22.
「犯人が部屋を出た後でフランソワーズが自分で鍵をかけたっていうのはどう?」
「なんのためにですか」
「犯人から身を守るためっていうのが定石よね。もしくはなんらかの理由で犯人をかばっているか」
「ガラスの花瓶は部屋の中央、フランソワーズさまが倒れていた場所のすぐ近くに転がっていました。傷の深さからみても絨毯に染みこんでいた大量の血液からみても、あの状態で歩き回れば跡が残っていていいはずです」
「うーん……」
それにしても、どうしてあんなにガラスばかり散らばっていたんだろう。犯人がフランソワーズに向かってものを投げたにしても、フランソワーズが犯人に向かってものを投げたにしても、シャンデリアに向かって飛んでいくことはなさそうなものだが。まるでわざとガラス製品ばかりを選んで壊したかのような。
はじめから犯人は室内に存在しなかったという線はどうだろう。つまり、フランソワーズの自作自演や、犯人がトラップを仕掛けて部屋を出た後で戻ってきたフランソワーズが自分で内側から施錠したというパターンだ。ガラスを利用したトラップというのは悪くないアイデアかも。問題はどう利用したのかさっぱり見当がつかない点だ。
「自分で自分の首を絞めることができるでしょうか。もしくは、トラップで指の痕が残るように首を絞めることができるものでしょうか」
「そうよね。ロープとかじゃなくて指の痕だったものね」
自分でやろうとしても、あまりにも苦しすぎて指の痕が残る前に手を離してしまうか、失神してしまうだろう。そこまで器用なトラップが用意できるとも思えないし、用意できたところでそれははたして実用的なのだろうか。
ここまでくると、やっぱり犯人が鍵のかかった部屋からどうにかして出て行った方法を考えたほうがいいような気がしてきた。
「隠し通路とか、そういうのってあると思う?」
「貴族の御屋敷ですからあってもおかしくはありませんね。どうやってみつけたのかという疑問は残りますが」
「そうよね。そんな簡単にみつかったら、隠し通路の意味がないもの」
執事がないと言ったのだ。おまけにあのアルフォンスが部屋を検分してみつからなかったのである。
明日警察がやってきて部屋を調べなおせば、なにか手掛かりがみつかるかもしれない。気になるのは密室トリックよりもむしろ犯人がだれなのかだった。
ページの埋まった日記帳をめくり、わたしはため息を吐いた。
「フランソワーズが亡くなった場合、ペロー子爵の財産はだれのものになるのかしら」
「いくらかは夫人の手に渡るでしょうが、ほとんどは子爵の弟君ですね。モーリスさまのお父上です」
「つまり、いまこの屋敷にいる人間のなかで、フランソワーズが死んでいちばん得するのはモーリスなわけね」
「マイアさまという見方もできますが。ただ、子爵がクロエさまを正式に引き取るおつもりとなると、話は変わってきます」
「クロエのものになるわけね」
さすがに、ここまでくると温厚な夫人も納得できないだろう。わたしは深呼吸してセヴランに向き直った。
「フランソワーズがだれかの恨みを買うことって、あると思う?」
「だれの恨みも買わず生きていける方など、いらっしゃらないかと」
模範解答だった。




