15.
その日の晩餐には10人が出席した。
前日の8人はエドゥアール、わたし、アルフォンス、ペロー夫人、フランソワーズ、ベルナー氏、モーリス、マイア。そこにペロー卿の主治医カミュ先生と顧問弁護士のユボー先生の2人が加わった。ユボー先生は明日の昼過ぎまで滞在する予定ということだった。
ユボー先生が呼ばれたのはやはり相続問題のためだったのだろう。だれもはっきりとは口にしなかったが、アルフォンスはさりげなく探りを入れていた。守秘義務に忠実な先生に警戒心を与えないよう、適当なところであっさり撤退し、友好的な関係を築きたいという姿勢を前面に押し出していく。彼はほんとうに有能な秘書である。エドゥアールでなく彼が王子をやるべきだとたまに思う。
フランソワーズは終始顔色がすぐれなかった。淑女らしく表情に出さない主義かと思っていたが、今朝のやりとりで張りつめていたなにかが切れてしまったのか。襟がぴったりと詰まった臙脂色のドレスは顔色をよくみせるどころか肌の青白さを際立たせている。ベルナー氏に向ける笑顔も弱々しいものだった。
「教会の中庭できみが気に入っていた白薔薇が花をつけはじめていたよ」
「……そう」
「明日いっしょにみに行かないか。なんなら株を分けてもらってここの薔薇園に植え替えても……」
「ごめんなさい。あまり気分が乗らないの」
「きみは疲れてるんだ。お父上が心配なのはわかるけど、たまには休むべきだ」
ベルナー氏は社交もそこそこにフランソワーズを気遣っていたが、フランソワーズは上の空の生返事だった。
モーリスもクロエとうまくいかなかったのか単純に場の空気に影響されたのかただただ無口だった。武骨な手付きで黙々と皿を片付けている。彼のスイッチを入れるような軍事だの政治だのの話題を出す人間はだれもいなかった。
ユボー先生はカミュ先生に法医学のニュースをふっていた。しかしカミュ先生も患者の状態がよろしくないせいか表情はさえなかった。
「最近出た論文で新しい死亡推定時刻の測定方法が報告されたとうかがっています。われわれとしても職業上たいへん興味をもっておりましてね」
「縁起でもないことを言わんでくれ。わしは自分の患者は意地でも全員目の前で看取ってやると決めとるんじゃ。推定方法なんぞ知ったことか」
「ごもっともです。いやいや。これは大変失礼いたしました」
ぎりぎりで地雷を回避したユボー先生は縁なし眼鏡をいじりながら黙りこんだすえ結局食事に集中することに決めたらしかった。
ペロー夫人はホストの務めとして明るい話題を提供しようと孤軍奮闘していた。その努力といったら涙ぐましくすらあった。夫人は慈善活動の話をはじめたのだが。
「それで、今回礼拝堂を新しくするのに……」
「礼拝堂といったらね。ねえ、伯母さま、わたしこの前、幽霊をみたのよ」
「まあ、マイアったら」
「ほんとうだってば。エマもイネスもみたんだから。午前零時、礼拝堂の聖母さまの後ろに……」
「零時ですって。マイア、あなたの学校の消灯時間が何時だったかおっしゃってごらんなさい」
「いいじゃないですか。ぼくも消灯破りの常習犯でしたがね。みたことあるんですよ、それが」
「殿下もですか!?」
「おやめなさいマイア。そんなことばかり言っていたら幽霊になってしまいますよ」
「マイア嬢のようにかわいらしい幽霊ならぜひ会ってみたいな」
「あら。殿下ったらお上手ですわね」
結局はマイアの寄宿学校でのドタバタ劇がエドゥアールに受け、アルフォンスがそつのないフォローをしたおかげで上辺だけはなごやかな雰囲気のまま晩餐は終了した。