神社の悪霊4
本来はこれで終わるつもりだったのですが、わきにそれてしまった感がないでもありません。
次か、次の次でこの話は終わります。予定です。
2日かけて必要と思われる材料のすべて揃えた紫苑さんは、その夜に再び夜の神社へと足を踏み入れた。
……まぁ、揃えたのはほとんどぼくで、紫苑さんはいつも通り詰めの部分だけを担当したのだけど。いつもどおりなので特にいうこともない。
ああ、でも――いつも終わった後に、そっけなくだけど『ありがとう』と言ってくれるのは嬉しいな。それよりも今嬉しいのは紫苑さんが心軽やかに今回の依頼に取り組めていることだけど。
「今日は足取りしっかりしてますね」
ぼくのその言葉に、まぁねと短く相槌が打たれた。そしてそっけなさを装ったように、少し照れ隠しっぽく理由を言う。
「2度目だしね」
たしかに2度目なだけあって、紫苑さんの足取りは前回よりもずいぶん軽い。
……いや、単に2度目というだけではないだろう。
昼と違う公園の顔に、少し入る森の黒く柔らかな地面というギャップ――そして、依頼対象に対する未知。
それらを――特に3つ目の中身を――知っていることが、紫苑さんの細く小さい足を力強く、そして軽くしている理由だろう。
「…………」
会ってみるまでは――そして過去を覗き見るまでは――それがどんな悪霊か、あるいは悪霊にならざるを得なかったものかが分からない。そして、わかってしまえばきちんとした心の準備ができるものだ。いつだったか紫苑さんがそう言っていたのを思い出した。
ぼくにはそういった感情の機微は、いまいちピンとこない。
何よりも、かつてはぼくがそういった存在であったことが理由なのかもしれない。
いまでもたいていの悪霊には負ける気はしない。以前来た時に口にした「食べちゃいましょうか?」は嘘でもはったりでもなく、事実可能なことだ。
――だから、ぼくでもこの異変は解決できるだろう。
――だけど、ぼくでは根本からの解決はできない…。
「……あ、そろそろですね。あの霊の匂いも濃くなってきましたし……紫苑さん、頑張ってください!」
それ――根本からの解決――ができるのは、ただ強いだけのぼくではなく。
「ん……そうだね」
震えるくらいの弱さはあっても、我慢しながら歩み寄り、心に通じるもの――紫苑さんのようなものたちなのだ。
正体を知ってもなお、何度もこういった存在に触れあってもなお、荒ぶる存在に向かうことにわずかながらの緊張を見せる紫苑さんの正面から体をそらして、ぼくは足を止めた。
「……見えたね」
「はい」
ぼくが足を止めてすぐに、紫苑さんはぼくの隣に並ぶ。
顔を上げるとそこには木々に埋もれるようにして小さな社が顔をのぞかせていた。
「ここから先は、1人だな」
「……はい」
ぼくは少しだけ息が詰まるような感覚を抱いてから、返事をした。
紫苑さんは、ぼくが足を止めた理由を察している。
これ以上近づいたなら、あの霊にぼくは気取られ、いらぬ警戒を与えかねないのだ。
「いってらっしゃい、紫苑さん」
ぼくは1人で霊に立ち会う紫苑さんを、危険だからと止めはしない。
……根本からの解決。
それの重要性を、ぼくはどの人間よりも理解している。
止められるわけは、なかった。
「……っ」
小さく頭を垂れるぼくの体は少しだけこわばっている。
もし、紫苑さんに何かあったら――それを思うと、ぼくの心は正常ではいられない。
それでも、ぼくは納得を続ける。これはそれだけ、大切なことなのだと。
「いってくる。頑張ってくるから、待っててくれよ。稲上?」
「……はいっ!」
そんなぼくを元気づけるように、紫苑さんは一声かけてくださり、そして1人で社のほうへと歩き出す。
小さな森の、闇に黒く塗りつぶされた柔らかな土を踏み、小さな神社の悪霊を救うために。