神社の悪霊3
神社に漂う悪霊の『運命』を覗き見て、紫苑は小さく息を吐いた。
「……ほぅ」
運命とは、過去と密接につながっている。現在は過去につながり、過去と現在までの連なりから未来がかすかに影を表す。
だからこそ、紫苑はまず対象の過去を覗き見る。それこそが、現在の問題を解決するもっとも重要な事だからだ。
「解決できるめどは立ちましたか?」
背後に控える稲上からの言葉に、紫苑は小さく笑みを浮かべる。
――何かわかりましたか? ではなく、解決できるめどが立ったか、と訊いたのは、紫苑がこの霊の過去を見てきたことをきちんとわきまえている証拠だ。そして、見てきたのならば何かをつかんできただろうという信頼の裏返しでもある。
紫苑は確かにその通り、彼の過去をわかったし、解決のめども立った。
「ああ、そうだね」
なによりです、と紫苑にならって小さな笑みを浮かべる稲上を引き連れ、この日は引き上げることにした。
稲上も、その判断に不満を挟まない。
紫苑が本気になれば、やや強引ながらもすぐに解決できることを知っているが、そのような方法を紫苑が望まないことも知っている。
「いちおう、軽い戒めをしておいたから、天罰とやらもしばらくの間少なくなるだろうね」
紫苑が施した戒めというのは、せいぜい『気が付きにくくなる』程度のものだ。
耳が遠くなる、目が悪くなる……といった、感覚が鈍る程度のものでしかない。
それによって、ここの霊は必要以上に怒りに駆られることはなくなる。それももって2,3日だろう。欲を言えば、明日には解決のための全ての材料をそろえておきたい。
「明日から忙しくなるよー」
「あなたの望みなら何なりと。紫苑さん」
間延びした紫苑の声に、稲上の几帳面な声が優しく重なる。
彼だけは気が付いていた。ここには彼しかいないのだから当然なのだろうけど。彼はしっかりと気が付いている。
帰りがけの暗い公園の中で、稲上はささやかにねぎらいの言葉をかけた。
「……お疲れ様です、紫苑さん」
「ん」
紫苑は、他者の過去を見るという行為があまり好きではない。
好きではないことを、けれどその他者のために行うという二律背反を抱えた行いが、紫苑を必要以上に疲れさせていた。
だから、稲上は切り替えるように言葉を紡いだ。
「……さ、帰りましょう。紫苑さん」
「ん……そうだね」
事務所に帰って――ここではない場所で、ここのことに関する仕事をしよう。
明日から動けるように、今夜も情報の整理をして。
「…………」
二人は無言でうらびれた夜の神社を去った。
少し変わった場所から出てきたその後ろ姿は、夜ににじんでありふれた後ろ姿へとすぐに変わる。
明朝からは、神社では仕事がなかった稲上が奮迅の活躍をすることとなる。
昨夜、休憩用のお茶と引き換えに紫苑から指示と情報を受け取っていた稲上は、協会と連絡を取ったり指定された人物を探し当てたりと、大忙しだった。
けれどそれは、いつも通りの展開ではあったので、特にいうことは何もない。