第十話 ハードカバー買った後で見る文庫本の値段
ここの教育機関、感じ悪いっすわー。
後ろ指差される生活が始まって二日目、気分悪いっすわー。ちょっとー、こういう時こそ誰かがリーダーシップ取って不穏な空気を払拭させるもんだろうが。オラ出番だぞアクセル。働けよ。カースト上位に立ってるならそれこそ地位を維持する為にあくせく動けよ。
放課後、ウロウロと校舎の周りを歩いて感じるのは腫れ物を扱うような空気。別にいいんだけど露骨なのがな。
犯人はまだ見つかっていないようだし、どこまで進歩したのかも公表されていない。騎士の姿も少なくなった。というかルシオさんがいれば戦力として十分なんだけどな。
こんな時に勇者はどうしているのかと言うと、どうやら交流会前に国内にいる魔物の間引きに巡回騎士団と共に行ってしまったようだ。勇者の予知地味た勘があれば犯人とか速攻で見つかる可能性だってあったのにタイミング悪いな。それとも犯人は勇者不在を狙ったのか。
両国の合同魔物討伐時、あの人は『何となく』で魔物の隠れ場所とか分かるからな。スキルでもギフトでもないのに。犯人が何か悪巧みしてたら見つけそうではある。
まあ、余計な事はすんなと言いたいが犯人そのものはどうでも良い。
それよりも監視されているという方が気になる。俺の思い込み、勘違いだってある。というかそっちの可能性の方が高い。でも一度気になりだすと確かめざる負えない。
放課後、不審者の如く周囲に気を配って歩いてみてもつけ回しているような生徒の姿は確認できなかった。臭いもない。やっぱり勘違いかなー、と思いつつ俺はまだ全力を出していないぞクカカ。
問題はどこでやるかだ。誰もいない広い場所だと逆に怪しまれる。人がいながらも、あまり目立たない場所でやりたい。そうなると思い当たるのは図書館ぐらいか。
図書館かー、そういや一度も行った事なかったな。この際だから久しぶりに読書するのもいいかもしれない。
大学でもなければ学校の図書施設なんて広い部屋程度しかないが、この魔法学園の図書館は『館』という規模だ。それでも扉を開けて中に入れば古い本の臭いがした。
特に目当ての本がないままウロチョロと本棚の壁によって作られた道を歩く。レンタルショップと違ってパッケージではなくタイトルで中身を想像しないといけないからよっぽど奇抜な名前しないと興味が沸かないのが面倒だ。
『名の重要性』『魔法の初級構成』『真名と言霊』『アーロン王国の歴史』『悪逆帝の所業』
本棚によってジャンル別に整理しているんだろうが、よく見ると別ジャンルが混ざっている。この雑さは学校故か。
天井近くまで高さがあり、新刊入ったらどうするつもりなのだろうかと疑問な程に隙間なく本が突っ込まれている本棚の間を歩く。すると進行方向上に生徒の一人本棚を見上げていた。
柄の悪い貴族の息子に絡まれてた狐耳の少女だ。欲しい本が高い所にでもあるのかなと思った瞬間、少女はジャンプした。子供の体格で大人の身長を軽々と飛び越える程の跳躍力。重力が勝り落ちる僅かな浮遊時間に少女は目的であろう本を素早く抜き取ると簡単に床へと着地する。
当然、スカートが捲れてパンツ見えた。狐なのに熊さんプリントとはこれ如何に?
「あっ……」
着地した後で俺の存在に気付いたようで、直後に自分がした事を自覚したのか顔を真っ赤にする。
「危ないから気をつけろよ。じゃあな」
踵を返してUターン。これ以上どうしろと? 取り敢えず固まっている間に牽制して悲鳴やら絡まれるよりも前に逃げる。この時大きな動きをすると反射で動かれるのでゆっくりとだ。
「あ、あのっ」
だがそれが仇となった。すぐに追いつかれて袖を掴まれてしまった。仕方ないので振り向く。やっべ、スカートの中見た事どう言い訳しよう。見てしまったのは全くの偶然だが、残念ながら故意だろうとそうでなかろうと男が悪い。理不尽だが男が悪いのだ。裁判なら勝ちの目あるけど学校みたいな閉鎖社会では無理だ。
ただでさえ犯人扱いされているのに変態扱いされたらもう学園生活は終わりだ。いや別に終わってもいいんだけど変態のレッテル貼られての退場は流石に嫌だ。
「あ、あ、あのっ、この間はごめんなさい」
魔導生物にぶっ飛ばされた時以上に身構えていたが、少女から発せられたのは謝罪の言葉だった。意味が分からん。
「ちょっと待ってくれ。何でいきなり謝ってんだ?」
「ブーメル・オルテインさんから助けてくれた時、私お礼言えなくて……」
何の話だよと一瞬思ったが、そういや不良貴族から助けていたのを思い出した。魔導生物云々のせいで頭の隅に追いやられていたが、確かにそう見えたかもしれない。というかあいつのフルネームはブーメル・オルテインって言うのか。今初めて知った。
「どころか私怯えちゃって。助けてくれた人に失礼な態度取っちゃって……だから、ごめんなさい!」
「あー……いや別に気にしてないから」
見捨てて教師呼ぼうとしてた身としてはその真っ直ぐさは心に来る。
「改めて、助けてくれてありがとう」
聞けよ。気にしてないって言ってんだから止めろよ。そんな自罰に満ちた顔と潤んだ目で見るな。マジで心が苦しい。ヒィッ、汚れた性根の俺には耐えられない!
「あーあー! そうだ! お前、交流会にいたっけぇ!?」
叫んで取り敢えず今頭に思い浮かんだ疑問をぶつける。これで有耶無耶にしてくれる!
「え? 交流会? 誘われたけど、人が沢山いるから結局行かなかった。でもそれが良かったかも。巻き込まれた人には悪いけど、あんな事があったんだもん」
「へ、へー……」
今更だが、この少女は学園に広まっている俺の噂を知らないのか? 知っていたらこうも謝ってんのかお礼言ってんのか分からん事は言わんだろ。アクセルに俺の変化について喋ったのはこの子かもと思いもしたが情報源は別か?
……まあ、どうでもいいか。現状、俺の監視者の方が気になるし。
「ああ、あと王女が学園から離れてるけど、何でか知ってる?」
「公務だって掲示板に貼られてるけど?」
そういや掲示板見てなかった。あの時の夜はどう他の生徒に伝わっているのか、ボッチだから人に聞けなかったんだけど掲示板があったか。そっかー。
「ん、あんがと。それじゃあな」
俺にも予定があるので話は切り上げてそこから去る。引き止めたそうな気配を感じたが、本来は内気な気質なのであろう少女は結局何も言ってこなかった。
広い図書館で良かった。少女がいた場所から距離を取ってテキトーな本を選んで抜き取り、角の本棚と本棚の間に置かれた椅子に座って読書を開始する。
大昔、この大陸一帯を支配していた悪逆帝について書かれていた本だ。悪逆帝と呼ばれた男はかつて多くの魔物を殺し人類と敵となる存在をも殺したが、欲深な性格だったらしく好き放題して人類種にクソ迷惑かけてクソ恨まれていた。最終的にぶっ殺された訳だがこの大陸にある国のほとんどは悪逆帝を退治した英雄達の子孫が作った国々である。
この本には悪逆帝がどんだけクソかこき下ろしていた。よくもまあこれだけ書けるなとある意味尊敬する。
読み飽きて眠くなってきたので欠伸する。椅子の背もたれに寄りかかり、開いた本を顔の上に乗せて眠るフリを……本気で寝そうになるから気をつけないとな。
本の下、隠した顔の額に休眠させ隠していた感覚器を開く。視覚、聴覚、嗅覚にも察知できないとなればもっと別の感覚器で探すしかない。ピット器官やら円偏光を見れる眼とか作れるが、このファンタジー世界にてもっと良い物がある。
フージレング公国の星詠み達の中にある種族がいる。天眼族と呼ばれる彼らはあらゆる事象を観測する第三の眼を額に宿していた。
普通の眼でないのは確かだが、第三の眼には得た情報を処理する為の脳細胞もまたある。そうでなければ人類種の脳では処理しきれない情報量に頭がパンクするそうだ。実際、俺が天眼族の真似して第三の眼を開いたらすっごい頭痛がしたから普段は額の中に作っておきながら休眠させている。複雑な器官なので毎回初めから作っていると時間が掛かるのだ。
額の一部が縦に割れてその下に隠れていた瞳が目を覚ます。本で隠れた視界とはまた別の感覚が周囲の状況を把握し始めた。第三の眼は普通の人族が持つ感覚だけでなく魔力的な動きもまた感知する。
フハハハハッ、魔法か何かで隠れていた場合これで一発で見抜いてや――いたよ。
ソレは思った以上に近くにいた。本棚のすぐ横、人の姿は見えず臭いもせず風の流れも正常ながら誰かが確かに存在していた。