せんせぇ……問題より難しいことがあるんです……え?恋?いえ、名前がわからないことですけど
うちの学校は2年で3年までの学習を終えて3年で受験の為の勉強になる為、高校ではすでに1年の範囲を終わらせている。しかも頭が良すぎる俺は、自習して2年までの範囲をとっくに終わらせていた。
そのため、問題さえわかれば教科書が必要という訳でもない。
担任の名前がわからないこともさして重大なことではない。一ノ瀬に「ごめん、先生の部屋ってどこだっけ?」と訊けば済むことだ。
今の問題は、何故かひたすら女子全員に睨まれているような状況だ。
原因は、確実に担任だろう。つーか担任は数Ⅱの教科担当だったらしい。あいつが黒板に問題を書き始めた瞬間、大半の女子がこっちを睨んできた。あからさまな奴や、ちらっと見て小さく舌打ちする奴など様々だが、とりあえず女子怖え。
「おーし、じゃあとりあえずこれ解け。あとで当てるからなー」
担任はそう言って、教室内を見回りはじめた。わかんなさそうにしている奴に教えつつ、ゆっくりこっちに来る。
「お?千歳全部解けてるな?じゃあお前書いてこい」
「……はい」
(うわ、解かなけりゃよかった……)
担任に「わかんないのか?」とか言って話しかけられたくなかっただけなのだが、仇になったらしい。
諦めて黒板に答えを書き連ねていく。
ちなみに字でばれることは多分ない。姉弟全員書道を習っていたため、多少の癖はあるにしても同じくらい達筆なことに変わりはないからだ。数字やアルファベットでも同じである。
すらすらと問題を書いて、チョークを置く。「正解だ。(2)はひっかかった奴多いんじゃないか?ここは……」と解説を始める教師を後目に、席へ戻る。2回ほど足を引っかけられたが、あえて躱さないで軽く蹴るようにして引っかかってやりつつ転ぶような真似はせずに席へ着く。なんていうか、やり口が典型的だ。
「い、今転びかけてたけど、大丈夫……?」
心配そうに見る伊紀に、眉を下げて「大丈夫」と返す。
正直、バラした方が都合がいいだろうと思っていたが、何も出来なさそうなタイプだし、口が堅くても脅されれば喋ることもあるかもしれない。
ハイリスクでローリターンだな。
なんとか巴月に口裏を合わせてもらった方がましだろう。
とりあえずは、あいつの部屋だけ教えてもらうか。
「え?先生のお部屋?3階の数学準備室の横だけど……でも深月ちゃんよく行ってなかった?」
「へっ?」
なんだそれは。
思ってもみなかった発言に動揺する。深月が?何の用で?
「深月ちゃん、数学得意だから先生に特別講義してもらってるんでしょ?」
そうなのか!?あいつそんなこと一言も言ってなかったぞ!?そういう大事なことは言っとけよ!!誤魔化すの大変だろうが!!
「えっええと、うん、そう、なんだよね……で、でも、いつもは違うとこだったの!」
「あっそうなの?まぁ先生のお部屋机1個しかないもんね」
「そうそうそう!」
なんだか納得してくれて、危機は回避できたらしい。
「そっかぁ。じゃあ今日の呼び出しはなんなんだろうね?」
「んー、きっと長く休んだことで何か聞きたいんじゃないかな?」
呼び出されてるのも昼だし。さすがにそのタイミングで補習はないだろ。
「お弁当持ってった方がいいよね?久々に深月ちゃんと食べれると思ったのにな」
「あ、ごめんね、私も伊紀ちゃんと食べたかったんだけど……」
なんだかしょぼんとしてる伊紀に思わず謝ってしまう。俺悪くねえけどな!
「深月ちゃんのせいじゃないよ!……あ、もうお昼休み5分経っちゃってるし急いだ方がいいんじゃないかな」
「えっあっほんとだ!じゃあごめんね、明日は一緒に食べようね!」
「うん!いってらっしゃい」
「いってきまーす!」