2.
翌朝、サン=ソルランに到着した。
駅を出てから迎えの馬車に乗り、ペロー子爵の邸宅に到着するころには日はすっかり高くなっていた。緑豊かな森を背後にした邸宅は、周囲を堀に囲まれていた。3階建てで、北を上とすると、コの字を反時計周りに90度倒した形をしていた。コの字型の開いた部分が南向き、つまり東西方向に伸びる長辺の両端に南に向かって短辺が出ている形である。楡屋敷と呼ばれているらしい。
エドゥアールがやってきたと聞いて子爵夫人は大慌てで飛んできた。40代前半の小太りだが気の良さそうな女性だった。微妙に流行遅れだが上品なドレスを着ていた。
「まあ殿下、こんなところまでお運びいただいて恐縮ですわ」
感激のあまり卒倒するのではないかとわたしはひそかに心配した。心労のせいか夫人はかなり疲れているようにみえた。
「まさかうちに殿下をお迎えする日が来るなんて」
「子爵にはお世話になりましたからね。ああ、こちらは婚約者のヴィクトワール・ド・ドルーです。ヴィクトワール、こちらがペロー夫人だ。たしかお嬢さんがひとりいらっしゃいましたね。ヴィクトワールは箱入り娘で友達も少ないので、なかよくしていただけるとうれしいです」
夫人は弱々しくすらみえる微笑を浮かべた。心労の少なくとも6割以上は、エドゥアールのせいとみてまちがいなかった。
思いつきで周囲を巻きこむ第2王子に迷惑しているのは、どうやらわたしだけではなかったようだ。わたしは夫人に最大限の感謝と慰労をこめお辞儀した。冷ややかな表情で従兄兼婚約者を一瞥し、さっさと歩き出した。両手をいっぱいに開いてようやく抱えられる大きさの旅行鞄を持ち、セヴランも後に続いた。急な出立だったにもかかわらず、列車に乗る前、駅で公爵家の使用人から託されたのである。
一行は3階の客室に案内された。コの字型の縦棒のまんなかに階段があり、階段の左右に3部屋ずつ、コの字型の横棒に4部屋ずつ部屋が並んでいた。部屋は3つもしくは2つずつ組になっており、わたしとエドゥアール、それにエドゥアールの秘書アルフォンスが1組ずつ割り当てられて控え室をそれぞれの従者が使うことになる。荷物を解いて片付け、ひとまずは晩餐までおくつろぎくださいなという夫人の言葉にあまえることになった。
わたしの部屋は階段の西側だった。窓からは楡の木立がみえた。
「なるほど、楡屋敷なわけね。落葉樹があんなに並んでいたら、庭師はさぞ苦労するでしょうに」
「お嬢さま。それ、子爵の前では言わないでくださいね」
「わかってるわよ。あんた、わたしをなんだと思ってるの。エドゥアールじゃないんだから」
セヴランはため息を吐いた。わたしは空気の読めないどこぞの殿下とちがって優秀な御令嬢である。どこにも文句のつけようのない優秀な御令嬢のはずなのだが、彼にはいつもため息ばかり吐かれているような気がする。
「出かけてくるわ」
「はい?」
「夫人がおくつろぎくださいと言ってくださったんだもの。せっかくだからくつろぐことにするの」
宣言し、さっさと歩き出す。
「お待ちください。お嬢さま、いまパラソルを……」
頭に載せられたボンネットは黙って受け取った。でも、セヴランが納得する完璧な御令嬢をやるのは少々時間がかかりすぎる。無視してドアを開け、階段を1階まで降りて中庭に出た。