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神社の悪霊1

 数日前にトラ猫を見つけ出したぼくたちの次の依頼は、神社に生じたという悪霊の退治である。

 そのこともあって、ぼくたち――紫苑さんとぼくは、夜の神社にやってきていた。

 その神社は山の中にある――といっても、そう山深いわけでもなく、通りから少し路地裏に入るような手軽さで件の神社には到着する。


 ――夜になると、ぼくはすこし精神が高ぶる。おそらく以前の名残だろう。ぼくの深い部分が、そうあることが当然としてしまっているのだと思う。


 完全に夜のとばりがおりきって、暗い道をふたりで歩いていると、紫苑さんがぼくの方を振り向いた。

「どうしましたか?」

「いや、……何か感じるかい?」

 一度首を振り否定しておきながら、紫苑さんは再びこちらを見て素直に尋ねた。

 その瞳には若干ながら畏怖の念が入っていて、ぼくはふんわりとほほ笑んだ。

「夜の街ですよ? 何も感じないわけないじゃないですか」

「そうか……そりゃそうだな」

 納得した様子の紫苑さんに人差し指を立てながら言葉を続ける。

「そうです。たとえば、車の排気音や、お夕飯の匂い。人の喧騒……他にもいろいろ感じ取れますよ?」

 紫苑さんはぼくの顔を目を丸くして見つめると、「そうでないのだがなぁ」と溜息を吐いた。まぁ、ぼくもふざけて口にしたのだけど。


 紫苑さんは案外怖がりだ。

 

 運命の巫女――運命をつかさどり、あるいはそれを利用できる、例外的な存在――それが彼女の持つ特性だ。

 だが一方で、彼女は普通の人間でもある。ぼくのように、人外ではなく、また人外に伍する能力を持っているわけでもない。

「その、いろいろ――のなかに、澱みとか霊体とかはあるかい?」

「ないこともないですね」

 ぼくは素直に答えた。その返答に紫苑さんの肩が少しこわばったのを確かめたので、そっと首を振った。

「いえ、今回の仕事はそう大したことないですよ。規模は小さくないようですけど、根も深くありません。……まぁ、規模が小さくないからこそ、急ぎの用として依頼がうちに来たんですけどね」

「そうだったね」

 溜息を吐く紫苑さんに、ぼくはわずかばかりの同情を寄せる。

 今回のこの仕事は、運命の巫女としての仕事――といえなくもないけど、どちらかというと普通の霊能師でも勤まる程度の仕事でしかない。

 ならなぜ彼女に――ひいては『なんでも探偵事務所』に依頼がやってきたのかというと、それは今後のことを慮ってのことだった。

「原因となるだけの霊がいて、それに見合ったジンクスがすでに出来ている以上、畏怖の念はどうしても集まります。そうなると、今は石ころ程度の悪霊が、漬物石以上の存在になりかねません。手が空いていない霊能師に代わって、至急に動けるぼくたちが動くのは当然の判断です」

「それに、霊というのは『運命』の塊だからね……。正確には、『運命』の『よどみ』の塊か。けれど、今回に関しては『よどみ』よりも、それをなす理由――『運命』の方が大きそうだ。『協会』もその辺りをわきまえての依頼なのだろうけど……」

 そこまで口にして、紫苑さんがあでやかな黒い髪をぱさっと掻いた。

「はぁ……それにしても、面倒を押し付けてくれた……」

 その表情が本心からにじみ出たものだということは理解しているので、ぼくはひとつ笑顔で提案してみた。


「なんならぼくが食べちゃいましょうか?」


 ――と、冗談めかして口にする。

 我ながら、すこし神経が高ぶっているなぁと感じながら、その発言を少しだけ後悔――したけど、結局訂正はしなかった。

 紫苑さんを困らせる、というのもたまには悪くない。

 案の定、紫苑さんは苦虫をすりつぶしたような顔になって、再びため息をついた。

「……いいよ。今回に関してはボクがやろう」

 というか、その話は前にしたよね? と紫苑さんが睨みつけてくるのでぼくはわざとらしく目を中空に投げた。

 その様子を眺めて、紫苑さんはもう一度溜息をついた。

「はぁ……」

「溜息の数だけ幸せが逃げるっていう迷信がありましたよね?」

「きみが言うとおり迷信だよ。本気にしている人の『運命』が、していない人の『運命』よりも下回っている時点で……ね」

 容赦はしないとばかりに、紫苑さんはもう一つ溜息を吐くと、ぼくにさっさと案内をするように頼んだ。

「もうすぐそこですよ」

 そういうとぼくは次の通りをまがって、丘のようなわずかな丘陵をのぼり、木々が生える道を上る。

 生い茂る緑――といっても差し支えない、暗さで黒に塗りつぶされた道をすり抜けると、さらに一段と深い緑が立方体の建造物に絡まり、星明りに照らされてあらわれた。

「さあ、ここです」

「……ここか」

 紫苑さんが静かにつぶやく。その姿を開けた天蓋からこぼれた星明りがかすかに照らす。

 静謐さが彼女を包み、闇が彼女を避けて、淡い光が寄り添おうとする――そんな彼女は、まさしく特別な存在だ。


 この場所を愛した管理者が逝き、管理するものが居なくなり、うすら寂れてしまいった神社。

 その寂れた雰囲気からいつしか、何かを『人目を忍んでする』ためのスポットとして知られ――この場所を愛したものの魂が怒りに歪んだ。

 その怒りが、よどんだジンクスにより集まった不定形の思念でもって些細な現象を導き、噂に付随してにわかに『天罰』を囁かれた。

 そして、その根源たる『霊体』がその畏怖をも呑み込み、肥大化しつつある――それがこの場所だ。


 管理者だったおじいさんの霊魂は『荒御霊』としてはいまだひ弱だ。しかし、それは時間の問題。

「今回はボクの仕事だからね?」

「わかってますよ」

 紫苑さんは釘をさすと、木の葉や木の枝が敷き詰められた地面を、がさりと一歩踏み出した。

「さぁて……件のおじいさんの霊魂はどこかな?」

 紫苑さんが何気なく口にした瞬間、まるで定められていたかのように星明りにひとつの霊魂が浮かび上がる。


 ――みつけた。


 そう笑って、彼女は運命のよどみ――その形の一片に近づいた。

 その笑みは、とても優しく……そしてどこか投げやりだった。

  

短編にしては冗長だなと思ってはいます

・・・思ってはいるんです!

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