8.
マイアはカードをしようと言い出した。
セヴランが黙ってテーブルを準備した。クロエはピアノの前でいまにも泣き出しそうな表情をしていた。エドゥアールがいればあまい言葉のひとつでもかけただろうが、あいにくとこの部屋にはわたしたち4人しかいない。セヴランも男ではあるが彼はわたしの忠実な従者である以前にクロエみたいなタイプの女の子が大嫌いだった。
「どうするの、クロエ。あなたも入らない?」
マイアの言葉に、クロエはようやく顔を上げてこっちにやってきた。うつむきがちな顔は泣くのをこらえてゆがんでいてもなお愛くるしく、典型的なまもってあげたい女の子のものだった。
3人がテーブルに付いた。セヴランはわたしの後ろに無言で控えていた。マイアの仕切りでゲームがはじまった。
緊張がほぐれていくらか会話がはずみだしてきたところで、クロエがぽつりとつぶやいた。
「わたしの母はお父さまの愛人だったの」
驚かなかった。先程のやりとりをみればそれ以外の解釈はないだろう。
マイアは肩をすくめ、カードを切った。多少距離があるせいか、フランソワーズほどの確執はないらしい。年頃の少女だが、愛人というひびきに嫌悪感を感じるわけでもなく、むしろ興味津々といった様子で続きをうながした。どうやらあまり突っこんだ事情は知らされていないらしかった。夫人が許さないのだろう。
「母は楡屋敷で女中をしていたけれど、わたしを身籠ってやめてしまったわ。いまは旅籠に嫁いで女将をしているの。わたしも母の仕事を手伝っていたけれど、先月お父さまがこちらへ呼んでくださったの」
「ピアノ、それからはじめたの? わたしよりずっとうまいわ」
「ありがとう」
クロエは弱々しくほほえんだ。反応してほしいのはそこではなかったらしい。まあ、そうだろうなとわたしは嘆息した。
「苦労なさったのね」
クロエの目に涙がにじんだ。
「いいえ、いいえ。わたし、お父さまに会えただけでうれしいの。一生会えることなんてないと思ってたんだもの。それなのにこんな大きなお屋敷に住まわせてもらって、こんなきれいなドレスを着せてもらって、どれだけ感謝しても足りないくらいよ」
クロエはピアノを弾いていた手をひろげてみせた。あかぎれだらけだったが新しい傷はなく、じきに真っ白になるだろうと思われた。マイアはクロエがなにをみてほしいのかわからないらしく、きょとんとしていた。背中でセヴランがうんざりしているのがみえるようだった。
「お父さまはわたしを引き取って先生をつけてくださったの。ピアノも自由に弾かせてもらえて夢みたいだわ。わたし、小さいころから音楽が好きだったから。ずっと歌ってたのよ。旅籠の1階は料理屋になっていて、わたしは看板娘だったの。わたしがお店に出るとみんながお金を投げてくれたんだから」
マイアはさっぱりわかっていないようだったが、わたしはよくわかった。少女小説ではお約束の展開だから。
「いまでもたまにお店に戻りたくなるときがあるわ。でも、お父さまがわたしにここで暮らしてほしいっておっしゃって」
「ご病気ですものね。気弱になられるお気持ちはよくわかりますわ」
「そうなの。わたしも少しでもお父さまの近くにいて差し上げたい。でも、お姉さまはわたしがここにいるのが気にいらないんだわ」
気にいるわけがないだろう。フランソワーズはクロエ以上に父親の病状を心配しているはずだが、そこには頭がまわらないらしい。
まとめると、ペロー卿が女中に手を付けて生ませた娘がクロエで、病気で気弱になった卿が楡屋敷に呼びよせたということらしかった。夫人とフランソワーズがなんと言ったのか知らないが、病に臥せっている人間の意思ということもあり、強くは言えなかったのだろう。