僕の反抗期
「嫌だよ。」
どう反抗したものか分からず、大声を出すこともなく、なんだか静かな抵抗になってしまって、当初やろうとしていた、もっと大いなる反抗からは大きく外れたものになってしまった。
「なんでそんなこと言われなくちゃならないんだよ。」
今僕は、父に反抗している。
「大人に反抗するのは、なかなか面白くてね。」
高校の休み時間に、生徒会長である僕の友人は語った。彼は生徒会の長として、先生たちに反抗し生徒たちの意見を通すことに対し、このように言ったのである。
「反抗期とも言えようね。まあ俺の場合は、本当の反抗期はだいぶ前だったけれど。しかも長続きしなかったよ。」
彼は笑いながら言った。
「そうなんだ。」
彼の言葉を聞きながら、僕は考えていた。大人に反抗するということを経験したことのない僕に、ちょっとした反抗期へのあこがれともいえる感情が芽生えた。
「親に反抗するのは、もちろん男子諸君の通らざるを得ない道だからね。特に理由もなく、親に突っかかったりするもんさ。」
僕は納得したように頷いた。特に、理由もなくて構わないというのは僕にとってなかなか驚きの事実であった。
「やってみたい。」
「え?」
「その反抗期ってやつ。やってみたい。」
「???」
彼は、眉をひそめて、何を言ってるんだ、という表情を作った。
「反抗期なかったのか?」
「反抗する気にならないから。」
彼はハハ、と笑って、
「その気がなくても、何となく、ただ何となくという理由だけで、親に反抗したくはならなかったのかい?良い親を持っているのか、君が従順なのか判断しかねるが、逆に反抗期がないというのもいささか心配なことではある。」
赤ちゃんが牛乳を飲んだ後にゲップをさせるようなことだからね、という彼の言葉に、今まで親にも、というか誰にも反抗らしい反抗を経験したことがない僕は、わずかばかりの恐怖を覚えた。反抗って犯行じゃないのか。
「そ、そんなに重要なことかい?」
「ああ重要さ。あまりに従順すぎる人間は、成長できないからね。精神的に。」
僕はここで、今日から反抗期になると心に決めた。そのタイミングでチャイムが鳴って、前の席の生徒会長は、これから始まる数学の授業のため、教科書を開いた。それを見て僕も、とりあえず今は授業を受けなくては、と机の中から教科書を取り出した。
「なんでそんなこと言われなくちゃならないんだよ。」
そして、僕は心に決めたとおり、有言実行、親への反抗を試みていた。
「……。」
無言で険しい顔になる父を見て、内心どぎまぎしていた僕の心拍数は更に上昇する。親子喧嘩になるのか、これから何が起こるのか、ちょっと想像もつかなくて、スリルや楽しみまで感じつつあった。
「母さん!」
父は叫んだ。え、でもどうして母さんって言ったのだろうか?
「赤飯を炊いてくれ。」
「ええ、ええ分かりました。ついにこの日が来たのですね。」
僕と父のやりとりを聞いていた母が、感極まったというか、なんだか感動したような声で答えた。
「ついに我が子に反抗期が来たぞ!」
僕はぽかんとした。あっけにとられていた。
「なかなか来なくて心配だったけれど、やはり来るものは来るのね…。」
「ああまったく、結構心配したよ。さあ母さん、今日は宴だ。この前買った上物のワインを開けるとしようじゃないか。」
「すぐにでも準備しますわ。」
僕はこの事態の進展の仕方に、あまりにも斜め上を行き過ぎている状況に、何を言えばいいのか、何を思えばいいのか分からず立ち尽くしていた。父も母もなんだか凄く喜んでいる。どういうわけか知らないが、これから赤飯が炊かれ、この家では宴が始まるようだ。
「聞いたよ!ついに反抗期だって!?」
勢いよく開けられたドアから兄が飛び込んできて、ドアが閉まりきる前にこんなことを叫んだ。
「そうよ、そうよついにこの日よ!今日はごちそうにするから準備を手伝って頂戴!」
やっほうと兄が飛び上がって喜ぶ。
「赤飯の準備はできてるの?」
「いま炊き始めたところよ。」
「母さん、ワインはどこにしまったかね?」
「冷蔵庫の中です。確か二段目に。」
「クラッカー買ってくるよ。」
「ああ待ってくれ、私が車を出す。ケーキも買わねばならんしな。」
「そうだね、すぐに行こう。」
「ついでにいいお肉を買ってきてくれないかしら?ステーキにしたいわ。」
「名案だね!精肉屋に電話しておこう、上物頼んでもいいかな?」
「いいともいいとも。この日のためにちょっとしたへそくりがある。」
「まあ素晴らしい!最高の記念日になりそうだわ!」
未だ立ち尽くす僕の頭をわしゃわしゃと撫でてから、兄は父とともに買い出しに出かけてしまった。母は鼻歌を歌い小躍りしながら夕食の準備に心血を注いでいる。
「……。」
そしてこの日は、なすすべもなく三人に祝い尽くされ、すぐに寝床に着く時間が来てしまった。
「やあ。反抗期は成功したかい?」
「成功したのかな…。」
「というと、どうなったんだ?」
「パーティーだよ。僕の反抗期を記念して、一家でお祭り騒ぎさ。」
僕の言葉を聞いたこのときの彼の顔を、僕はそう忘れることはないだろう。