23.
わたしは今夜楡屋敷にいた人間をもう一度思い返した。アルフォンスによる質疑応答を頼りに晩餐の後の行動を書き起こしてみる。
まず、ペロー子爵。ベッドから起き上がれない。論外だ。
次にペロー夫人、モーリス、ユボー先生。3人は書斎で話し合いをしていた。具体的な内容についてはアルフォンスも言及しなかったが、おそらくは相続問題だろう。ペロー子爵の書斎はとくに防音に配慮した作りになっていて、ニコラが呼びに行くまで3人とも異変に気づかなかったという。
エドゥアールとクロエは薔薇園を散策した後、部屋に戻っていた。アルフォンスとふたりの従者たちがいっしょだった。アルフォンスが、2階でなにか物音が聞こえる、と言ったためみんなで下りてきた。エドゥアールの部屋はフランソワーズの部屋の真上なのだ。途中で不審な人物はみかけなかった。アルフォンスによると、2階の物音ははっきり聞こえたわけではなく、なんの音だったかまではわからないとのこと。嫌な予感がして来てみたら的中してしまったらしい。
パトリック・ベルナーは部屋でひとり仕事をしていた。ベルナー氏の部屋は2階にある。フランソワーズの応接間から廊下をはさんで西側、つまりコの字を倒した形の左短辺で、ユボー先生の部屋の北側だ。フランソワーズの部屋周辺が騒々しくなってきたところで、異変に気づいてやってきた。
カミュ先生は子爵の部屋でずっと付き添っていた。ニコラが呼びに来るまで異変に気づかなかった。
晩餐の後事件が起こるまでの間、アリバイを証言できる人間がいないのは1人だけだった。
「使用人のだれか……まで考えはじめるとキリがないから、ひとまず置いておくことにして」
パトリック・ベルナー。
壁に残されていた手形は成人男性の大きさだった。
でも、ベルナー氏はフランソワーズの婚約者だ。ふたりは控えめだが仲睦まじい恋人同士にみえた。それに平民出身のベルナー氏はフランソワーズと結婚することで爵位が手に入る。彼はペロー夫妻の次くらいにフランソワーズが死んで困る人物のはずだ。犯人とは考えにくかった。
やはりヴィクトワール・ド・ドルーが犯人なのか。わたしは自分のてのひらをみつめた。当然のことながら、どうみても成人男性の大きさではない。ゲームのなかでヴィクトワールは黒魔術師であるセヴランに命令して物理法則を無視した戦略を行使したりもしていた。しかし、わたしはこの世界に生まれてからというものセヴランが魔術を使っているところをみたことがない。彼が黒魔術師だということすら忘れていた。というか、知らなかった。この世界が『薔薇の埋葬』の世界だと気づいていなかったのだから当然か。
「セヴラン、あんた魔術を使えたりする?」
「……お嬢さま。現実逃避したくなる心中は痛いほどお察しいたしますが、早くお休みになってください」
冷たい視線に怯んだ。無理だ。わたしにセヴランは使いこなせそうもない。
なにがなんでも犯人を捕まえなければならない。わたしたちがもう少し早く鍵を開けていればフランソワーズは死なずに済んだかもしれない。わたしがこの世界に存在しなければフランソワーズは死なずに済んだかもしれない。わたしには彼女の死に関して責任があった。
暗澹とした気持ちで、わたしはベッドに潜りこみ浅くて短い眠りについた。