夢の中の彼女は1
「鈴、課題終わった?」
「終わったけど」
友人の紫音が僕の方を見て焦ったように聞く。
課題と言えば入学の準備課題がでていたはずだ。
僕は普段から課題は早めに終わらせるタイプだから今回のものも既に終わっているが……、紫音はこの様子。
なるほど、こいつさてはやってないな?
「おんー、流石にそろそろ課題やらなきゃまずいよ?入学式、一週間後なんだからね」
「くそーまだ卒業式終わったばっかじゃん!入学式早くないか!?」
「おんの行動が遅いだけだよ」
僕の言葉に紫音は言葉を詰まらせた。
僕らは今、中学を卒業して高校生になる準備をしている段階だ。これから全く新しくなる環境に、僕は緊張と同時に期待を膨らませていた。
これからどんな出会いがあるだろう。どんな生活をしていくのだろう。
思うことはいろいろあった。
でも、僕はそれよりも……
「鈴、最近機嫌いいね。入学式が近いからか?」
「それもそうだけど…ちょっとね」
「……?あ、わかった。課題終わってスッキリしたんだろ?クソッ、このエリートめ!!」
「課題終わっただけでエリートなんて、おんの基準はずいぶんと低いね」
「あー、もう…その笑顔むかつくわぁ」
僕はくすくすと笑って誤魔化す。
うん、流石に機嫌が良いのが「夢で大好きな人と会ってるからです」なんて言えない…。
幼い頃から見続けた夢。
最近夢を見る頻度が増えている。
そしてその夢は僕の心をいつも満たしているんだ。
ふと、僕は空を見上げた。
今はこの夢が1番、僕の中で大きいんだ。馬鹿らしいだろ?
*
「こんばんは」
「あ、こんばんはー!今日も会えたね」
僕は教室に入ってきた彼女に手を振って挨拶をした。
彼女は僕の隣の席に座ると、優しく微笑みかけてくる。
「最近はほぼ毎日会えて、嬉しいなぁ」
「そうだね。僕も嬉しい」
彼女はそう言うと僕の頭に手を伸ばした。
それから、何かに気がついたように手を止める。
「な…何?そんなにしみじみ見て…」
「少し背伸びたね」
「なんだー、いつまでも子供扱いしないで!背が低いの、気にしてるんだから」
「あぁ、ごめんね?なんか、その…成長してるんだなぁって思って」
そりゃ僕だってと言おうとして僕は口をつぐんだ。
彼女は少し切なげな表情をして、僕を見ている。
どうしてそんな顔をするの?
その表情を見ると、彼女が何を思っているのかとても気になった。
(何を思ってるも何も…彼女は僕の夢の【登場人物】でしかないから、関係ないのにね)
そう思うとなぜか胸がちくりと痛んだ。
「君も、成長してるじゃん」
「あ…あはは、そうだよね」
彼女は今度は止めずに僕の頭を撫でた。
僕の頭を撫でるのは彼女の癖らしい。
初めて夢を見たときも、彼女はこうして僕の頭を撫でてきた。
別に嫌ではないのだが、身長はたいして変わらないのに、なんか子供扱いされているようで複雑な気分だ。
「昔は私の方が背高かったのに、追いつかれちゃったなぁ」
「高校入ったら、きっともっと大きくなるもんね。絶対追い抜いてやる」
「…来週入学式なんだっけ?」
「うん、そうだよ」
「新しい所行くのって不安じゃない?」
特に高校って怖そう…と彼女は付け足して言う。
(確かに…高校ってちょっと怖いイメージあるけどね)
不安そうな顔をする彼女に、僕は笑顔でVサインを作って見せた。
「大丈夫だよ、何とかなる」
彼女は少し困ったように僕を見ると、しばらくして安定したように笑った。
「うん、そうだよね。君なら何とか出来るか」
それから、彼女はじっと僕を見つめて呟いた。
「高校入っても、ここ来てくれる?」
「…うん、来るよ」
ふと右手に温かな温度が伝わる。
その温もりはやはり他にはないくらい心地良いものだと思った。
僕の居場所はここにある。
例え他の人には理解されなくても、僕は君を信じてる。
「私ね、君のこと、さ……」
目が覚める数秒前。
君が呟いた言葉は聞き取ることが出来なかった。