25.
それからまもなくエドゥアールが戻ってきた。
窓辺から楡の木立をみていたわたしをみつけて、廊下に人がいないことを確認して、エドゥアールはドアをぴたりと閉めた。未婚の男女が密室でふたりきりというのはほめられた行いではないのだが、わたしは抗議しなかった。
エドゥアールはソファに腰を下ろしてわたしにもとなりをすすめた。わたしは彼の斜向かいに座った。彼はくちびるの端をわずかにゆがめた。
「昨日の夜、どうしてきみはフランソワーズ嬢の部屋に行こうだなんて思ったんだ」
「物音が聞こえたんです」
エドゥアールは足を組みほおづえをついて視線だけで先をうながした。
「娯楽室はフランソワーズさまの部屋の真下ですから。なにかあったのかと思って部屋に向かいました。扉からフランソワーズさまの声が聞こえました。助けて、と。それでどうにかしてなかに入ろうとしたんです」
「聞こえたのはフランソワーズ嬢の声だけだった?」
「いえ、物が落ちる音も聞こえましたが」
「つまり、相手の男の声は聞こえなかったんだね」
「……なぜ男だとわかるのです」
「壁に手形があっただろう」
カマをかけられないかという企みはあっさり玉砕した。そういえばそういう設定だった。
「殿下はだれか心当たりがおありなのですか」
「心当たりもなにも、あの時間ひとりでいたのはパトリック・ベルナー1人だけだ」
「共犯という可能性は」
「子爵と医者、夫人とモーリスと弁護士。どちらも組む理由がない。きみだってマイアと組むメリットはないだろう」
「……フランソワーズが実は子爵の子ではなくて、カミュ先生が真相に気づいてしまった、とか」
「財産を相続させたくないのならユボーに命じれば済む話だ。殺す必要がない」
「……ユボー先生が実は夫人の愛人だったりとか」
顧問弁護士は30代くらいでなかなかの二枚目だ。子爵夫妻の現在の関係は良好そうにみえたが、クロエという黒い過去もある。
「ユボーは妻帯者だよ。きみとおない年の娘がいる。というか、その場合モーリスはどうなるんだ」
「じゃあ、殿下がアルフォンスと組んでたりとか」
言ってから気がついた。アルフォンスと組むもなにも、アルフォンスはもとよりエドゥアールの秘書である。よく言うではないか。わたしは知らない、秘書がかってにやった、と。クロエはエドゥアールの言うことなら従うだろう。証言の意味がない。
エドゥアールがわたしをみた。ソファから立ち上がり、ゆっくりこちらへと歩いてくる。
「それはつまり、ぼくがフランソワーズ嬢を手にかけたと言いたいのかな」
「あ、あくまでも可能性の話です」
「動機は? 人を殺すには理由が必要だ。どうしてぼくが彼女を手にかけたんだと思う?」
わたしが座っていたソファの肘置きに腰を下ろし、あごを指で捕らえて無理矢理自分のほうを向かせながらエドゥアールがたたみかける。薬指で頸動脈の拍動をみつけてそっとなぞる。吸いこまれそうなくらいに透き通った灰紫色の瞳がわたしをみつめている。
「……クロエのため、に?」
言いながら同時に否定する。殿下なら財産も爵位もフランソワーズから奪う必要がない。クロエのことが気に入ったと一言もらせばどこかの貴族がクロエを養女にして後見人となるだろう。
灰紫色の瞳が冷たく嗤った。