6.
晩餐はまずまずたのしかった。
ペロー夫人は最初の印象通りに気の良い人だった。スープが冷めていないか、モーリスの分量が足りているか、つねに気を配っていた。マイアはエドゥアールと話したそうにちらちらみていたが、夫人が目を配っているので結局はつまらなさそうに皿をつつくのに終始した。
夫人とのんびりワインの話をしていたベルナー氏にアルフォンスが訊ねた。
「ベルナー氏はお仕事はなにをされているんですか」
「わたしは兄たちといっしょに父の事業を手伝っているんです。おもに鉄道を任されているんですがね」
「鉄道というと、最近、テティエール炭鉱とピネー湾を結ぶ路線が開通しましたね」
「ええ。あれもうちの仕事なんですよ。あれで随分と軌道に乗りました」
ベルナー氏は誇らしげに胸を張った。フランソワーズがうっすらと笑みを浮かべる。ベルナー氏はますます誇らしげな表情でフランソワーズをみつめた。ひかえめだがしあわせそうな関係は一目瞭然だった。
「ピネー湾は海運の要所ですからね」
「あそこは重要ですよ」
海軍将校志望のモーリスも同調する。
「ねっ。お父さまもいま、ピネーにいらっしゃるの」
かまってほしいマイアが口をはさみ、夫人にたしなめられた。
男性陣は鉄道と海運の話題でひとしきり盛り上がった。たいていはアルフォンスが水を向けてベルナー氏が答え、それにモーリスが口をはさむといった様相だった。話が専門になってくるとモーリスは非常に雄弁だった。独壇場と言ってよかった。
エドゥアールは適当にあいづちを打っていたがほとんど蚊帳の外だった。あれで一応王子としての教育は受けているはずだが、その成果を披露することはめったにない。
海運の話がひと段落したところで、話題は自然とペロー子爵のことになった。
「ぼくは卿に歴史とチェスを教わったんです。歴史、とくに古代史の知識に関しては卿の右に出る者はいないと評判だったんですよ。古代帝国崩壊の戦い……えーっと、なんだっけアルフォンス」
「ロアンヌの戦いですね」
有能な秘書が即答した。
「そう、それ。ロアンヌの戦いの逸話はね、よく覚えていますよ」
絶対に覚えてないだろう。わたしはひとりごちた。
エドゥアールは子爵との思い出を語り、夫人をいたく感激させた。何人もいたはずの第2王子の家庭教師のなかで、これだけちゃんと覚えてもらえているというのはかなり名誉なことだ。こうやって人の心をつかむのはエドゥアールが得意とするところである。
クロエとの会話から彼女が子爵の身内であることはまちがいなさそうだったが、だれもクロエの名前を出さなかった。ペロー夫妻の娘はフランソワーズひとりらしい。親類の令嬢も屋敷に滞在しているのはマイアだけだという。訊ねてみようかと思わないでもなかったが、やめておいた。エドゥアールも一切におわせなかった。
けれどわたしは気がついた。
先程2階の廊下からクロエをみつめていたのは、ベルナー氏だった。