知崇礼卑
悠真に早瀬霊、学、遥香、結衣、雫。これらのことをすべて話すと悠真は「毎日缶コーヒー一本でいいぜ」とだけ言って了承してくれた。
「美緒。」
天翔の呼びかけに気づいた。膝の上においていた資料を整えてこちらを向いた。
「何か収穫はあったか?」
「いえ、特にありませんでした。でも、遥香さんと学教授の間には何かがあるようです、」
「なにか?」
「ええ、でもそれについてはまだ未確認です。」
「そうか。・・・・・情報量が圧倒的に少ないな。これは方法にこだわってることはできないな。」
そう言って天翔芝生にあぐらをかいて座り持ってきていたノートパソコンを開いた。起動音がしてから自作のOS起動画面が写る。
「彰さん?どうするんですか?」
「大学内のデータサーバに侵入して早瀬学と遥香の経歴を引き出す。」
「・・・・・わ、分かりました。サポートします。」
雫もノートパソコンを取りだして大学内データサーバの監視を始める。天翔は自作プログラムを作成し、次々と実行していく。様々な場所にウィルス達は攻撃をしかけ、隙間を縫うように侵入していく。数秒後にコマンドラインでは検索画面が複数表示された。そこに早瀬遥香の生徒データを呼び出す。
「やはり何も出てこないか。」
「・・・・・ッ!天翔さん!何者かがデータサーバを介してこちらに攻撃してきます。」
「何っ?」
「防壁が第1から第3まで破られました!」
「・・・・・チッ!相当の奴だな。雫はIPアドレスの特定と攻撃パターンのスキャンに入ってくれ。狙いが分からない。」
「了解!」
「・・・いったいどこのどいつだ?」
データサーバからの撤退を優先しつつ敵の攻撃をブロックし続ける。
「雫、特定できたか?」
「無理です、相手はおそらく海外のサーバをいくつも介しています。現在は攻撃パターンと逆探知を続行中。」
「撤退するぞ。このハッカーが校内にいるとは限らないが、仲間が潜入していると面倒だ。」
「はいっ。」
パソコンを閉じ、鞄にしまってから天翔と雫はそのまま屋上へと向かった。
「はぁ、はぁ、・・・・・ふぅ〜。大丈夫ですかね?」
「まぁいまのがどこのどいつだったとしてもこんな中心部のましてや学校の中で大規模に襲撃してくるやつはいないだろうさ。」
「それなら安心ですね。ところで、さっきの攻撃してきたのは?」
「ハッカーだ。それもその辺にいるようなヤツじゃない。俺がデータサーバに送ったウィルスを書き換えて逆送信してきやがった。作成者名つきでな。コードネームは『Gray Ice』」
「『Gray Ice』・・・ですか。どこかで聞いたような。」
「知ってるのか?」
「あっ!思い出しました。Gray Iceって言えば去年ロシアのKGB本部をクラックしようとして捕まりそうになったんです。防衛省の外事課に情報が入ってきてFBIでもサブリストに乗ってるはずです。」
「なるほど。腕はあるけどブラックリストに乗るまでヤバくないってことか。」
「はい、でも動きにくくなりますね。」
「ああ。念のために大学のセキュリティサーバに監視プログラムを入れておこう。侵入があったときに警告がくる。」
「分かりました。」
「雫は早瀬遥香の監視にむかってくれ。俺は早瀬学のところへ向かう。」
「了解しました。」
天翔は気持ちは急ぎながらもゆっくりと歩いて早瀬のところへ向かった。早瀬の研究室前につくと、ちょうど研究室から人がでてきた。」
「悠真か?」
「ん?天翔じゃないか。どうかしたのか?」
「ついさっき大学のデータサーバに謎のハッカーが侵入した。どうやら目的は早瀬たちじゃなく、俺だったようだけど。一応見に来たんだ。」
「そうか。早瀬教授はいま研究室で生徒と一緒に研究の真っ最中だ。」
「ならよかった。悠真はどうしたんだ?」
「俺か?俺はただ先生にレポートを提出しにきただけだよ。ところで、ついさっき御爺さまから電話があった。」
「久山総理か?」
「ああ。いま日本に戻ってきている碓氷くんの捜査を手伝うようにと言ってきた。」
その言葉に天翔はかなり驚いた。久山総理が俺の動きを気にしている事もそうだが悠真に手伝いをするように指示を飛ばすまでは予想外だった。
「そうなのか。悪いな。」
「気にするな。俺はもともと手伝うつもりだったんだ。・・・いまから本部に行っても問題ないかな?久しぶりに霧島さんとも話したいんだが。」
「そうだな。問題ないと思う。捜査の説明も簡単にしときたいしな。今日の講義は?」
「今日は2つしか取ってないんだ。」
「余裕だね〜。」
「まぁな。」
「おいっ!・・・まぁいいけどな。お前が頭良いのは昔からだ。午後14時に帝都中央大学駅前にきてくれ。」
「分かった。必要な物はあるか?」
「・・・あえて言うなら、俺に夕飯をおごるための金だな。」
「分かった。金は一銭も持って行かない。」
「冗談だよ。」
天翔と悠真は別れて残りの講義にそれぞれ出席した。講義を受けながらこれからの動きをシミュレートしつつ、早瀬のコンピュータに侵入した。外務省にあるデータベースと早瀬のマシンをデータ検索するも目立った痕跡はみつけることができなかった。
「完全に手詰まりだ。」
「本当どうしましょう。。」
大学の購買で缶コーヒーを買って雫とまっていると第一研究施設から出てきた。施設から出てきた悠真は鞄を背負ってこちらへ歩いてくると俺達を見つけ、手を挙げて近づいてきた。
「すまない、またせたな。」
「ああ、気にすんな。」
「こっちの人は?」
「俺の助手の北山雫だ。」
「青葉美緒です・・・・って彰さん!?」
雫が驚いた顔を見て天翔は思い出した。雫は悠真のことを知らないのだ。
「雫にはまだ言ってなかったな。俺の親友で捜査に協力してくれてる久山悠真だ。」
「は、始めまして。今期より碓氷特務少佐のサポートに回る事になった北山雫です。」
雫が頭を勢いよく下げる。それを悠真はクスクスと笑ってから雫の前に手を差し出した。
「こちらこそ、よろしく。天翔は冷たいように見えるけど、良いヤツだから気にしないでくれ。」
「は、はい!」
雫は悠真と握手してから鞄から資料を手渡した。それを確認した天翔は呼んでいたタクシーに乗り込んだ。
「よし、挨拶が終わった所でさっそく本部に向かうぞ。」
「ああ。」
天翔と雫、悠真を乗せたタクシーは大学敷地内を抜けて本部へと走りだした。
本部につくと、天翔はカードを出して支払いをすませた。
「天翔、悪いな。」
「ん?気にすんなよ。どうせ俺の金じゃないからな。」
「え!そうなんですか?!」
「ああ。さっきのカードは霧島さんから渡されてたブラックカードだよ。」
「ぶ、ブラックカードなんて本当に存在していたんですね。」
「ああ、俺の場合資金が必要になった時組織から貰えないからな。霧島さんが必要な時に使うようにって渡してくれたんだ。」
「まぁお前の存在をできるだけ警察庁内部にも漏らしたくないんだろう。」
「その心は?」
「もし内部で事件が起きた時にお前を隠しておけばお前は普段と同じ通りに動けるからな。」
「さすが悠真、分かってる。」
「何年一緒だと思ってる。」
「ハハッ。」
そんな会話を横で聞いていた雫は関心していた。いつもどこか人と薄い壁を一枚挟んで会話をしていたように感じる天翔がこんなにも身近に感じたのだから。
「(よく考えたら私って碓氷さんと年齢一つしか変わんないんだぁ。)」
そんな風に会話をしながら雫、悠真、天翔は並んで本部の地下入り口から中へ入って行く。受付で自分のIDカードを提示して、悠真の一時IDを発行した。
「ほれ、悠真。」
「ああ、サンキュ。」
「まぁ、こんなものいらないとは思うんだけど、一応な。後で面倒が起きると困るだろ?」
「ああ、分かってる。」
「ダメですよ、碓氷さん。規律はちゃんと守らないと。」
「ん?ああ、悠真は特別だよ。3年前の事件でも俺に協力してくれたし、霧島さんも知ってるしな。何より、悠真は久山総理の孫だから。」
「・・・・・?」
「理解できなかったか?現総理大臣久山元陽の孫だよ。」
「え、ええええええええ!!!??・・・・ゆ、悠真さんって総理のお孫さんだったんですか!?」
「ん、一応ね。祖父とはあんまり話さないけど。」
「そ、そうだったんですか。・・・・え、えっと、やっぱり敬語の方が良いですよね?」
その言葉に天翔と悠真はクスクスと笑った。雫は自分が何かオカシイ事を言ったのかと頭をひねる。
「アハハッ、雫さんはそのままでいいんだよ。実際、俺は一般市民で天翔が親友だから協力してるだけだし。」
「は、はぁ。」
適当な会話をしながら歩いていると、天翔の携帯が着信を知らせる音楽を鳴り響かせ始めた。
「天翔、電話が鳴ってるぞ。」
「ああ、分かってるよ。」
携帯のディスプレイを見るとそこには霧島の文字が書いてあった。通話ボタンをタッチして携帯を耳に当てる。
「どうしたんですか、霧島さん?」
『天翔くん!今どこにいるんだ!?』
携帯から聞こえてくる霧島さんの声はかなり慌てているようだった。
「霧島さん、とりあえず落ち着いてください。」
「あ、ああ。すまない。・・・・・それで、天翔くん、今どこにいるんだ?」
「本部の地下エントランスで、悠真のIDを発行したところですけど。」
『良かった。もう本部についていたのか。それならすぐに司令部に来てくれ。本部のサーバが攻撃されてるんだ!』