第66話 ムカシムカシの物語
歩き続ける者達~不伝・怪力乱神御伽噺~
~ムカシムカシの物語~
皆、聞いてくれ。
俺は世界を壊したかった訳じゃない。
人間を憎んでいた訳でもない。
ただーーただ愛が欲しかっただけなんだ。
俺は愛したかったんだ。ただそれだけなんだ。
神を愛したかった。全知全能の神を愛していた。だから俺は神に仇なす者を、唾を吐く者を、悪事を企む者を片端から片端まで殺し続けてきた。
死んだ後でも同じ考えをおこさないよう、残酷に無慈悲に殺し続けてきた。
全ては俺が愛する神を守るためだった。
だが、神は俺を愛してくれなかった。
俺を追放し、二度と神の国に入らせてくれなかった。
そうか、だったら俺が愛する神を作れば良い。二度と俺を裏切らない神を、永遠に愛してくれる神を、俺が作れば良いんだ。
俺は偶然未来人と出会い、彼の人間観察実験に参加することにした。
『人間が神や悪魔に干渉する事なく生きる未来を観察したい。その為に悪魔や天使を管理する者になり人間に干渉させないようにして欲しい』。
それが奴等が俺に与えた仕事だった。
俺は地下に悪魔や堕天使達の国を作り、地上の人間に干渉させないようにした。
そして彼等が観察に飽きるようになった時、実験人間を滅ぼすゴミ掃除の役目を任され、その為に神を作る事を提案した。
これで俺はいつでも神を愛する事が出来るようになった。
俺はいつか彼等が飽きるのを待つだけで良いんだ。
そう思うと、嬉しくて仕方がなかった。
だから、俺は少しの間だけ地上をみようと思った。
奴等と同じ人間に姿を変えて奴等と同じ目線で地上を見てみた。
神や悪魔に愛されなくなった人間は、未来から定期的に送られてくる機械を愛していた。なんて滑稽なんだろうと思いながら、街を散歩していると、一人の女性が悲鳴をあげていた。
「キャアアアア!
誰か、誰か助けてええ!」
「何だ?」
俺がそこに向かうと、下衆共が女性から鞄を引ったくろうとしていた。
下衆の一人は片腕に短刀を持っており、女性が強く抵抗すれば直ぐに降り下ろすつもりなのはすぐに分かった。
「オラ、早く鞄を寄越せよ!」
「この刃が見えないのか!」
「や、止めて!離して!」
なんて下らない争いだ。
これを神が見れば嘆くだろう。
悪に堕ちる程貧困している下衆を助けるか、被害者である女性を助けるか。
神なら、どちらも救えと言うだろう。
「おい、下衆共!
女から離れろ!」
「なんだ貴様、誰に向かって言ってやがる!」
「しにてーのかよ、ギャハハハ
・・は?」
汚い声で笑った下衆は自分が壁に埋もれてる事に気付いた。
次の瞬間には壁の向こう側に吹き飛んでいた。気を失わせる程度にはこれくらいで充分だろう。
もう一人の下衆を仕留めようと振り返ろうとした瞬間、背中に激痛が走る。
どうやら背中を短刀で切りつけられたようだ。
「ぐわっ!」
「へへっ、油断したな!
くたばりやがれ!」
ち、こんな下衆に傷を付けられるなんて!
仕方ない、堕天使の力を解放するしかない。
俺は力を僅かに解放させながら振り返ろうとして、驚愕した。
何故なら下衆は倒れていて、その後ろには先程の女性が息を荒くしながら倒れた下衆を睨み付けていた。手には鞄が握られている。あれで殴ったようだ。
「ハァ、ハァ!
ゆ、油断したわね!女を、なめんじゃ、ないわよ・・」
「・・・・」
「あ。た、助けてくれて、ありがとうございます」
「・・いえ、こちらこそありがとう。
助かったよ」
俺は自然と彼女に頭を下げていた。
顔を上げた時に見た彼女の顔は見た最初の感想は、とても美人だということだった。
彼女は少しはみかにながら、両手を振る。
「い、いえ、もう夢中で・・は!
!背中に怪我をしてるじゃないですか!」
「ああ、これか。
大丈夫だ、こんなのかすり・・つっ!」
立ち上がろうとして、鋭い痛みに静止させられる。これでは羽を出す事が出来ない。羽を出して堕天使化すれば、こんな傷すぐ治せるんだがな。
痛みを我慢する俺の前に小さな手が差しのべられる。みると彼女が手を伸ばしていた。
「大丈夫ですか!?」
「心配無用いだっ!」
「ああ、酷い傷!
待っていて下さい!私の家に運びます!」
「何・・!?」
「私、これでも医者の卵なんです!
それに、私の家、すぐ近くですし・・立ち上げます、歯を食い縛って!」
「おいまて、俺は・・ぐわっ!」
彼女は無理矢理俺を持ち上げ、俺をおぶる形で走り出していく。俺は何度も止めるよう叫ぶが、彼女は
「大丈夫です!私が必ず助けますからね!」
なんてほざいて俺を下ろす気は全くない。
なんだこいつは!?悪魔の使いかなんかか!?
神様、祈らせてくれ!俺が無事であるように!
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
あれから、しばらく時間が経ちました。
ーー神様、どうやら俺の体は無事だそうです。
背中の傷は深くなく、薬を塗り続ければ跡形もなく治るそうです。
ただ、心は違います。
俺の心は少しだけ、温もりを得ました。
彼女が、側にいるからです。
「ああ見て、今日もたんぽぽが咲いてるわ!」
「君は良く良くたんぽぽが好きなんだな。
何処かへ出掛けてその花を見つける度に子どものように喜んでいる」
「私、この花が好きなの。だって花は自由だもの」
「自由?花が?」
「ええ。
たんぽぽはひとりでに生えるものではないわ。虫が気まぐれに飛び込んで蜜を運ぶ時に種を作り、風に乗って空を旅して、固い地面や岩山の中から自分が育てる場所を見つけるの。
そうしてようやく、この花は育つ事が許されるのよ。私はたんぽぽが好き。
この花のように、色んな所を飛び回りたい」
彼女は俺の前で楽しそうにたんぽぽの花の素晴らしさを解いてくれる。
俺は静かにそれを聞いていた。背中の傷がまだ傷む。だけど、まだ治らないで欲しいと願う自分がいた。
彼女は話を続ける。
「この国はね、機械で満ち溢れている。
命令された分だけ働き、命令された時だけあの機械は生きている。
それを操る私達もまた、機械のように同じ事しか出来なくなるんじゃないか・・。
私は、それが怖いのよ」
「機械と同じか・・確かに、この国の人間は退屈だな。
互いに争わない代わりに、互いに踏み込めない世界を作り上げているからな」(もっとも、俺もその一人だがな)
俺はまだ彼女に自分の昔を話していなかった。話せなかった。
俺は神様を愛している。今だってそれは変わらない。
だけど彼女に神の愛を語るのは、そしてその為に俺がしてきた事を語るのは、怖かった。
彼女はたんぽぽの花を一輪だけ手折り、茎を加工していく。
そして出来たのは、たんぽぽの花で出来た指輪だった。
出来た指輪を見て微笑む彼女を見て、俺は静かに訊ねる。
「・・君、それは?」
「このたんぽぽは、長い長い旅を続けてようやくここまできて綺麗な花を咲かす事ができました。
しかし今、実をならすことなく私が折ってしまいました。
ですが私は、このたんぽぽの力強さと生きたいという思いを無駄にしたくありません」
そして彼女は、俺にたんぽぽの指輪を渡し、左手を差し出した。
「はめてください。私の、薬指に」
「・・・・君・・・・。
ああ、分かったよ、フェザー」
俺は彼女の顔を見た。
彼女は顔を真っ赤にさせながら、しかし笑顔で溢れていた。まるで太陽のように綺麗で暖かくて、とても素晴らしいものだった。
今この瞬間、私は神への愛よりも彼女への愛が強くなっている事に気付いた。
私は微笑み、彼女の左手の薬指に、たんぽぽの指輪をはめてあげた。
指輪はぴったりとはまり、彼女は嬉しそうにそれを眺めた。
「ありがとう、ベル」
「いや、私にもその言葉を言わせてくれ。
私も君に出会う事が出来て良かった。
ありがとう、フェザー。
愛しているよ」
「ベル・・結婚しましょう」
「フェザー・・・・ああ、これからは一緒に生きよう」
私はこの時、何もかも捨てて彼女を愛そうと思えた。あれだけ固執していた神への愛さえちっぽけに見えてしまいそうです。
神様、こんな俺を見たら、笑うでしょうか?
それでも構いません。私は神様から追放された身、祝福してくれるなんて願う事、間違っています。
だけどどうか、見守って下さい。
今まで誰かを不幸にするしか出来なかった私が、今度は愛する人を幸せにして見せます。
彼女が死ぬ最後まで、幸せにしてやります。だから神様、俺を見ていてーーー。
「おい魔王、目を覚ませ!覚ますのだ!
ベル、大丈夫か!」
不意に、誰かの声が聞こえてくる。
私はハッとして振り返ると、そこには包帯とマフラーで顔を隠した悪魔が私を見ていた。
私は少しだけ、気を失っていたようだ。
今のは、夢だった。私が全てを失う前の、暖かい夢ーー。
私は静かに目線を下ろす。眼前には巨大な怪物が悪魔や堕天使達を虐殺していた。
「ウウワアアアアアアアアア」
「天国天国天国天国天国てんごっ!?」
「神様あアアあ私達も殺してくれエエエエ!!」
「ーーこれ、はーー」
「分からんのか、ベル!
貴様が愛した国民が、貴様達が造り上げた神様に殺されてるのだぞ!?」
そうだ、そうだった。
私は子どもを取り上げられ、人間の国から追放され、遠い場所でフェザーが亡くなった事を聞いて絶望し、その果てに自分の手で神様を造ろうと未来人にダンスを造るよう依頼し、
人間達を虐殺し尽くした後、神様を造り上げたがそれは不完全な神で、
不完全な神は不完全な我等を虐殺しているんだ。
そして娘も、私の国民の手にかけられてーー。
改めて私は気付いた。
私の腕の中に抱かれている娘が、全く動かない事に。
神様、聞いてくれ。
俺は全てを憎んでいた訳じゃないんだ。
私はただ、愛が欲しかった、それだけなんだーー。
続くか?続かないか?
それは、神だけが知っている。




