第九話 人の噂って面倒臭ぇ!
顔面からスタートした魔導生物鉱山発掘事業だが、お宝は人間で言う肝臓の所にあった。
この手の核がある魔導生物の場合、設置されている場所はだいたい胴体のどこかだ。大雑把だが大きさや用途によって変わるので一概に言えない。でも頭とか手足は絶対ではないが無い。そんな所に埋め込んであったらすぐ壊れるし。
そう言った思考の裏をかくなんて考えもあるが非効率だし運が悪ければ流れ弾で壊れるのだ。よっぽど弄れていたり特定の相手を想定した心理戦じゃない限りしない。
魔導生物の核は半透明な黒い球状の物体だった。サイズはボーリングの玉ほど。何か中に入っているようなので、魔導生物の機能停止も兼ね割って確かめる。
「何でこんな物が……あっ、核は肝臓の所にあるんで!」
一人で頑張って戦っている人がいるのを忘れる所だった。核を割った事で魔導生物の体が崩れていくのを確認した上で核のあった位置を伝える。
「氷よ!」
弱点を聞いてからの少女の行動は迅速だった。魔王で魔導生物達の脚を地面ごと凍らせる。すぐに壊せる程度の強度だったが、その僅かな時間で十分なのだろう。少女の持つ剣が刃を細くし鍔が小さくなりレイピアのような形状となった。そして少女がフェンシングの構えを取ったと思った瞬間、突きを連続で放つ。本来なら剣が届かぬ距離ではあるが、大きさの変える事の出来る剣は刃だけを少女の動きに合わせ一瞬で伸び縮みさせている。
少女が動きを止めた頃には、残った魔導生物の体が崩れ落ちた。核全てを伸びる剣で刺し貫いたようだ。剣もそうだが技量がまずおかしい。
「殿下ッ! ご無事ですか?」
残心なのか少女はひと呼吸置くと王女に駆け寄る。
「平気。フェイリスも怪我してない?」
「私は大丈夫です」
互いの身を案ずる少女達を他所に俺は手足の変化を解く。袖やズボンの袖、靴が破けてしまって愉快な格好になってしるがこれはしょうがない。
それよりも核の中身を改めて見下ろす。何で中にペンが入ってんだ?
「あっ、それあたしが失くしたと思ってたペン」
王女が俺の持っているペンに気づいて言った。どういう事だ?
フェイリスと呼ばれた金髪の少女が倒した魔導生物達の場所に向かい、核の中身を確かめる。
「ノートの切れ端にスプーン? これは皿で……トイレットペーパー?」
どうでもいいがこの世界のトイレは水洗だ。水道があるのでしっかりと流せるし、尻を拭くのだってお馴染みのロール状の巻き紙だ。これも当時のトイレ事情が我慢できなかったカイザー・ブルーフェニックスさんがやらかした。スゲェよカイザー・ブルーフェニックス。変な名前だけど。
「……それ、女子トイレの」
俺が何をしているのか気になったのか王女と金髪の少女がいつの間にか傍にまでやってきて、俺が持っているトイレットペーパーを見下ろす。
えっ、男子トイレのパリパリしてただ白いだけのと違ってこれ柔らかいんだけど、薄いピンク色で花柄まで付いてて消臭なのかちょっと良い匂いもするし。男子と女子で差が有り過ぎじゃね? 入れないからって堂々と差別すんなや!
「………………」
「………………」
「………………」
――ハッ、いかん。スゲェ居た堪れない空気になってる。女子のトイレットペーパーを持っている俺に、その事実にちょっと顔を赤くして視線を逸らす女子二人。シュール過ぎるだろ。
「姫様! ご無事ですか!?」
この状況どうすんだよと混乱している間に通りの向こうから駐在していた騎士達が校舎のある方向から走って来るのが見えた。俺は慌ててトイレットペーパーを金髪の子に手渡して明後日の方向を見る。
「ええっ!? こ、困るよ!」
俺だって困ってたよ。少なくとも男より女子が持っている方がまだマシだろう。
突き返そうとする少女を無視している間にも騎士達が集まる。お前らいんのに王女に戦わせてどうするんだよとも思ったが、騎士達は戦闘によるものと思われる汚れがあった。
他にも魔導生物がいて戦っていたのか。気付く前に文句を言わなくて良かった。
「遅くなり申し訳ありません!」
「大丈夫です。それよりもそちらはどうなりましたか? 他の生徒に被害は?」
騎士が到着した瞬間、王女の雰囲気がキリッとなる。
「魔導生物は殿下のみを狙っていたようで被害はありません。それよりも賊がまだ潜んでいる可能性がありますので一時王宮に避難をお願いします」
何が起きているのかさっぱりなのだが、とにかく学園内で王女暗殺未遂が起きたらしい。交流会とは規模が違い本格的な動きなようだ。騎士が王女を学園ではなく城へと避難するのを勧めるのは当然か。
フェイリスとか言う金髪の少女は王女の御付みたいなので一緒に行くだろうが、俺ってどう扱われるのだろうか? 今の所蚊帳の外だが、さっきまで眼鏡騎士の暴走で牢屋に入れられていた人間なんだけど。そうでなくとも事情聴取とかありそうで面倒だ。
「それと、彼は私を守り魔導生物を倒すのに貢献してくれました。傷の手当てと、寮にまで送ってあげてください」
いきなり俺へと話題が移った事に驚いたが、気を利かせてくれたようだ。
「かしこまりました」
王女様の命を受けて騎士達が動き出す。大半が護衛としてそのまま王女を連れて行くが、残りは崩れた魔導生物の検分と周囲の警戒、そして俺へと近づいてくる。
「ええっと、怪我は無いです。服はボロボロですけど」
「……そのようだな」
魔導生物にぶん殴られた際の出血で今の俺は血だらけの格好をしていた。それを訝しげに騎士から見られたので先に説明した。
「もしかして君はゴーデンが連行したという留学生か?」
「ゴーデン?」
「眼鏡のいけ好かない顔をした一応騎士の男だ」
「ああ…………」
騎士の険のある言い方からして、あの眼鏡は騎士団内からあまり評判がよろしくないらしい。
「君の体質については聞いている。こちらの騎士が非常に無礼な行いをした事、改めて謝罪しよう。騎士全てがあのような人間だとは思って欲しくない」
「分かってます。騎士団長様からも既に謝罪の言葉を貰っていますから」
うーん、真面目。疲れているのもあって、誠意は既に伝わっているので堅苦しいのは遠慮したい。
「ところで、寮の方に戻って良いですか? 戦闘で疲れてしまって……」
「そうだったな、すまない。まだ魔導生物がいるかもしれないから送り届けよう。寮には他の騎士が護衛しているから、安心して休むといい」
その夜は騎士に寮へと送り届けられ、俺は無事に自分の部屋に戻ってこれた。
今日は色々あった。牢屋に放り込まれ、ヤバイアマゾネスと再会し、魔導生物にボコられた。心身共に負ったこの深い傷の精算はどうしてくれようか。
あの眼鏡騎士か、最初にケチのついたアクセルか。魔導生物を放ってそもそもの原因を作った犯人か。
「あっ、飯食ってねえ」
寮の食堂は閉まっているし非常食も用意していない。栄養剤のせいで腹はそこまで減ってないけど何だか勿体無いなと残念な気持ちになりながら、俺は眠るのだった。
翌朝、一晩寝たらどうでも良くなった。眼鏡はどうせ騎士団内で村八されてるだろうし、アクセルのはアレは頭馬鹿なだけだし、王女襲撃の犯人を捕まえるのはまともな騎士の仕事だ。
そんな事よりも飯である。一日の活力、朝食の時間である。猫に爪研ぎされたハンカチのようにボロボロになった制服をゴミ箱にポイして予備の制服を着用。伝書鳥が来たら新しい制服の代金を実家に請求しておかないとな。
「てかクソ猫。本当に爪を磨くな」
ゴミ箱に手を突っ込んで爪を磨き始めた三毛猫に文句を言って部屋を出る。
すると、丁度同じタイミングで隣の部屋から生徒が出てきた。向こうも俺に気づくと、驚いたように目を見開いて怯えるように顔を背けそそくさと食堂へと早足で行ってしまった。
「まさか……」
俺が騎士団に捕まった事について学園ひいては生徒達にどう認識されているのだろうか?
うおおお…………嫌な予感しかしない。
不安を抱えたまま食堂に行く。校舎に行く。授業を受ける。昼飯を食う。実技を受ける…………帰宅。
「――前世の学生時代より酷い!」
「キャシャァアアアアァァッ!」
「うるせえよクソ猫ッ! どんな鳴き声だ!」
今日一日ずっと他の生徒達から避けられた。遠巻きに見られてはこそこそと話しているし。ボソボソッて言っても聞こえるもんなんだぞ。俺の耳でもしっかりと聞こえてたし、陰口を叩くならせめて見えない所でやれよ。
盗み聞きした内容をまとめると要は眼鏡騎士に連行される俺の姿を見たという噂が広まって、俺が王女を襲った黒幕だと思われているらしい。
だったら何で普通に戻って来られるんだよ、とツッコミを入れたい。
クソがッ、学園に入学してから良い事がねえ! 前世の学生生活だってまだまともだったぞ。
身の潔白自体は騎士団長自体が証明……いや、いきなり犯人扱いされるのが無くなっただけで客観的に見ても白と決まった訳じゃない。それを言えば全生徒全教師が犯人候補だ。
手足マッチョな牛の魔導生物が暴れていたのは騒ぎが広まり具合から考えて俺が学園の敷地に入る直前ではあったが、魔導生物は遠隔操作も自動も可能だ。
どうしよう、故郷に帰りたくなった。実家ではなく故郷の森に。前世では考えられないほど森林などの自然に順応してしまった身としては山の中で孤独に暮らす方が楽だ。俗世とは偶の付き合いで十分なのだ。
「待てよ、これを理由に学園を辞めるって手も……駄目だ、デネディアがいる」
わざわざ大使としてこっち来た程だ。学園辞めたら俺をオーメルから引き離す材料にされる。あのハイエルフは割とクソだが何だかんだで保護してくれている。それに他の連中だって機だと思って煩くなる可能性もある。
他国の学園に留学というのはあいつらから距離を置くという意味もあったのだ。忘れかけてたけど。
つまり? ――逃げ場はありません。不登校は許しません。三年間我慢しなさい。
「クッッッッッッソたれェェェェーーーーッ!」
「ギシャアアアアアアァァッ!」
俺の悲鳴に呼応としてベッドから猫が空中殺法をかましてきた。
一時間の激闘の末、疲れたので休戦。このまま嫌な事を忘れて布団の中で眠りたいところだが、せめて何かしらの対策を取らないとキツい。ボッチなのは構わない。ただ後ろ指差されるのは不愉快だ。
犯人探しでもするか? いや、それこそ騎士団の仕事だろうに。素人が手を出すと空回りどころか邪魔、いや捜査妨害などでまた犯人扱いされても困る。
そもそも何でこう馬鹿に疑われているのか。何か目撃者多くない? 多いよな。もしかして誰か見張られてる?
「…………まさかお前じゃないよな」
二段ベッドの上を占領する猫に聞いてみる。
「シッ」
何だろう。すっげームカつく感じで笑われた気がした。
学校退学=飼い殺しルート。
テリオン「何で俺がこんな目に」
ハイエルフ「新種だから」