脳筋的なシンデレラ
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あるところに、シンデレラという名の若い女性がいました。
彼女は周囲から、灰かぶり姫と呼ばれています。
しかしなにも、彼女は周りから蔑まれ虐げられてきたわけではありません。
シンデレラが灰かぶり姫と呼ばれるようになった理由。
それは彼女が、筋骨隆々の肉体を有していたからです。
「シンデレラ。荷物を持ってちょうだいな」
「はい、お姉さま」
はきはきと返事をしたシンデレラは、20キロ以上あるワイン樽を軽々と持ち上げました。
「シンデレラ。部屋の模様替えをしたいから、本棚を動かしてちょうだいな」
「はい、お姉さま」
元気よく返事をしたシンデレラは、本がいっぱい詰まった本棚を押して移動させました。
「シンデレラ。畑を耕してちょうだいな」
「はい、お母さま」
さわやかな笑顔で返事をしたシンデレラは、六時間かけて広大な畑を耕し終えました。
何かと頼まれごとをされるシンデレラですが、決して母親や二人の姉にいじめられているわけではありません。むしろ仲は良い方です。円満です。お互いを尊敬してすらいます。
仕事は適材適所。料理、掃除、洗濯などの家事は母や姉たちがしており、細かい作業が苦手でなおかつ筋肉を持て余しているシンデレラは、主に力仕事を任されているのです。
力仕事はシンデレラ。
汚れ仕事はシンデレラ。
女性であるのにもかかわらず、埃まみれ、泥まみれになる仕事ばかりしている彼女は、いつの間にか灰かぶり姫と呼ばれるようになったのです。
あるとき、お城で舞踏会が開かれることになりました。
シンデレラの一家も招待され、二人の姉はウキウキな気分でドレスで着飾ります。しかしシンデレラは浮かない顔をしていました。なぜなら彼女はお留守番だからです。
シンデレラが舞踏会に行けない理由は明白でした。
家を出る前、長女がシンデレラに申し訳なさそうに言います。
「ごめんなさいね、シンデレラ。あなたのドレスを用意できなくて……」
「仕方のない事ですよ、お姉さま。私のことは気にせず、楽しんできてください」
シンデレラの身長は2メートル近くあります。加えて恵まれた体格。一端の仕立て屋では、シンデレラの身体に合うドレスを作ることができませんでした。
「その代わり、お土産をよろしくお願いします」
「えぇ。では、行ってきますね」
お城から派遣されてきた馬車に乗り込む母と姉たちを、シンデレラは複雑な心境で見送りました。
一人家に残されたシンデレラは、二階に上がって窓からお城を眺めます。
「あーあ、私も舞踏会、行きたかったなぁ」
ついつい本音が漏れてしまいました。
ふと視線を落とすと、畑で何やら蠢く影が視えました。これはマズいです。せっかく耕した畑が荒らされては敵いません。イノシシのような害獣なら殺さねばなりませんし、泥棒なら撃退しなければなりません。
シンデレラは慌てて一階へと降りていきました。
「なにしとんじゃい、われぇ!」
野太い声で、侵入者を威嚇しました。
しかし畑にいる侵入者は、シンデレラの威嚇にも怯むことなく佇んでいました。
月明かりが、侵入者の顔を照らし出します。
変な格好をしたおばあさんでした。
「こんばんわ、シンデレラ。あたしは魔女だよ」
「ま、魔女?」
威勢の良かったシンデレラは、魔女と対峙して震えあがりました。
その様子を見た魔女は、妖しく笑います。
「おやおや、魔女を見るのは初めてかな? そんなに警戒しないでもいいよ。何もしないからさ」
「いえ、物理ならどんな攻撃でも防ぐ自信はありますが、魔法の耐性は無いので……」
「???」
魔女にはシンデレラの言っていることがよくわかりませんでしたが、一応は警戒心を解いてくれたようです。
「それで、魔女さんが何の用でしょうか?」
「いやね、うら若い乙女の願いが聴こえてきたから、叶えに来てやったのさ。お前さん、お城の舞踏会へ行きたいんだろう?」
「…………」
その通りです。が、シンデレラは肯定しませんでした。
行けるものなら姉たちと一緒に行っています。着られるドレスはありませんし、こんな汚れた服では場違いです。
「そんなの、魔女のあたしにとっちゃ、ちょちょいのちょいさ。ほれっ!」
魔女が杖を振ると、きらめく光がシンデレラの身体を包みました。
するとどうでしょう。シンデレラの来ている汚れた服が、一瞬にして輝かしいドレスへと変わったではありませんか。
しかもそれだけではありません。みるみるうちに身体も小さくなっていきます。
変身が終わったところで、魔女が手鏡を渡してきました。
「これが……私?」
鏡には、絶世の美女が映っていました。身長も体格も骨格もすべて変化し、まるで別人のようでした。というか別人でした。
自分の変わり果てた姿に驚き喜びを表したシンデレラでしたが、同時に落胆します。
「わ、私の筋肉が……」
「安心しなさい。ただ見た目が変わっただけで、なにも全身が本当に縮んだわけじゃあない。筋力とかは、元の姿と同じだよ」
魔女の言葉は少し胡散臭かったので、試してみることにしました。
地面に転がっているカボチャを拾い上げます。
シンデレラはそのカボチャを……片手で握りつぶしました。
カボチャは粉々に砕け散りました。
「まぁ、本当なんですね」
「そのカボチャ、馬車にする予定だったんだけどねぇ」
肩を落として落ち込んだ魔女は、気を取り直して懐からリンゴを取り出しました。
それを見て、シンデレラは不安に思います。
「あの……魔女さん。言いにくいことですが、リンゴはカボチャよりも柔らかいですよ」
「黙らっしゃい! 食べ物はお前さんの握力測定器じゃないよ!」
馬車でもないのですが。
リンゴを放り投げて再び杖を振ると、瞬く間に馬車へと変わりました。
「まぁ、すごい!」
「あとは馬車を引く馬だね。それはこのネズミを……」
「魔女さん。ネズミはやめておきましょう」
「どうしてだい? ネズミは嫌いかい?」
「いえ、嫌いではありません。むしろ好きな方ですが……万が一にも著作権を犯してしまった場合、黒服たちが来てしまいますのでやめましょう。いくら私が強いからといっても、権力には勝てません」
魔女には何のことだかさっぱりわかりませんでしたが、シンデレラが嫌と言うのでやめておきました。
「仕方がないねぇ。じゃあゴキブリくらいしかいないよ」
「ゴキブリもやめておきましょう」
「どうしてだい? やっぱりゴキブリは嫌いかい?」
「いえ、ゴキブリは師匠ですので」
「???」
「ゴキブリは師匠ですので」
「二回言わんでもええわい」
これまた却下されてしまいました。
しかしそうなると魔女も困り果てます。もう馬車を引ける動物がいません。
「大丈夫です、魔女さん。馬車なら私が自分で引いていきます」
「はい?」
どうやらシンデレラは冗談を言っている様子はなく、真面目な顔をしていました。
まぁ本人がそう言うのならと、魔女は諦めて最後の忠告をします。
「いいかい? 魔法の効果が続くのは、午前零時までだ。零時を過ぎると、魔法が解けてしまうよ。零時の鐘が鳴ったら、すぐに帰ってくるんだ。わかったね?」
「はい、わかりました」
魔法が解けるということは、あの汚らしい服に戻ってしまうということ。舞踏会の合間に、突然そんな女が現れたら、場が白けてしまいます。気をつけないと。
「魔女さん。ありがとうございました。それでは、行ってきます」
「気をつけてな」
魔女が手を振ると、シンデレラは「ぬんっ!」と気合を入れて手綱を引っ張りました。そして猛スピードでお城へと向かっていきます。間違いなく、一馬力以上は出ていることでしょう。
シンデレラの背中を見送った魔女は、彼女の力強さに感動して震えました。
そして同時に疑問にも思います。
果たして、シンデレラが馬車を引いていく意味はあったのだろうか、と。
颯爽とお城の中へ飛び込んでいったシンデレラは、その眩しさに眼がくらみました。
天井を見上げてしまうほどの広い空間。おいしそうな料理。生き生きとしている来賓たち。栄養豊富な食べ物。高そうな調度品。そして動物丸々一頭あるくらいに大きな……肉!!
自然と口の中に唾液が溜まってしまいました。
ただシンデレラは、このようなパーティーに来たことがありません。勝手がわからず、キョロキョロと周囲を窺いながらホール内を徘徊します。
途中、何人かが自分を見ていることに気づきます。
お上りさんみたいだったかなと、シンデレラは自らの行動を恥じました。実際には、彼女の美しさに皆が皆、見惚れていたのですが。
と、偶然にも二人の姉を発見しました。
いたずら心が芽生えたシンデレラは、正体がバレるかどうか試してみたくなり、姉の方へと寄って行って声を掛けました。
「こんばんわ」
「まぁ、素敵な女性」
二人の姉は、なぜだか頬を赤らめて、落ち着きがなく視線を泳がせました。
自分の姉たちにそっちの気があることを知ったシンデレラは、素直にドン引きでした。
それから三人は、他愛のない雑談に興じます。
「うちにはシンデレラという末っ子がいるんですが、家事がまったくできないんですよ」
「洗い物をすれば、皿を割る。掃除をすれば、家具を壊す。洗濯をすれば、衣服を引きちぎる。もう、本当に呆れてしまいますわ」
会話の半分くらいは、シンデレラに関する内容でした。
普段から、姉たちがどんなことを思っているのかを知り、シンデレラは少しだけ悲しい気分になりました。
と、遠くの方でとても背の高い女性を発見しました。
身長はシンデレラと同じくらいでしょうか。体格も引け劣りません。
そんな恵まれた体の女性が、煌びやかなドレスを着てパーティに参加しています。
二人の姉は、その女性をきつい目つきで睨みました。
そして口をそろえて言います。
「ふん。うちのシンデレラの方が、何倍も強そうだわ」
その一言で悲しい気分はすっかり晴れ、シンデレラは満足しました。
しかしそうまで言われてしまっては、いてもたってもいられません。本能がうずいたシンデレラは、姉たちに別れを告げて、長身の女性の元へと歩み寄りました。
「こんばんわ」
シンデレラが握手を求めました。
相手の女性も、最初は笑顔を見せながらそれに応じます。
しかし手が触れた瞬間、相手は悟りました。本気を出さねばやられる、と。
勝負は一瞬でした。
「ぐわっ……」
うめき声を上げた女性が、足元から崩れ落ちました。
対するシンデレラは、余裕の表情です。勝敗は目にも明らかでした。
しかしこの女性だからこそ、膝から力が抜けただけで済んだのでしょう。もし一般人がシンデレラの相手をすれば……手首から先が無くなってしまってもおかしくはありませんでした。
「ブラボー。あなたはなんて素晴らしい握力の持ち主だ!」
そんな奇声を上げて拍手をしながら、一人の男性がシンデレラへと近づいてきました。
王子さまでした。
「よろしければ今夜のダンス、お相手願えませんか?」
一礼する王子さまに対して、シンデレラは赤面して答えました。
「はい、のぞむところです」
王子さまにエスコートされ、シンデレラはダンスホールへと歩いて行きます。
そこで二人は一緒に踊りました。
ずっと踊っていました。
息はぴったりと合っていました。
王子さまは思います。この女性ならば、自分を満足させてくれるのではないか、と。
シンデレラも思います。この方なら、自分のすべてを受け止めてくれるのではないか、と。
しかし夢のような時間は永遠ではありませんでした。
午前零時を知らせる鐘の音が、シンデレラの耳に届きます。
夢から覚めたシンデレラは、王子さまを突き飛ばして走り出しました。
「おぉ、どこへ行こうというのかね。マイハニー!」
王子さまの制止に後ろ髪を引かれながらも、シンデレラはホールを駆け抜け、外へと飛び出しました。
しかし階段を下っているそのときです。
不運にも、片方のガラスの靴が脱げてしまいました。
「あっ――」
取りに戻ることはできませんでした。
なぜなら、王子さまはすでに扉のとこまでやって来ており、なおかつシンデレラの身体が、徐々に元の大きさへと戻り始めていたからです。
「マイハニーーーーー!!」
必死に叫び呼び止める王子さまを振り切り、シンデレラは時速40キロの猛ダッシュで帰っていきました。
数日後、王子さまが家来を連れてシンデレラの家にやってきました。
どうやら、舞踏会の夜にガラスの靴を忘れて行った女性を捜しているとのことです。
ガラスの靴を手にした王子さまは、まずは長女に差し出します。
足が大きすぎて入りませんでした。
続いて次女にガラスの靴を差し出します。
やっぱり大きすぎて入りませんでした。
「この家も違いましたか」
と呟いた王子さまは、壁に掛けてある家族の肖像画をふと見上げます。
そして言いました。
「この家には、もう一人姉妹がいるのですね?」
少なからず困惑した二人は、黙ってうなずきました。
しかしそのガラスの靴がシンデレラの物ではないことは、確定的に明らかです。どう見ても彼女の足は大きすぎますし、なによりシンデレラは舞踏会には行っていないのです。
ただ王子さまのお願いを無碍に断る事もできず、次女がシンデレラを呼びに行きました。
シンデレラは部屋で筋トレをしていました。
「シンデレラ、ちょっといいかしら?」
「どうかしましたか? お姉さま」
次女は王子さまが訪れた経緯を説明します。
シンデレラは王子さまに会うか悩みました。筋トレの最中だったので汗だくですし、全身がパンプアップしています。こんな姿で王子さまの前に出てもいいのやら。
しかし待たせるのも悪いので、結局シンデレラはそのまま行くことにしました。
シンデレラを一目見た王子さまは、「おぉ……」と感嘆の声を上げました。
「では、こちらを」
王子さまがシンデレラにガラスの靴を渡します。
シンデレラはそれを受け取りました。
そして――。
なんとシンデレラは、ガラスの靴を片手で砕いてしまったのです。
粉々になったガラス片が、床へ落ちました。
「な、なにをしているんですか! シンデレラ!」
姉たちが叫びます。
しかし王子さまは驚くよりも……笑っていました。
「やはりあなたでしたか。一目見た瞬間にわかりましたよ」
不敵な笑みを見せる王子さまに対し、シンデレラは恥ずかしそうに顔を背けました。
「そのガラスの靴は、なにをしても壊れませんでした。階段から落としても、ハンマーで叩いても。しかし私は、そのガラスの靴の持ち主の握力ならば、砕けるのではないかと確信していました」
突然、王子さまが全身に力を込めました。
すると王子さまの身体が膨張しました。筋肉が膨れ上がったのです。衣服という枷はその役割を果たせず、びりびりに破かれてしまいます。
ムキムキになった王子さまが、臨戦態勢に入りました。
「来い、シンデレラ。私はあなたのような強い女性を待っていた!」
愛の言葉を受け取ったシンデレラは、真正面から王子さまを見据えます。
そして彼女もまた、戦いに臨めるよう、腰を落としました。
「のぞむところです」
最強と最強がぶつかり合います。
戦いの火蓋が今、切って落とされた――!!!
《絶対に続かない》