第55噺 ああ戦車よ、その轍の跡に花は咲かない。
騒ぐのを止めた年老いた雄鶏から、闇の中に消えた若き雌鳥へ。
私はこの国の王国秘書だった。
だが今はげぇむに熱中する王と、騒ぐ事しか出来ない大臣を捨てて城を抜けて城下町へ駆け出していた。
もはやあそこに留まる意味は無く、私は大切な人に会いたかったからだ。
走りながら、私を後悔の念が襲う。
私は今まで何のために生きていたのだろう?
この国の為、国民の安全の為、未来の為に全てを犠牲にして生きた。
たとえそれで誰かから殺される事になっても、それで国の未来に繋がるなら構わないとさえ考えていた。
だが、その未来に裏切られ殺されるとは、なんて皮肉、なんて馬鹿な話だろう。
怪力乱神御伽噺(語り継げないおとぎばなし)の住人の最後として、これほど相応しい幕切れは無い。
もう走り疲れた、私は少し眠る事にする。殺したければそれで構わない。
誰でもいいから私を殺せ。
ああ、何か音が聞こえる。一台の車が近付いてくる。
いや、あれは厳密に車とは呼べない。
何で車体に銃の砲身が付いているのだ?
何故車体が頑丈な鋼鉄で出来ているんだ?
何故タイヤの代わりにキャタピラが付いているんだ?
あれはどうみても人間を殺す以外に用途が全く見えないじゃないか。
戦う以外に存在価値の無い車。
きっと、未来ではあれを『戦車』と呼ぶのだろう。
戦車はバカでかい砲身を私に、正確には私の後ろにそびえ立つビルに向けて狙いを付け、ボォンと音を鳴らす。
砲身から出た何かがビルに衝突し、窓の破片が私に降り注ぐ。
無数の透明な刃物が私の体を貫くが、私は少しも痛みを感じない。 それ以上の後悔が私の心を踏み潰していたからだ。
すまない、リンベル。
私は君から父親を奪ってしまった。
親の愛情を奪ってしまった。
君の春の日差しのような明るく優しい心に暗く冷たい影を作り出してしまった。
すまない、すまない、すまない。
何度も心の中で呟くすまないを掻き消すように、ボォンという音が響いて何かがビルに衝突した。
今度はビル内で爆発し、ビルが崩れ落ちていく。
かつて人々が栄光と未来の象徴と言われたビルが、あっさりと砕けて私の頭上に降り注いでいく。
私は血だらけの顔でそれを見ながら、ただ一言、命の限り叫んだ。
「リンベルゥゥゥゥゥゥウ!!」
そして国王秘書として明るく栄光ある人生を送った私は、正にこのビルと同じように瓦礫に埋もれ、幾重もの岩に全身を潰され、血をだらだらと流しながら酷い姿で一人、死んでいった。
そしてそれは、この国を治める事が出来る唯一の人間が、この世から消えた事を意味する。
アタゴリアン崩壊の運命は、加速していく。
年老いた雄鶏は、闇の中に消えた若き二人にそれを伝える事はできなかった。
〜エゴの風穴・迷宮洞窟内〜
「えっ……」
リンベルは思わず後ろを振り返るが、森が見えるだけで他には何も見えない。
何故振り返ったのかリンベルには分からない。分からないが、どうしようもなく振り返りたくなってしまった。
だが、そこには何もない。
明るい光に満ちた森以外、何かがあるわけがない。
「なんだろう、今、誰かが私を呼んだような……」
『マモナク、洞窟、ハイリマス。
シッカリ、オツカマリクダサイ』
「あ、うん」
リンベルはキツメにシートベルトを閉め直し、洞窟の中へ侵入する……瞬間、地震かと思う程の振動が車内に響き渡る。
「わわわわわ」
『クチヲアケナイデクダサイ、カミマス』
「むぐぅ」
『ココカラサキ、キケンチタイ。
エアバッグ、シドウシマス』
「え?」
ボンと音を立てて車内にエアバッグが噴き出す。
リンベルはその中でじたばたと暴れるしか出来ない。
「ぎゅむぅ」
『コレデアンゼンセイ30%アップ。ソクド、ジョウショウシマス』
凸凹な地形に車体を揺らし岩肌で傷付きながらも、車は走るのを止めなかった。
〜デビルズヘイヴン〜
悪魔と堕天使の街、デビルズヘイヴン。
そこは人間が一人も住んでいない人外の街。
ここでは悪魔と堕天使が仲良く暮らし、決して争いはおきない。
また、地上と時間の流れが違い地上では1日でも二日かかるのだ。
そんなデビルズヘイヴンに、魔王とダンスが降り立つ。
「ひさしぶりに来た……デビルズヘイヴン」
「急ぐぞダンス!
例え地上と時間の流れ違えど進んでいる事に変わりは無い!
急いで兵を徴収し攻めいれば、奇襲に成功し流れを変えられる筈だ!」
「ああ、急ごう魔王!
飛翔魔術!」
ダンスは飛翔魔術を使い魔王と共に宙に浮く。
そしてデビルズヘイヴンの街の中心にある城へ真っ直ぐ飛んでいった。
暫くして、傷だらけの車がよたよたと走りながら洞窟から出てくる。
タイヤが一つパンクしているのか、少し動く度にガクガクと車体が揺れる。
その中でエアバッグが縮んでいき、無傷のリンベルが姿を現した。
「うぅ、死ぬかと思った……ガクガクして気持ち悪い……」
「車内ダメージ、0%。
ソウコウニエイキョウ、30%ダウン。コウドウエイキョウ、ナシ」
「ご、ごめんそろそろ降ろしてくれる……?このままじゃ悲惨な事になりそう……」
「エチケット袋、カンビ。
モンダイナイ」
「大有りよ……うぅ、ダンスも止まってれば良いのに、何処にいるのよ〜」
「マモナク、トウチャクシマス。
クルマヨイニゴチュウイヲ」
「もう酔ってるわ……」
幾ら喚いてもハンドルの動かし方一つ知らないリンベルには、車の言う通り進むしか無かった。
しかし、それはあくまで車とリンベルのルールだ。
ここはアタゴリアンとは違う国であり、たとえ門番がいなくても兵はいる。
そして兵は、決して余所者を受け入れない。
ボロボロの車体で走る車の目の前に、槍が落ちてくる。
「きゃ!」
「キケンブツハッケン!
ルートヘンコウ!」
車は急いで右に曲がり槍を避け、長い草の上を走っていく。
その後ろから、蝙蝠の翼を生やした悪魔の兵士が槍を持って追いかけてきた。
「そこの『カイブツ』!
直ちに止まれ!」
「貴様等、侵入者か!!
侵入者は立ち去れ!」
悪魔が騒ぎながら車を追いかけていく。
リンベルは後部座席に移動し、悪魔の兵士達の姿を目の当たりにした。
「な、なんなのあの姿……!?
まるで悪魔じゃない!
アタゴリアンに悪魔や天使の類いは存在しない筈なのに何故……!?」
「止まれ、カイブツめ!
これでも喰らえ!」
悪魔の兵士が槍を投擲する。
それは車体を貫通し、タイヤに刺さりパンクさせる。
「ダメージ中!
ソウコウニエイキョウ、タダイニアリ!」
「ちょちょっと、これ早く止まらないと……」
「ダンスノモト二アナタヲトドケルマデトマリマセン」
「車……うわっ!」
後輪と前輪のタイヤがパンクし、更にガタガタと車は動き、リンベルは更に気持ち悪くなる。
「ほ、ホントに……止まって……ヤバい……」
「ダンスノモト二アナタヲトドケルマデトマリマセン」
(さっきその台詞にぐっと来た私を返せー!)
「まてーカイブツ!」
「止まれー!」
リンベルを乗せた車は兵士から逃げながらもダンスの方へ走り、兵士は槍を片手に車を追いかける。
そしてその中心でリンベルは必死に気持ち悪さと戦っていた。
続くか?続かないか?
答えは悪魔の兵士だけが知っている。




