親友との再会
銀行強盗から数日後、引っ越しも完全に終了し、新しい住まいで目を覚ました天翔はカーテンを開けてリビングでインスタント珈琲を入れ、珈琲を飲みながらテレビをつける。ソファにどっかりと腰を下ろし、朝のニュース番組を見ていると携帯が振動した。
「誰だ?」
今はまだ7時過ぎだ。こんな朝から連絡をよこすとは霧島さん辺りが何かあったんだろうか?タッチディスプレイを操作してメールを開くとそこには見慣れた親友である久山悠真の名前があった。
『今日、時間あるか?』
今日はP.J.F.Aの本部に行く予定が午前中にあるだけだ。P.J.F.Aでは仕事がしやすいように俺専用の小さい個室のデスクを作ってくれた。そこにはパソコンが3台あり、1台がP.J.F.Aのサーバと接続し、1台が俺自作のOSを積んでいる。そしてもう1台が俺専用のサーバとして設置している。
「午後ならOKって返事送っておくか。」
メールを送信してからキッチンへ入り、トーストをレンジに突っ込み、お湯を沸かす。出来上がったトーストにジャムを塗って珈琲をもう一杯作り、朝食を食べる。テレビでは先日の銀行強盗のことが未だに流れている。マスコミもこういう特ダネに飛びつきたくなるのはどこの時代でも一緒ということだ。
「さてと、そろそろ出かける準備始めますかね。」
パソコンと適当な文庫本が1冊入っている鞄を肩に下げて家を出た。電車に揺られて本部前に着くと再び携帯が振動した。メールの相手は悠真だ。
『分かった。午後にまた連絡する。』
携帯をポケットにしまって守衛の人に会釈しながらセキュリティを通り抜ける。守衛の人はパソコンの認証画面と俺の顔を見てから大げさに頭を下げていた。慣れないなぁ。思いながら新人らしき人物に今度は手を挙げて通り過ぎる。入りエレベーターに乗って15階を押す。ドアが閉まりそうになるとエレベーターホールに走り込んでくる人影を見つけた。天翔は急いで開閉ボタンを押してドア開けた。駆け込んできた人影は女性二人組だった。片方の女性は服を整えているが、もう一人の彼女は服を直すことでもままならないまま肩で息をしていた。一度は関わる事をやめようとしたが、5階をすぎても息を整えるのに苦労していたので、仕方なく鞄に入れていたペットボトルの水を差し出した。
「大丈夫ですか?・・・これ、飲みかけで申し訳ないんですけど。」
一口ほど飲んでいたペットボトルの水を女性に渡すのは気が引けたが、相手が断ればそれでいいと思った。
「す、すいませんっ!」
勢い良く頭を下げてから彼女は俺の手からペットボトルを奪って行った。横に痛もう一人の女性はそれを見ているだけだった。そしてピンポーンと軽快な音がなってドアが開いた。どうやら騒いでるうちに15階に着いたようだ。
「・・・俺はここで失礼します。」
会釈をしてからエレベーターを出る。外から開閉ボタンを押す。すると後ろの方で「ま、まって・・・!」と聞こえたが後の祭りだ。俺はさっさと逃げさせてもらおう。そして天翔はそのまま自分のデスクがある部屋に入って行った。
その頃さっきのエレベーターでは———
「ねぇねぇ、歩美ちゃん。やっぱりさっきのって誰だろう?ココの人かな?」
歩美と呼ばれた女性は呆れた顔をしながら頷いた。
「ええ、そうでしょうね。それより、雫はなんで挨拶しなかったのよ。」
「う、うん。そうだけど、さっきはそれどころじゃなかったでしょっ。だいたい歩美ちゃんこそ!」
「私は良いのよ。それにしても初対面の人に飲み物貰うってどうなのよ。しかもそれ飲みかけだったんじゃないの?」
「う、ううっ!それを言わないでぇ。」
天翔は15階のオフィスに入るとそこには25畳ほどの部屋に大きな机が窓際に一つと、入り口に入ってすぐの所に小さめの机が一つ、真ん中に接待用の机とソファが置いてあった。大きな机にはディスプレイが5つあった。3つセットで一台に繋がれているPC、他は1つ1台のようだ。すると入ってきたばかりのドアからノックが聞こえた。
「はい。」
「失礼するよ。」
入ってきたのは霧島さんだった。そして霧島さんは部屋を見回すと首を傾げた。
「もう一人はどうしたんだ?」
「もう一人?」
「ああ、君にはまぁスケジュールなどのヘルパーというか、簡単に言うと秘書が着く事になっているんだ。異例だが、君は我々の組織の人間ではないことになっているんだ。」
「それは知ってましたよ。たしか一般的にはセキュリティ会社の幹部ってことですよね。」
「そうだ。ジェリール社という大手セキュリティ企業が存在している。そこの社員ということになっている。それに社長や他の幹部などには話を通している。これが社員証だ。」
「了解です。」
「つまり君は少佐は少佐でも、特務少佐と言う事だ。権限が多いしね。あと秘書の件だが、多少なりともハード面での技術がある人を1名招集しておいた。スケジュール管理も任せていい。」
「分かりました。それで、その人は?」
「いや、今日は平日だからな。10時までにここにくるように行っておいたんだが。・・・あっ、そうだ。要望通り、そろえておいたぞ。あそこが君のデスクだ。好きに使ってくれていいよ。ディスプレイが3台繋がっているものは君が自作のOSを積むんだろう?他の2台は君の自宅サーバ。P.J.F.Aのサーバに接続されている。」
「ありがとうございます。」
「なに、これで結局得をするのは我々上だからね。これくらいの前払いはするさ。」
そう言って霧島さんは苦笑いをした。するとドアから再びコンコンと音が聞こえた。霧島さんが俺の方を見てからドアを開けた。そこには先ほどエレベーターで水を上げた女性だった。
「遅れてすみません!」
ドアを開けた途端凄まじい勢いで頭を下げた。それから声をできるだけ大きくしたような声で自己紹介を始めた。
「今日から碓氷少佐のスケジュール管理兼技術サポートをすることになった北山 雫一等兵です!」
再び勢いよく礼。それを見て俺はクスッと笑ってしまった。
「天翔くんが笑うなんて珍しいね。」
「そうですか?結構笑うようになったと思うんですけど。」
すると今まで上司に放置されていた雫は「あ、あのっ」と声を発した。
「えっと、碓氷少佐はいないんですか?」
「・・・」
「いや、あのね・・・」
俺は黙っていたら霧島さんは苦笑いをしている。そろそろ助け舟を出すか、そう考えて天翔は口を開いた。
「俺が碓氷天翔少佐だ。さっきは大丈夫だった?」
天翔が自己紹介をしてから手を差し出すと彼女は「えっ!」と慌てた声を出してから手を握ってきた。
「こ、こちらが碓氷少佐ですか?」
霧島に確認すると霧島が大きく頷いた。それを見た彼女は顔を青ざめて手を強く握ってきた。
「ほ、本当にすみません!遅刻をしてしまって!それにエレベーターの時も!」
「別にいいよ。さっきは俺も君がここで降りるのを知らなかったからドア閉じちゃったしね。・・・それより、これからよろしく。」
そうやってできるだけの笑顔で微笑みかけた。
「は、はぃ。」
「やれやれ、君も相当のお人好しだな。」
「俺は権力はあるけど、それをおおっぴらに使う勇気も度胸もありませんよ。」
「フフっ、そうだったな。では、私も公務に戻るとしよう。あとはよろしく頼むよ。」
「はい、分かりました。」
バタンっと霧島さんが出て行くと先ほどまで小さめに感じていたオフィスが広く感じられた。やはり貫禄がある人は違うようだ。そう考えて天翔は室内を眺めた。そして目を少し自分より下に戻すと彼女はきょろきょろと部屋を見たり、俺の顔を見たりしている。
「まぁ、俺も日本に帰ってきて1週間も立ってないんだ。よろしく頼むよ。」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。」
「君・・・って言うのは無愛想かな?」
そう言いながら天翔は自分の大きなデスクに腰掛けた。そして手で雫に椅子に座るように進めた。
「い、いえ。別に構いませんけど・・・。」
「なら雫・・・でどうかな?慣れ慣れしいかな?」
雫は顔を真っ赤に染めて首を大きく振った。
「い、いえ!そ、それでお願いします。」
最後は消えるように聞こえた。そして自己紹介を始める事にした。碓氷は自分のデスクで北山雫のデータをデータベースから引っ張りだして一つのディスプレイに表示していた。そして雫は自分のデスクに座ってこちら側を向いて座っていた。
「失礼なことを聞くけどいいかな?」
「はい、大丈夫です。」
「雫の年齢と簡単な経歴は?」
「私は去年防衛省に入ったばかりの新人で、年齢は19歳です。」
「へぇ、俺より一つ下か。」
「は、はい。でも碓氷さ・・・し、失礼しました!」
雫は席を立って再び頭を下げた。何をこんなに怯えるのだろうか天翔には理解できない行動だ。
「気にしなくて良い。いちいち少佐って呼ばれるのも疲れるんだよ。だからここでは最低限の上下関係で良いよっ・・・ていうかそうしてくれるかな?」
「ありがとうございますっ。・・・う、碓氷さん。」
その言葉に俺は微笑んだ。
それから天翔は自分のデスクでPCの調整、雫は自分の机で天翔にかかってくる電話の応対とスケジュールのメモを取っていた。そして時刻が12時になり、天翔は席を立った。それに気づいた雫が近寄ってきた。
「どうしたんですか?」
「ごめん、今日は午後からちょっと私用があるんだ。」
「分かりました。でも明日の10時に内閣情報調査室の黒田氏から呼び出しが来ています。」
「う〜ん、黒田さん。・・・知らないな。分かった。明日は定例通りに9時に出勤してきてくれるかな。」
「はい、分かりました。お疲れさまでした。」
「うん、お疲れさま。何かあったらこのメールアドレスに連絡してね。」
「え、ええ!こ、これって碓氷さんのアドレスですか!?」
「あ、あ〜。違うよ。これは仕事用の一つでね。・・・でも知りたいなら今度教えるよ。約束に間に合わなくなるから、それじゃ!」
そう言って天翔は自分のオフィスを出た。電車を乗り継ぎ、悠真が指定してきたカフェに入る。悠真を探すが、どうやらいないようだ。奥の席を取り、鞄の中から読みかけの文庫本を取り出す。しかし、思考は文庫本ではなく別なことに向かっていた。新しくサポート人員としてきた北山雫のことだ。まだ幼さを残した顔だちの少女がなぜ俺の部下としてまわされてきたのか。しかし、思考はまったく回らない。カランカランという音とともに久山悠真が入ってきた。
「久しぶり、顔を合わすのは3年ぶりだな、天翔。」