区切りと時間
「ああ、久しぶり。悠真。」
天翔はそう言って文庫本を鞄にしまった。悠真は近くにいたウウェイターを捕まえて珈琲を一つたのんだ。
「ああ、久しぶり。悠真も連絡通り元気そうで何よりだ。」
「お前大学には行ってないのか?」
「いや、本当は別の目的だけどね。留学扱いであっちの大学に行ってるよ。今は故郷に戻るために休学中さ。」
「なるほど、うまい言い訳だな。」
「だろう?」
俺と悠真はクスクスと笑う。そこへウウェイターが珈琲を悠真の元に置いて行く。
「ところで、なんか俺に用でもあったのか?」
「用と言うわけではないが、天翔、お前結衣に会ったのか?」
「・・・まだだよ。今は会う気になれなくてね。」
「そうか。天翔、お前この後はずっと暇か?」
「?ああ、暇だよ。」
「ならついてきてくれ。」
そして悠真は俺の分の伝票を持ってレジへと歩いて行く。戻ってきた悠真にお礼を言ってから悠真の後に続いてまだ知らぬ場所へと向かった。
向かったのは新宿駅前だった。そこはいくら平日とはいえ、いくらか人通りがあった。その中を悠真は迷わず歩いて行く。そして適当なベンチを見つけて、そこに腰掛けた。俺はその意図が分からなかった。だが、その疑問以上に悠真との日常に俺は意識を置いている。そして悠真は口を開いた。
「天翔、お前、なんで結衣と会わないんだ?」
的確に、俺の中を責めてくる。いつもそうだった。俺が悪いときには悠真は俺を道をただそうと、核心をついてくる。的確に、まとを外さずに。
「お前にもわかんないか?」
「分かるさ。・・・だから、聞いてるんだ。」
悠真はそう言って人垣の中のある方向を指差した。天翔も目線を上げてその方向を見る、そこには私服姿に身を包んだ、どこにでもいる3人の女性の集団が歩いていた。天翔は意識せずにそれを見ていたが、気がついた。
そう、あの中には、俺の知っている人物がいる。知っているなんてものではない。3年前に、単身アメリカへ飛び出してから、ずっと後悔のようなわだかまりを抱えていた。それが今、吹き飛んだような気がした。
悠真は動かない。目の前を歩いていた3人の女性たちも俺達の視線に気づいてこっちを指差している。しかし、天翔は目をそらした。悠真はその視線を受け止めてさらに手を挙げて挨拶しているらしい。女性の中で悠真に気づいたらしい一人がこちらに駆け寄ってくるそれに続き他の女性がこっちに駆け寄ってきたのだろう、複数の足音が聞こえる。そして止まった。
「よぉ、結衣。」
悠真はそう言った。・・・やはりそうかと、天翔も顔を上げた。そこには3年前と比べ物にならないような美少女・・・いや少女と言うには大人びた、端正な顔があった。
「結衣、俺の隣にいるの誰か分かるか?」
「う〜ん・・・悠真の新しい友達?」
俺はそれを受けて微笑んでからベンチから立ち上がった。
「悠真、悪いな。俺これから会議があるから。・・・一応、自己紹介をしてくよ。僕の名前は月城彰です。悠真とはついこの前知り合ったばかりなんです。それじゃ、僕はこれで。」
「おい、かけ・・・「それじゃ。」」
女性陣に軽く会釈をして悠真の言葉をピシャリと遮ってからその場を通り過ぎる。横を通り抜ける際に、後ろの女性2人にも会釈することを忘れない。円滑な人間関係を運ぶにはこうした気配りも必要だ。
「まぁ、全部嘘なんだけどね、ハハッ。」
そう言って天翔はその場を離れた。実際、今ので結衣が気づかないのならそれでいいと思っていた。気づかない方が幸せだと天翔は本心で考えていた。今更自分のようなトラブルと力を身に纏ってしまっている人間と人生を共に歩む必要もない。ここが良い区切りなのだろう。だがそれをつけるために再会すると結衣が俺を思い出してしまう。それならやはりこの辺りがいい打ち止め時だ。天翔はそう言ってからホームに滑り込んできた電車に乗り込み、電車の窓から見える新宿のビル群を焦点の合わない目で見続けた。
天翔なら、結衣を見た時、迷わず話しかけるだろう。そう考えていた。しかし、俺の目の前にある現実は違った。
「悠真、悪いな。俺これから会議があるから。・・・一応、自己紹介をしておきますよ。僕の名前は月城彰す。悠真とはついこの前知り合ったばかりなんです。それじゃ、僕はこれで。」
俺はそれを聞いて、驚いた。心底驚いた。だが、今まで生きてきた中でこいつに驚かされてきたことを考えるとそうでもなかったかもしれない。そう考えた俺は妙に冷静で。天翔が去ってから、結衣に問いつめられた時も言葉がすらすらと出てきた。
「今のは俺の大学の友達でさ。ここで結衣たちがくるまで話相手になってもらってたんだ。」
嘘をつくのは嫌いだ。後から嘘がバレた時自分に戻ってくるからだ。だけど天翔は頭が良い。俺よりも。自分に返ってくるようなヘマはしないだろう。
「そうなんだぁ。・・・・・へぇ〜。」
こいつも、気づかなかったのか。3年前、命を預けて戦場を駆け回った恋人を。心から愛していた恋人を。そう考えると自然に怒りが心の奥底から湧き出てきた。
「なんだよ。」
「もしかして、悠真怒ってる?」
「・・・怒ってねーよ。」
「嘘。」
「お前は!お前は・・・いや、なんでもない。」
俺は鞄をもって立ち上がった。呼び止めて悪かった。そう言って俺は天翔が立ち去った方向と同じ方に向かって足を向けた。