31.
夜明け前、1発の銃声によってわたしたちは目を覚ました。
飛び起きたわたしはセヴランが止めるのも聞かず駆け出した。銃声は西から聞こえた。3階の西の端まで走って、泣きながら部屋を出てきたマイアとそれを必死でなだめようとするモーリスの姿をみつけた。2発目、3発目の銃声が階下から聞こえた。空振りを悟った。後を追ってきたセヴランとふたりで中央まで取って返し階段を駆け下りた。
遅かった。
2階の西の端、ユボー先生の部屋の前に着いたのは、すでにエドゥアールとアルフォンスが到着した後だった。部屋の前に立っていたエドゥアールは、わたしの姿をみるなりドアを閉めようとした。
「開けてください」
「みちゃダメだ。女の子がみるようなものじゃない」
もっともな意見だ。フランソワーズが殺されたときマイアを部屋に入れてしまったことを、あの場にいたみんなが後悔していた。けれどわたしたちがみなければ、現場を確認するのはアルフォンスひとりだけになってしまう。警察が到着する前にアルフォンスがなにをしたってわからない。到底容認できなかった。
ドアの隙間を強引にすり抜け、わたしとセヴランは部屋に入った。
夏だというのに、暖炉の火が明々と燃えていた。
ユボー先生はその前に倒れていた。
側にアルフォンスが屈みこんでユーグとなにか話している。
……銃弾が脳を貫通している……瞳孔が散大して呼吸も心拍もない……これはもう……。
漏れ聞こえてくる単語から、手遅れなのは明白だった。
「……っ」
なにか硬いものを踏んづけた。屈みこんで拾い上げると、それはカフスボタンだった。パトリックの瞳とおなじ色をしている。石のはめこまれた上品なデザインのそれに、わたしは見憶えがあった。フランソワーズから婚約者への贈り物だ。
ニコラは暖炉の中身を救出しようと躍起になっていた。炎が書類の束を舐め、いまにも呑みこもうとしている。どうにか無事だった一部をセヴランが拾い上げる。わたしはそれを呆然とながめた。なにが書いてあったのかはほとんどわからない。ただ、散見される法律用語からそれがなにだったのか推測することはできた。
それは、ペロー子爵の遺言状だった。