知ってるし、他の貴族がその失態を突かない筈がない。独断です、なんて言い訳は通用しないぞ」
「………………」
ちょっと反応が見えた。
「最近なー、冤罪で牢屋にぶち込まれた事もあるから念の為に公国の大使さんにまた頼ろうかなー。嫌とは言わないだろうなー」
嘘だ。よっぽどじゃないとデネディアに誰が頼るものか。だけど効果はあったようでベルの顔から冷や汗が出る。
「はい、それじゃあ最初から行ってみようか。先ずはお名前をお願いします」
「べ、ベルです。亜人の奴隷です」
亜人とは古い言い方を。今では大分薄れたが亜人という名称は差別的な意味が込められている。多種族国家であるフージレング公国では使われない単語だ。
「ん? お前出身は? あと別に敬語はいいから」
「分かりませ……分からない。物心ついた時から奴隷だったから。でも、船に乗って別の大陸から来たのは覚えてる」
そういえば自由貿易都市で買われたとかブーメルが言ってたな。あそこ、他所の大陸からの貿易船も来るから色々あって都会って感じもするんだが、その分裏ではヤバイ事になってるって噂だからな。フージレングの公爵エルフもあそこ焼き払いてぇとかボヤいていた事があった。
「というか何で奴隷になってたんだよ」
「奴隷市場に出品されていたところを主に――」
「いやそんな経緯とか馴れ初めなんてどうでもいいから。寧ろ聞きたくないから。そうじゃなくて、月猫族が何で奴隷になってんだよ。逃げろよ」
月猫族はその独自の種族アビリティで最も捕まえにくい種族だ。手錠されても空間の裏に隠れるので物理的な物は無意味だし、魔法での封印も空間に直接関与する程の物でなければ効かない。子供だからと言っても、獣の特徴を持つ外見故なのか能力の使い方は本能で分かっている筈だ。
「月猫族?」
「そうだよ月猫族……まさかお前知らないの? ステータスは?」
「書き写した物を貰ったけど、獣人だって……」
頭を抱える。騙されてる。めっちゃ騙されてる! ステータス魔法はありふれた魔法だが術の難度は高い。それにある程度信仰心があって修行した神官でないと使えない。中には神官でなくとも使える者もいるが、それは魔法の技量で補っているだけだ。
だから自力で自分のステータスを見れる者は少ない。だからって自分の本当のステータスを知らないとか。
「な、何か変なの?」
「変っつうか……」
売られる前にも教えられてないとか、奴隷商人側も教えていなかったのか。まあ月猫族だと自覚されたら元も子もないからな。
「し、仕方ないじゃん。五歳の時にちょうど売られたんだし」
言い訳するベル。
確かにステータス魔法の対象は五歳以上だ。理由は知らないが、一説では親が早々に子供を切り捨てるのを防ぐ為とか言われいるが事実は謎だ。だからって疑問に思ったりして自分で調べたりするだろ。
「頭痛くなってきた。というかそんな歳から奴隷かよ。つうかあいつ同い年の子供を奴隷を買うとか何考えてんだか。売る方も売る方だけど」
「ううん、同い年じゃない。私は八歳らしいし」
「…………なんつった?」
「同い年じゃない。私、年齢を誤魔化して入学してる」
「で、実年齢は八?」
こくりと頷く四つ下のお子ちゃま。
「なんだそれ! なんだこの世界! なんだこの社会! 学園もさぁ、ちゃんとしろよ! うぉおい、クソがッ、もうどこからツッコミ入れればいいのか分からんぞハァァァァン!?」
当時の年齢での人身売買とか云々とかもう何だこれ! どう表現すれば良いかもう訳分かんねえなオイ! 十二歳でも小柄だなと思ったし、獣の因子を持つ種族は平均成長がやや早い方だからってまさかの八歳児ッ!
「ギナ~~……」
ほら、男子寮の魔獣さんも今まで聞いた事のない微妙な声出してる! 俺だって人語理解してんのかよというツッコミも出ないよ?
「おま、お前……月猫族なら本能で分かるだろ。あいつら、私のゲノムが囁くとかほざいて本当的に狩りや魔法まで使う原始人だぞ」
「そ、そんな事言われても……」
本気で困ったようにあわあわするベル。こいつまさか本気で獣人か? 変なギフトにでも当たったのだろうか。
そう思っていると、ベルの前髪の隙間から見えた肌の一部に白いものが見えた。
「……お前、昔に頭打ったことないか?」
「覚えてない。でも、ここに傷がある」
ベルが自分で前髪をかき上げ額を見せる。額の端に白く変色した古傷があった。
まさかと思うが、頭部を強く打ったせいで月猫族としての本能が失われたのか?
「……よし…………よし、分かった。取り敢えずお前の正体と言うか種族を教えてやる。まずは自分という存在を理解するんだ」
「う、うん」
「それじゃあ説明するぞ。あっ、魚の燻製食べるか?」
拘束していた蔓を外してやり、燻製を渡す。流石の三毛猫も哀れに思ったのか燻製を奪ったりしなかった。泣けてくるぜチクショウ。
それから俺はベルに月猫族についてとくとく語る。ベルは俺の錯乱っぷりにビビったのかそれとも事の重大さが伝わったのか大人しく聞き入る。
それが終わる頃には夕飯の時間が迫りつつあった。
「公国には同族が沢山いるの?」
「沢山とは言えないが、まあこの大陸の全ての月猫族はいるな」
説明が終わってからされた質問に答えるとベルは見るからに興味を引かれていた。
月猫族に限った話じゃないが稀少種族は同族の数が少ないからか同族意識が強い。ベルもまた本能で同族を求めているのかもしれなかった。
「……会ってみるか?」
「いいの?」
食いつくが、同時に不安そうな瞳をしていた。物心ついた頃には奴隷で早々に買われてしまった少女にとって興味半分恐怖半分と言ったところだろうか。
「何時になるかは分からないが会うぐらいはなんとかしてやれるさ。何だかんだで知り合いが多いからな。ただアクセルには秘密な。その辺りの誤魔化しもこっちでやるから、お前はただ黙ってるだけでいい」
奴隷云々もどうにかできるかも知れなかったが、確証はないし下手すると他国からの政治介入と取られるかもしれないからそこまでは言わない。実際、俺自身そう簡単に話が進むとは楽観していない。
「どうだ? お前には迷惑かけんぞ?」
「それじゃ……お願い、します」
奴隷として教育されたのか、丁寧なお辞儀だった。黒髪というのもあって、オリエンタルな雰囲気だった。
「あー、そう畏まんな。ただのお節介なんだし」
俺自身が直接何かする訳でもなければ、絶対じゃない。だからそんな風に頭下げられると複雑な気分になる。
「今日はもう帰れ。目処が付いたらこっちから連絡する。ちゃんと隠れて帰るんだぞ」
今なら生徒達は食堂に向かっている頃なので誰にも見られず戻れる筈だ。そもそもこいつは空間の裏に隠れられるので元からその心配はないだろうが。
「うん。あっ、監視はどうしたらいい?」
「ああ、あったなそういうのも」
爆弾発言が多すぎてすっかり忘れてしまった。
「しない方が良いよね?」
「好きにしろ。アクセルに勘付かれそうなら続けてもいいし」
もうどうでもいいのでさっさと追い出す。ベルは窓の前で一度こちらに振り向き、礼をまた一つしてから消えていった。
「はぁ、まったく……今日は衝撃情報満載だったな。というかあのチート野郎、何やってんだか」
ぶっちゃけ引くわ。奴隷に関してはこの国に奴隷制度があるので郷に入りだが、子供の奴隷を買うとか。それとも親が買い与えたのか。
「……はぁ~、まずは飯食うか」
ベルが残した燻製を美味そうに胃に収めた三毛猫を見て、俺も腹が減ってきたので食堂に向かう事にした。行ったところでボッチ飯だけどな! ただその日は年下の少女の不幸話を聞いたせいか気にならなかった。
部屋に戻ると手紙を書き始める。今日はちょうど伝書鳥が来るので丁度良かった。
宛先はフージレング公国代表のクライライ公爵――要はハイエルフ様。頼み事する訳だから下手に出て……ちょっと精神的耐久値が耐え切れないから普通に丁寧な文にしよう。ちゃんとした文章とか半端にしか書けないが、俺に似合わぬ丁寧さからあのハイエルフはダメージを受ける筈だ。
内容が内容なので、まずは下書きをささっと書く。その下書きを見ながら、今度は事前に渡されていた特殊なインクと用紙を取り出して書き始める。
書き終え、紙の端にある触らなければ分からない程度に輪の形に浮き出た部分にインクを垂らす。すると書いた文字が独りでに動いて全く関係のない当たり障りのない文章が新たに構築される。
このインクと紙は暗号文を作る為の道具だ。まさか早々にこれを使う事になるとはこの俺でも見抜けなんだ。
下書きを燃やして消した後、やって来た四枚羽の伝書鳥の脚に手紙を入れた筒を装着して送り出す。普段は目が合えば喧嘩する三毛猫だが、この時ばかりは二段ベッドの上でじっとしていた。
「何か今日は疲れたな。とっとと寝るか」
飛び去っていく伝書鳥を見送った後、俺は早々に眠りについた。
翌日、すぐにハイエルフから手紙が返ってきた。手紙の中の要約すると――
『おけ把握。ツッキー(月猫族の族長)がウチで引き取るとか暴れ始めたから奴隷身分もどうにかする。具体的な方法が決まったら連絡する。
――追伸、いざとなったらお前がストッパーになってもらうから。いやマジで』
……かなり大事になってしまった。マジか。