1.
本作品は某有名推理小説のパロディです。トリックのほとんどはその作品に由来します。参考文献は完結時に後書きに記載予定です。あらかじめご了承ください。
わたしには前世の記憶がある。
これは、前世でもやっぱり文学少女だったわたし、公爵令嬢ヴィクトワール・ド・ドルーが前世の記憶を生かして事件を推理する反則探偵物語である。
王宮の北、聖ジョゼフィーヌ大図書館のかたすみで、わたしは今日も本を読んでいた。
膝までとどく淡い金髪に灰紫色の瞳、ビスクドールのように端整でどこか作り物めいた容貌をしている。手足は細く、フリルとレースに埋もれた身体は14歳という年齢をかんがみても少々小柄にすぎた。両手にあまる大型の古書を広げ、一心不乱に読みつづけている。この世界の書物はなかなか興味深い。科学がほとんど存在しないのだ。
かたわらにはわたしよりも少しだけ年上の少年が控えていた。薄茶色の髪に薄青色の瞳というありふれた目立たない容姿だ。わたしが読んでいる古書とはちがい、装丁の比較的新しいものを読んでいる。セヴランは従者らしくすっかり背景に溶けこんでいた。
こつこつという足音が静寂を破る。
わたしそっくりの容貌をした青年が、薔薇を背負って登場した。7歳年上の従兄は人形作家が型紙を使いまわしたかのようにわたしとほとんどおなじ顔をしている。比喩ではなく、エドゥアールはほんとうに何本あるのか数えるのもうんざりするほど大量の薔薇を背負っていた。正確には後ろに控える従者たちが抱えていたわけだが。
「やあ、わがうるわしの婚約者殿」
セヴランが顔を上げ、声のしたほうをみた。むせかえるような薔薇の香りが鼻をつく。閲覧室にいた全員が騒々しい闖入者に迷惑そうな目を向けた。
「ひさしぶりだね。会えてうれしいよ」
「閲覧室では静かにしてください」
わたしは書物に目を落としたまま答えた。物語は佳境を迎えていた。
「あいかわらずつれないね。せっかくきみのためにめずらしい薔薇を取り寄せたのに」
「黙ってください」
「感動の再会に浸りたいところなんだけどあいにく時間があまりないんだ。ヴィクトワール、いまからぼくといっしょにサン=ソルランへ行ってくれないか。セヴラン、いそいで荷物をまとめてほしい。早くしないと列車が出てしまうから」
わたしはようやく顔を上げた。
わたしの婚約者は空気を読めない読まないことにかんしては他の追随を許さない。それでもその秘書や従者たちは比較的まともな人間である。おとなしく従っているということは、相応の事態なのだろう。
「用件を」
「恩師が病気らしくてね。先日手紙を受け取ったんだ。叔父上には話を通してあるよ」
「なぜわたくしが行かなくてはならないのですか」
「子爵は前々からぼくの結婚を案じていたからね。婚約者の顔をみせるのは最後の孝行というものだよ」
「恩師を殺すものではありません」
「失礼ですが、お嬢さま」
荷物をまとめおえたセヴランが口をはさむ。
わたしの手から古書を奪い取る少年の背後には、忍耐の限界を迎えつつある司書が世にも恐ろしい形相で立っていた。
「……閲覧室内ではお静かに願いますっ」
こうして図書館をたたき出されたわたしたち一行は、正午の鐘が鳴る前に列車に乗りこんだ。