33.
明け方、ペロー子爵は眠るように息を引き取った。
夫人は憔悴しきって寝込んでしまった。
警察がやってきて事情聴取が行われた。
前日以上に長い一日となった。
ユボー先生の部屋からベルナー氏のカフスボタンがみつかった。それはフランソワーズが殺害された日に彼が身につけていたものだった。少なくとも、ユボー先生が亡くなった夜明け前に付けていたものではない。あのとき、彼は寝間着姿だったから。けれどベルナー氏はユボー先生の部屋訪ねたのは先生が亡くなったときがはじめてだと証言した。
フランソワーズが亡くなったときも、アリバイがないのはベルナー氏ただひとりだった。もはや逃げ道はない。警察はパトリック・ベルナーを一連の事件の犯人として令状を取る予定といううわさだった。
部屋で質素な夕食を摂った後、わたしはセヴランを連れてエドゥアールの部屋を訪ねた。わたしの表情をみたエドゥアールは、ドアをぴったりと閉めた。勧められたソファに浅く腰掛け、深呼吸してから切り出した。
「自首してください」
向かい側に座ったエドゥアールが、怪訝な表情で首を傾げた。
「どうしたの、ヴィクトワール。話がみえないんだけど」
「自首すればすべての罪が軽くなるとは思いませんが……それでも、しないのとはやはりなにかがちがうと思うのです」
「なんのこと?」
「ユボー先生の部屋に落ちていたカフスボタン。あれは殿下が置かれたものです」
エドゥアールが目を細めた。長い脚を優雅に組み、正面からまっすぐにわたしをみつめる。寒気がするくらい剣呑な瞳で。蝋燭の明かりに照らされて、淡い金髪がゆらゆらゆらぐ。
「どうしてそう思うの?」
「一昨日、わたしは馬車のなかで殿下がベルナーさまのカフスボタンを拾うところをみました」
「あれは彼のものだったのか。そういえば、よく似たものを付けていたね。気づかずに捨ててしまった」
「嘘です」
震えそうになる膝にてのひらをついて、背筋をまっすぐに伸ばす。だいじょうぶ。わたしはまだ戦える。
「警察の方がお話しされているのを聞きました。壁から出た銃弾も、鍵穴と閂からみつかった銃弾も、まったくおなじものだった、と。アルフォンスさまが使っていらっしゃる短銃は軍から支給されているいちばん一般的な型のものだとうかがっておりますが、ベルナーさまは軍人ではありません」
「ベルナー商会なら入手経路はいくらでもあるだろう。それこそ、よくある型だからね。警察もアルフォンスがおなじものを持っていることくらい知っている。モーリスも持っているかもしれない」
「部屋に最初に入られたのは殿下とアルフォンスさまです。ベルナーさまはいっしょではありませんでした。ベルナーさまが戻ってこられたときにはユボー先生はすでに亡くなっていました。ベルナーさまには殺せないんです。ユボー先生は側頭部に銃口を押し当てた状態で射殺されていました。どんなトリックでも不可能です。実際に、だれかが銃口を押し当てていたのでなければ」
「ベルナーがやったのかもしれない」
「無理です。最初の銃声の後、ベルナーさまは部屋の外で殿下とアルフォンスさまにお話しされています。ユボー先生の部屋から銃声が聞こえた。心配になって開けようとしたがドアは施錠されていた、と。アルフォンスさまは確かめられました。部屋が確かに施錠されていることを」
「合鍵を持っていれば簡単だ。ベルナー商会にはああいうものを扱う人間もいる」
「警察の方々がずっと探していらっしゃいますがみつかっていません」
「そんな大きなものでもないんだ。処分するのは容易だよ」
「もっと容易な方法があります」
喉がからからに乾いていた。舌先でくちびるを湿らせ、言葉を紡いだ。
「今夜、わたしたちは2階の部屋を端から端まで捜索しました。先生の部屋に入りこんで隠れておくのは容易だったんです。捜索の後、なしくずしに部屋に戻ることになってしまったから、最後に全員いるか確かめた人はだれもいなかった。殿下とアルフォンスさまはいらっしゃいました。おふたりは印象に残るから全員が憶えています。でも……ユーグとニコラを確かめた人は、いないはずです」