14.
午後、わたしとエドゥアール、それにアルフォンスはベルナー氏の案内で教会を訪問した。
控えめに表現して散々だった。
馬車のなかで、ベルナー氏はサン=ソルランの街について説明してくれた。話術が売りなのはよくわかった。この地方に伝わる逸話のなかでも御令嬢が好みそうなものをいくつも披露してくれたし、風景のきれいな道を選んで遠まわりしてくれた。人間に恋い焦がれるあまり歌えなくなってしまった妖精の女王の歌だとか、領主の姫君に仕える騎士との悲恋の末に乙女が身を投げた湖だとか、クロエならよろこんでハンカチを絞っただろう。
エドゥアールはほとんど聞いていなかった。わたしは適当にあいづちを打ちながら、どうにかしてセヴランのいる御者台に逃亡する方法がないか考えていた。あるわけがなかった。
教会は一見の価値があった。
古くて美しい街のなかでも一際荘厳なこの建物を選ぶあたり、フランソワーズは目が高かった。礼拝堂を新しくするのに夫人がかなり寄付をしたらしく、わたしたち一行は歓待を受けた。
「子爵夫妻は信心深い人たちだからね。古代史は信仰の歴史でもあると教わった」
「ええ。フランソワーズも敬虔な信徒ですよ。いまどきめずらしいくらいです」
「すばらしい。ペロー子爵の御令嬢は完璧だと評判だったんだ。完璧すぎて釣り合う男がみつからないって、ね」
エドゥアールが毒を含ませた。フランソワーズを皮肉っているのか、ベルナー氏を皮肉っているのか、判断がつきかねた。ベルナー氏は彼の瞳とおなじ色のカフスボタンに視線を落とした。まなざしだけで、それが婚約者からの贈り物なのだと知れた。それから、あいまいに微笑んで「奇跡ですよ」とひとりごちた。
「彼女のように完璧な女性がわたしを選んでくれたことは、奇跡です」
礼拝堂のステンドグラスを見上げる。教会の奥にある小さな建物だった。もうじき、少し離れた場所に新しい建物の建設がはじまるという。古くて小さなこの建物はじきに忘れ去られてゆくのだろう。年月を経て色褪せたステンドグラスからおだやかな光が降りそそぐ。その光を浴びながら聖母像がわたしたちをじっと見下ろしている。迷える者たちを導くそのまなざしは、フランソワーズに、少し似ていた。
街にはベルナー商会の事務所があった。エドゥアールは鉄道事業への投資をちらつかせ、ベルナー氏にアルフォンスを案内するよう頼んだ。体良くベルナー氏を追い払い、お目付役のアルフォンスまで厄介払いした殿下は、遠ざかる事務所に中指を立てた。
「どこで覚えてくるんですか、そういうの」
「アルフォンスの目を盗んで階下をのぞくのさ。やつらのほうがよっぽどたのしく生きてるんじゃないかって思うときがあるよ。王子じゃなかったら殴ってた」
「十分たのしく生きていらっしゃるでしょうに」
わたしはぼやいた。ユーグとニコラが肩をすくめた。殿下の従者ふたりは、行きは馬で付いてきていたのだが、ベルナー氏とアルフォンスに譲った結果こちらに同乗することになったのである。アルフォンスも自分が殿下の側を離れる条件にふたりを張り付かせておくことを断固として譲歩しなかった。
「正直、意外でした」
「なにが」
「殿下がひとりの女性に執着されることなんてほとんどありませんでしたから」
エドゥアールは明らかにベルナー氏に怒っていた。来る者拒まず去る者追わずの殿下には滅多にないことだった。クロエがよほどお気に召したらしい。
「妬いてくれてるの?」
「まさか。第3者としての客観的な感想です」
座席に落ちていたカフスボタンを拾い上げ、灰紫色の瞳がかすかに笑った。寒気がするくらい剣呑な笑みだった。
「子爵はぼくの恩師だからね」
そういえばそうだった。エドゥアールは、クロエはともかくフランソワーズには恩師の令嬢としてらしくないほどの礼儀を尽くしていた。
「フランソワーズは完璧な女性だよ。彼女にはきみの女官になってほしいって思ってるんだ」
……そっちか。道理でわざわざこんな遠くまで連れてきたわけだ。クロエに同情しないでもなかったが、わたしはようやく納得した。