早く速く
「すいません、遅刻しました」
その日も遅刻をした田中助手が、慌ただしく研究室のドアを開けて入ってきた。そんな田中助手を、自分の席から半ば呆れ気味で見ていた鈴木博士が呼んだ。
「おはよう田中君、ちょっと来なさい」
「あ、博士おはようございます。何でしょう?」
自身の遅刻癖について一言言われるのだろうと気づいていた田中助手が、白々しく「何でしょう?」と聞いたのは、遅刻常習の意識は自分にはないという自己保身の表れである。
机の前に立った田中助手に、鈴木博士は切り出した。
「今日も相変わらずの遅刻だね。もう何日間続いているかな…」
「ええと、確か二十一日間連続だったと思います」
田中助手は面目ない様子で頭を掻いた。
「そうだ、君は二十一日間続けて遅刻をしている。だが、このままでは私も君も大変困る…」
「…はい、その通りです」
「そこで、君の為にこのような物を作った」
鈴木博士は机の引き出しから、何やら錠剤の入った小瓶を取り出すと、田中助手に見せて説明した。
「これは運動速度を高める薬…、まあ簡単に言えば速くなる薬だ。この薬を一錠飲めば倍の速さに、さらに一錠飲めばその倍の速さになる。田中君、君はこれを飲んで通勤時間を短縮させなさい」
「そんな素晴らしい薬をわざわざ僕の為に!? ありがとうございます!! 早く飲ませてください!!」
急かす田中助手に小瓶を渡した鈴木博士は、
「いいかい? 田中君、これだけは守ってくれ。決して薬を飲み過ぎないよう気をつけるんだ。一度の服用で三錠まで。それ以上は絶体に飲んではいけない。それを破ると…」
と、使用上の注意を話すが時すでに遅し、田中助手は手のひらに山のように出した錠剤を口に含むと、それを一遍に飲み込んだ。次の瞬間、田中助手の姿が消え、「パン!!」と乾いた音と共に、辺りには田中助手の肉片とおびただしい量の鮮血が飛び散った。
凄惨な現場を目の当たりにした鈴木博士は、静かに呟く。
「仕方のない奴だ、人の話を最後まで聞かないから…。大体、光速に近い速さに、生身の人間の身体が耐えられるわけがないのだ」