プロローグ
随分と遠い所まで来てしまったと、目の前の門とその上に設置された看板を見上げて思った。物理的にも次元的にも。
中々凝ったレリーフにはこの世界の言語で『アーロン魔法学園』と浮き彫りされている。そして門を通り同じ制服を着た少年少女達が次々と学園の中へと入っていく。その顔には期待と不安が入り混じった事の始まりを感じさせる。
俺も昔はあんな顔をしていたのかなと同年代の彼らを初々しいなと思いつつ、前日一泊した宿で既に着替えた制服のネクタイを少し緩めながら俺は小さく溜息を吐く。
「クソッタレがどいつもこいつも暢気な顔しやがって」
通りすがりの学生がぎょっとしてこっちを見てきたので睨み返す。するとビビったのか視線を逸らして去っていった。
「あー、憂鬱だ」
門前でくだを巻いても仕方がなく、衛兵らしい男がこっちを見てる事もあって歩き始める。
歩きながら周りを見てみると、緊張する新入生達とは別にやたらと自信満々だったり何でもないかのように平然としている生徒を何人か見かける。
学年別に色分けされたネクタイやリボンから先輩達ではなく俺と同じ新入生だ。それなのに堂々としているのは肝が据わっているか、貴族はほぼ全員通っているので社交場などで慣れているかのどちらか。
或いは、学校そのものに慣れているかだ。おそらくあの中の何人かは俺と同じ。生前、既に教育を受けているからだ。
アーロン魔法学園。十二歳からの魔法の才を持った少年少女が入学し勉学に励む教育機関。三年の勉強の後はそのまま卒業かもっと上の魔法学院か騎士学院に進級するかだ。
魔法の才を磨く場という点で国中探してもここ以上の場はないだろう。だからこそ奴らが集まりやすい。
俺と同じく異世界で過ごした前世の記憶がある転生者達が。
道半ばで人垣が形成されているのを見つける。ど真ん中で邪魔な事この上ないが、何か事件でも起きてるのか騒がしい。
俺はその人の輪を迂回しながら人垣の隙間から中の様子を窺う。
「何だと貴様! もう一度言ってみろ!」
「謝れと言ったんだ。女の子を突き飛ばしておいて謝罪の一つも無いなんて男の風上に置けない」
なんか赤毛と金髪の二人の男子生徒が言い争いをしていて、赤毛の少年の後ろでは狐のような耳と尻尾を持つ獣人の女子がオロオロしている。
「ハンッ、肩がぶつかったのはお互い様で、そっちが勝手に倒れただけだ。そもそも僕は貴族だぞ? 罰しないだけ、寧ろ感謝して欲しいね」
「悪い事をしたら謝るのが筋だろう。そこに貴族とか平民とか身分の差は関係ないさ!」
信じられるか? これが十二歳の会話だぜ。そもそもとして入学という既に一般的な行事の中更にこんなコテコテな騒ぎを起こせるのが不思議でならない。
俺は騒ぎから視線を外して先を急ぐ。少しすると何かあったのか、歓声のような声が聞こえて来たが無視した。
◆
「えー、学園の理念は魔法に関する正しい知識を得て、それを有効に活用する為の訓練を――」
新入生一同が並ぶ講堂の壇上に立つ学園長が長々と演説していた。髪は白髪だが髭などは生やしておらず、背筋を真っ直ぐと伸ばしたその姿はまだ若々しい。
けれども話は長い。国どころか世界が違えども偉い人の話はある種の精神攻撃なのは変わらないらしい。これは子供の頃から長話を聞かせて知らない内に忍耐力を鍛えるのが目的なのか?
「当学園を興した初代学園長は子供達に対する教育を広めるという目標を持っていました。初代学園長は子供への教育は人の営みを行う上で大事だという理念を持ち、教育が当たり前のように受けられる世界を目指し――」
「………………」
ネット小説や漫画などで異世界に転生するという題材が扱われていたが、実際に体験するとなると何だかやるせない気持ちになる。しかも一部とは云え転生者が認知されている世界だと尚更だ。
俺の故郷にて出会ったハイエルフ。庶民からすれば天の上のような存在から俺は自分が転生者だと言い当てられた。
この世界では異なる世界からの転生者は珍しいが決して存在しない訳ではない。それこそ学園長の話にあったように初代はハイエルフが言うには転生者で、前世の経験を活かして成功した人間だと云う。
彼らの特徴は前世の記憶は勿論だが、中には膨大な魔力や才能、特異なスキルを生まれつき持っている場合があった。そして得た才能を振るう為にかそれとも巻き込まれる運命が予め決まっているのか、何かしらの騒乱の中心に彼らがいる。
ただ残念ながらその逆として何も持たず前世の記憶だけを持ってこの世界に生まれる奴もいる。
俺がその一人だ。
あー、楽して生きてー。チート持って暴れてー。ハーレムとか憧れるよね。何のデメリットも無しにちやほやされたい。
浅はかだとか下衆いとか思われるだろうが、人間一度や二度そんな頭空っぽな欲望を抱くものだ。俗だと自覚のある俺は常にそんな感じだ。
で、転生したのにそんなチートとか無いとか何この手落ち感。
この十二年で鍛えられた俺の妬みセンサーは強い力に敏感だ。今朝の並木道の出来事だってそうだ。きっと赤毛の方はチート持ちの転生者に違いない。
偏見だとか嫉妬乙とか好きに言えば良い。実際にその通りだしな! あー、イライラする。
あーっ、俺もチートとか欲しかったなァ!
勝手に嫉妬してムカムカして負の念を渦巻かせていると学園長の長い話が終わっていた。入学式が終われば次はこれから一年間世話になる教室に移動し、担任教師の指示の下に自己紹介。
この辺りは前世の学校と変わらない。
「アクセル・ステレウスです。得意なのは剣術で、異能力として重力操作を持っています」
並木道で見た赤毛の少年はいきなりぶっ込んできた。その情報、要りますかねぇ?
異能力とは一部の人間が持つ固有の力の事だ。その異能は普通では再現の難しく方向性に違いはあれど強力な力である。転生者が持っている事が多いらしいのだが、俺は持っていない。
あの赤毛はそれをバラした。はぁ? 自慢か? 自慢なのか? ブン殴りてぇなぁオイ。
嫉妬の念で呪いをかけるにはどうすればいいのか考えていると、自己紹介の番が俺に回ってきた。
「……フージレング公国からの留学生として来ました、テリオンです。今後ともヨロシク」
主人公:小物