21.
客室に戻ってきたはいいものの、とてもではないが寝付ける気がしなかった。
わたしにはフランソワーズの死に関して責任があった。わたしがもっと早く鍵を借りに走っていれば、彼女は助かったかもしれないのだから。犯人はわたしなのだろうか。わたしは死ぬのだろうか。考えれば考えるほど不安が雨雲のように胸を覆っていく。
わたしはジレ夫人からの課題である日記帳をひろげ、今夜のできごとを整理しはじめた。日記帳の使い方としておおいにまちがっている気もしたが、毎日なにか書いておかないと詩作の宿題をふやされてさらに面倒なことになるのだ。
「相続問題か、怨恨か。物盗りによる犯行という線はないでしょうね」
日記帳をのぞきこみ、セヴランがわたしの推理にけちをつけた。
「どうしてそう思うの」
部屋中の抽斗が引っ張り出されていた。ものが散乱していたし、運悪く遭遇した空き巣に手近にあった花瓶で刺されたというのはありだと思う。
「わざわざ堀を渡って侵入した空き巣が、ひっくりかえっていた宝石箱に手もつけず退却するとは思えません。それに、壁に残されていた手形。指紋が取れないかみてみましたが手袋をつけていたようです。それなりに仕立てのよいものかと」
「よくみてるのね」
「お嬢さまの目となり耳となることも、おれの仕事のひとつですから」
自前のが節穴ですからね。わたしは毒づいた。
犯人は金目のものではなくなにかもっと別のものを探していた。そしてフランソワーズを殺害しようとしてペーパーナイフで反撃され、負傷して壁に手をついてしまった。手で首を絞めた痕があったし、死因は打撲による腹腔内出血ということだから、凶器を持ちこんだりはしていないだろう。
「耳といっても、このお屋敷は防音がかなりしっかりしているようですから、あまりあてにならないかもしれませんが」
「フランソワーズもクロエもピアノを弾くんだもの。しかたないわ」
昨夜、娯楽室にいたわたしたちは真上から物が落ちる音を聞いた。マイアは「いま、なにかものが落ちなかった?」と訊ねた。部屋中にガラスが散乱していたにもかかわらずその程度の音しかしなかった。扉に耳を近づけてようやくフランソワーズの声が聞き取れたくらいだ。
「まとめると、犯人ははじめからフランソワーズを殺すつもりだったのね」
「そこまでは申し上げませんが」
「友好的に話し合っていたはずが、些細なきっかけから相手を逆上させてしまって、気がついたら花瓶をふりあげられていたことってよくあるものね」
どこぞの殿下のことである。セヴランは賢明にも口をつぐんだ。
いずれにしろ、犯人は通りすがりではなくフランソワーズとなんらかの関わりがある人間だ。屋敷の周囲は堀に囲まれている。簡単には出られない。まだ敷地内にいると考えたほうがいい。
簡単に出られないといえば、犯人がフランソワーズの部屋から出た方法もみつかっていないのだった。
「どうやって脱出したのかしら。ドアにも窓にもすべて内側から鍵がかかっていた。完全な密室だったのよ。部屋の鍵は三つだけ。フランソワーズと彼女の侍女がひとつずつ。それに執事が管理していたマスターキー。侍女と執事は肌身離さず持ち歩いていたって証言しているし、晩餐後のアリバイもちゃんとある。フランソワーズのは、確かフランソワーズの部屋のなかにあったのよね」
「はい。ベッドサイドのテーブルの上に置かれていました」
「あらかじめ複製を取っておくことはできたと思う?」
「不可能ではないでしょう。ただ、部屋には鍵をかけたうえでさらに内側からかんぬきがかけられていました」
そういえばそうだった。セヴランはほんとうによく覚えている。わたしは自分の記憶力が悲しくなってきた。




