24.
翌朝、警察が捜査を開始した。
わたしも事情聴取を受けた。楡屋敷に到着したときから昨夜までの行動を説明し、簡単な質問にいくつか答えただけであっさりと解放された。公爵令嬢という身分と14歳という年齢が大いに加味されたらしかった。もっとも、幽霊のようになってしまったマイアを考慮すればおとなたちが気を遣うのも必至といえた。
そのまま部屋に戻るつもりだったが、セヴランは自分が戻るまでエドゥアールから離れるなと主張してゆずらなかった。使用人だからか第一発見者だからかはわからないが、セヴランの順番は最後だった。
エドゥアールの順番はわたしの次で、これまた王子という身分が大いに加味されていた。エドゥアールがわたしが彼の婚約者であることを強調しなければ、まちがいなく彼が優先順位第一位だっただろう。
しかたなく、わたしはエドゥアールの部屋の鍵を渡されそこで待つことになった。
エドゥアールのデスクには大量の書類が積み上げられていた。
物がたくさんあっても片付いてみえるのはアルフォンスのおかげだろう。ちゃんと内容ごとに山が分けてある。手持ち無沙汰に昨日アルフォンスが聞き取っていた内容を探して、わたしは適当に書類をあさった。革表紙の日記帳が出てきた。女物だった。ぱらぱらとめくってみる。
『今日はお母さまと教会を訪問した。中庭で白薔薇が咲いていた』
フランソワーズの日記帳だった。
『あの方がお父さまを訪ねていらした。少しだけだったけれど、図書室でお話しすることができた。たった三言だけの会話をずっとくりかえしている。どうしてこんなにもしあわせな気持ちになれるのだろう』
『香水と詩集をいただいた。王都のお土産だという。薔薇はわたくしの趣味ではないのに。想うほどに苦しくなる。もう記憶から消してしまいたい』
『この想いは絶対に許されない。消してしまわなければならない。あの方にもらった詩集を開くたび、苦しさはましていく。まるでわたくしの心をそのままなぞっているようで』
『あの方がしあわせでありますように。教会を訪問するたび祈っている。祈りつづけている。ずっと。あの方のしあわせに寄り添うのが、わたくしではないとわかっていても』
読み進めるほどに雲行きが怪しくなる。背筋が寒くなってきた。
『お父さまが倒れた。これ以上心配はかけられない。結婚しようと思うのですとお話ししたら、あの方は反対された。わたくしを惜しんでくださった。その気持ちだけで十分。例え、これからどんな方と結婚するとしても』
『来月、お父さまのお友達がベルナー卿のご子息を紹介してくださることになった。あの方に手紙を書いた。おたがいに忘れましょう、と。わたくしはこの手紙を出せるのだろうか』
『薔薇をみるたびに思い出す。あの方がわたくしを白薔薇の君と呼んだこと。図書室でいっしょに詩集を読んだこと。どこにいても、なにをしていても、あの方を想っている。もうだれかに打ち明けてしまいたい。そんな自分が怖くなって、いっそなにもしゃべれない人魚になってしまえばいいのにと思う。締めつけられる痛みを、苦しみを、どうすれば忘れられるだろう。なかったことにできるだろう。もしも過去を変えられるとしたらわたくしは、』
読んでいられなくなってわたしは日記帳を閉じた。
元通りの場所に戻し、ソファにうずくまって目を閉じた。痛かった。苦しかった。
わたしが殿下と結婚することになったらセヴランはわたしを惜しんでくれるだろうか。きっと見当違いの祝辞をよこすにちがいない。
ちがう。そうじゃない。
いまここで問題なのは、これが殺されたフランソワーズの日記帳だということだった。