気づかぬ所に、それはある。
その1週間後、成田空港にアメリカ国防長官が来日した。天翔は空港の屋上からそれを見ていた。一歩下がった所に雫がいる。
「雫、長官との打ち合わせ用意は?」
「成田空港から大使館への道すがら、車での打ち合わせを予定しています。」
「分かった。・・・・・行こうか。」
「はい。」
屋上から階段で降りる間も、雫は俺の後ろをついてくる。一階のVIP出口前へと出るとシークレットサービス達が出口を厳重にガードしていた。そして俺と雫が近づくと、その中の二人が俺達の前へと立ちはだかった。
「・・・・・なんのようだ。ここは立ち入り禁止のはずだが?」
「・・・チーム『ハイド』だ。」
「・・・・・」
黒服の男達はその名前を聞いてから渋々俺達を黙認するようだった。黒服が認めたこのコードは内閣総理大臣から発行されたコードだ。よって米国国防長官には直接の形で連絡が行っている。総理曰く、俺達は敵の手をかいくぐり、潜み、中の繋がりから破壊していく役目を担っているらしいからだ。
「皮肉かよ。」
「・・・・・」
俺の独り言は雫には聞こえていなかったようで、雫は携帯端末を操作している。
「長官、お待ちしておりました。」
黒服の声を聞き、俺と雫は顔を上げた。
出入り口にはすでに黒服で周囲を固められた国防長官が立っている。天翔が長官を見つめていると彼は気づいたようで、こちらに手を挙げて和やかに笑顔を綻ばした。長官は黒服を押しのけて天翔の前に歩いてくる。
「やぁ、ミスター・カケル!久しぶりじゃないか!」
「お久しぶりです、ルイス長官。」
「そんなに堅くなくていいのに。君は何回言っても変わらないじゃないか。前にロスあったハッキングカンファレンスでもそうだった。」
「あれは長官が飛び入り参加するから周りがビビってましたよ。いつ俺たちを告発する気かって。」
「ハハハッ!そんな事する分けないじゃないか!我らの国は君のようなハッカーがいるから成り立っているのさ。」
天翔と長官が談笑し始めて雫とシークレットサービスは完全に呆然としていた。
「ち、長官。そろそろ大使館へ向かうお時間ですが・・・・・」
「あぁ、そんな時間かね。分かったよ。ではカケル、行こうか。」
「はい。」
そして俺は長官がリムジンへと乗り込むのを見届けてから隣の席へと座る。
「失礼します。」
「君はいつまでたっても堅苦しいな、カケル。」
「これでもかなり崩していますよ、長官。」
「そうかね。私は君を友人のように思っているぞ。ハハハ!」
「光栄です。」
雫は運転席へと座る。シークレットサービスはどうすればいいのか分からず狼狽する。
「ち、長官!我々はどうすれば・・・・・」
「君たちは車の誘導と後ろの警護を頼むよ。」
「ハッ、了解しました!」
窓を完全に締めると、長官は雫の方へと顔を向ける。
「お嬢さん、先ほどは突然君の上官と話し始めてすまなかった。」
「い、いえ。」
「私はルイス=ハレヴィー、米国国防長官の任についている。今回はよろしく頼むよ、お嬢さん。」
「はっ、ハイ!・・・・北山 雫一等兵です。碓氷天翔少佐の補佐を務めております。」
「君がミズ・シズクだったのか。カケルから話は聞いているよ、優秀らしいじゃないか。今回の警護はかなり厳重だね。」
「念のためですよ、長官。」
「いや、日本が君・・・カケルを公の場に担ぎだしたということは本気なんだろう。君は日本の秘密兵器とでも言うべき存在だからな。米国にいたときも君はFBIの監視をいとも簡単に躱してみせた。FBIとCIAの顔は丸つぶれだったよ。」
そう言って楽しそうに笑う。雫は車を運転しながらもカケルという人物に再び思考を巡らせていた。彼はいったい何者なんだろうか。普通に留学するだけでは国防長官と友人になれるわけがない。
—————彼は、『謎』なのだ。———−—————
しばらく車を走らせると、米国大使館の前に到着した。
「長官、これからは打ち合わせ通りに。」
「あぁ、君のやり方はすでに分かっている。連絡は暗号化された特設回線でしようじゃないか。」
そう言って楽しそうに黒い携帯をちらっと懐から見せてくる。それを見て天翔もうっすらと笑みを浮かべる。
雫がリムジンを駐車してくるのを待ち、俺達はP.J.F.A本部へと戻った。
「無事、長官を大使館までお送りしました。」
「あぁ、お疲れさま。」
本部の司令部に入ると霧島さんが迎えてくれた。本部は今回の事案を重く受け止めているらしく、がやがやと様々なファイルや情報が行き交っている。
「本部はやけにこの案件を重要に考えているんですね。」
「それはそうだ。久山総理が直々に対談するのもそうだが、今回は国家安全保障条約についての議題があるしね。ここで国防長官を・・・・・なんてやからは国内外に少なからずいるだろうさ。」
「なるほど。」
霧島さんが離れたのを確認してから雫が「そういえば」と声を出す。
「どうした?」
「いえ、少佐。先ほど長官が言ってらした特別回線というのは・・・・・」
「あぁ、それはね。・・・」
途中で言いかけて天翔は天井を指差す。
「?」
「つまり、米国のスパイ衛星を使って暗号通信するんだよ。」
「えっ!?!?」
米国のスパイ衛星群は今や数えきれないほどに増殖し、地球全土を監視することも可能だと言われている。しかしそのネットワークは未だに謎につつまれ、どんなウィザード級ハッカーだとしても侵入することが証明されているため、皮肉を混めて『Break NET』と呼ばれている
「で、でも。Break NETは誰一人として侵入が不可能と・・・・」
「宇宙に上がってしまえばね。だから『俺達』は打ち上げられる前の人工衛星のシステムに侵入し、ウィルスを仕込んだ。そして俺達はBreak NETに独立回線が作られている。それはBreak NETを影から浸食し、今では世界でどこにいても接続することができる。名付けて『Shadow NET』。これを知っている者は少ない。」
「で、でも。長官は・・・・・」
「長官は俺を告発しない。いや、できない。俺を告発すればβ NETにいる奴らがShadow NETがBreak NETを飲み込み、破壊する。それは俺が死んでも同じだ。」
『β NET』
それがいつ生まれたのか、どこで生まれたのか。それは誰にも分からない。気づいたらそこにあったし、世界に存在していた。そこには世界を破壊しかねない一級犯罪者たちがむさぼっている。しかし、そこにいる人間は道ばたにいるような犯罪者ではない。一人一人が自分の美学を持ち、自分の行動理念だけに従い、犯罪をおこす。
雫はネットワークに関わる防衛省の人間として知っていた。そしてP.J.F.Aに配属されるとき、限られた情報を見ていると、司令官である霧島裕也が「彼はβ NETで唯一現実で我々が連絡を取れる協力者だ。そしてβ NET史上最強の犯罪者だ。」と語っていた。
「・・・・・く、・・・ずく、雫っ」
「は、はいっ!・・・・・・なんでしょうか?」
「話、聞いてた?」
「す、すいません。ちょっと考え事を・・・」
「そっか、大丈夫だよ。・・・今から長官と連絡を取るよ。時間、大丈夫?」
「わ、分かりました!問題ありません。」
「ん。じゃ、行こうか。」
そう言って天翔と雫は本部の正面玄関から煌びやかな夜の町へと歩き始めた。