文化祭 2日目 中編
カフェを出る際、ちゃっかり西蓮寺さんの分の支払いも済ませた。おそらく今頃気づいたのだろう。ポケットからイヤホンを取り出し耳にかけ、ダイヤルボタンを押す。回線が繋がると悠真とグリムが慌てた声で会話をしていた。
「悠真さん、そこから左前方200メートルっす!」
「分かりました!」
「グリム、どうした?」
「あっ!やっと戻って来たっすね!遅いっすよ。」
「悪い、悠真も慌ててるみたいだし、何かあったのか?」
「顔認証に引っかかったので顔を確認してみたら、エドワード=バレリーっすよ!」
「エドワード?」
「えぇ、DoF(Desaizu Otoriru Function)の総帥。エドワード=バレリーです。今大学メインロードを第一校舎に向かって直進中っす。」
「分かった、俺も今からそっちに向かう!悠真!深追いするなよ!」
「あぁ、分かってるさ。」
メイン通りに行くとたくさんの人々がバックミュージックの中で声を張り上げながら屋台やベンチで会話をしている。その中を俺は早足であるいて行く。
「くそ、どこだ悠真。いないぞ。」
「天翔、今スリーサイドステージの前をツーサイドステージの方へ歩いてる。今どこだ。」
「今はメインストリートからツーサイドステージの方向に向かって歩いてる。」
ということはもうすぐで交錯するはずだ。俺はスマートフォンを取り出し自作アプリを起動する。アプリは俺の命令通りに動きだし光を散らしながら大学内の地図を画面に開いた。小さい点が何個も点滅している。その中の一つ、メインストリートのツースサイドステージの近くにある点をタッチする。
点が拡大され、画面はグリッドに吸い込まれて行く。そして数秒後画面には地上4メートル上空からの画面が映し出された。そしてそこには自分が写っていた。
そう、これは大学内セキュリティ監視カメラの映像だ。大学内のセキュリティシステムに大学が始まる前にSeepeTrak.exeを注入し、システムを完全に掌握している。
「どこだ、どこにいる。どこにいるんだエド!」
カメラを幾度と回転、乗り換えしてもそこにエドワードを見つける事はできない。俺は自然と周囲を気にせずグリッドの中へ潜り・・・潜って行った。
「やぁ・・・・・・久しぶりだね。カイン。」
とても、低い。しかしスッと脳に響いてくるような声だった。
「この・・・・・・・・・声は・・・・・・・・」
ゆっくりと、ゆっくりと後ろを振り向く。そこには、自分と同じくらいの背丈の男が立っていた。年は20代後半。目立つ所と言えば、髪が銀色、目が深い青に染まっている。
天翔は通話相手に気づかれないようにイヤホンを耳からとり、電源をオフにした。
「・・・・・エド、どうして、おまえがここに。」
「いやぁ、アメリカの方も落ち着いたじゃないか。それで少しばかり過去の友人にあいに行こうと思ってね。・・・元気だったかい、カイン。」
「あぁ。おかげさまでな。昨日はお前の所のリーダーが来て軍がびくびくしてたぞ。」
「それはごめんよ。あの子には釘を刺しておいたさ。・・・僕たちの組織についてはβ NETからの情報提供もあるんだろう?」
「あぁ、デサイズは組織の一部。正式名称はDoF(Desaizu Otoriru Fnction)。遊撃・情報戦部隊としてのデサイズ、攻撃部隊としてのオートリル、防衛部隊としてのファンクション。これら3つのことをまとめて指す。β NET BLACK LISTでもトップ10ではいつも名前を見るよ。」
「うんうん、君たちもよく調べてる。でもβ NETの奴らも『例の事件』の真相はしらないだろう?・・・君を除いて。それとも情報提供者として入れたのかな?」
「いや、いれてないさ。」
「そうかい。ところで、『カインの巫女』が見えなんだが。どこにいるんだい?」
「あいつは死んだ。」
「・・・なんだって?」
俺の言葉にエドは怪訝な表情を浮かべて正面を向いた。
「お前がカインの巫女と呼んでいる春本 沙紀は3年前の事件で・・・死んだんだ。」
「誰だ、殺したやつは。」
「佐上悠斗。3年前に核を日本に持ち込んだテロリスト集団の幹部だ。」
「・・・・もちろん殺したんだろうな?」
「あぁ。」
この男、エドワード・バレリーは俺達がアメリカでの事件に遭遇したとき、俺達の敵だった。そして今も。だがエドは俺の事をカインと呼び、沙紀をカインの巫女と呼んでいた。その意味は俺には分からない。そしてエドは沙紀と言う人物に酷く興味を持っていた。なぜ、そこまで沙紀に興味を持っていたのかは俺にも分からない。
そのため、俺はどうしてそうなったのかをエドに説明した。するとエドは「そうか。」と言って片手を上げた。すると周りの雑踏の中から男と女、あわせて3人ほどの人影が突然現れた。
「・・・・・」
天翔は黙って腰に手を伸ばす。それを見たエドは苦笑いをこぼす。
「今日はカインに謝罪をしにきただけなんだ。だから、僕たちはこのまま帰るよ。」
「そうか。最後に質問してもいいか?」
そう言っても俺は腰から手を離さない。周りにいる男たちも腰に手をかけている。
「答えられる事なら。」
「俺とお前は敵か?」
「違うさ。僕は君を見届けるためにきた。」
「・・・なに?」
「僕たちが追ってる『特異点』は、君のそばに現れる。」
「とくい・・・てん?」
「ああ、そうだ。」
エドは携帯端末を取り出し、操作した。次の瞬間俺のポケットに入っていた端末が音を鳴らし始める。取り出してみると目の前にいるエドからのメールだった。メールの内容は一つのURLのみだった。
「これは?」
「カインの巫女・・・・おそらく彼女が死んだときに僕のサーヴァに送られてきたURLだ。そのサーヴァは特殊使用らしくてね。アクセスするパスワードで中身がごっそり入れ代わるらしいのさ。僕たちの情報部を使っても解けなかったロジックだ。」
「そしたらパスワードは無数にあるのか?」
「いや、どうやらURLが配布された人物の縁ある場所、または持ち物。それがネットにあるのか、リアルにあるのか。それは本人にしか分からない。・・・僕は偶然見つけられたよ。・・・君も時間があるときに見てみるべきだ。」
「・・・・沙紀。」
「それじゃ、僕は帰るよ。せっかくの学園祭で君の仲間を巻き込んでしまってすまなかった。用があったのは君だけだったんだ。それじゃ。」
そう言い残すとエドと数人の部下は正面玄関から出て行った。イヤホンを取りだし、通話を再開する。するとすぐにグリムの声が飛び込んできた。
「碓氷さん、大丈夫っすか!?」
「あぁ、カメラで見てたんだろう?」
「えぇ、見てました。でもまさかDoF総帥が出てくるとは思いもしませんでしたよ。」
「確かにな。俺もさすがに驚いたよ。悠真、『基地』に戻ってこい。」
「分かった。」
俺と悠真はグリムのいる『基地』ことワンボックスカーに戻った。グリムは壁に備え付けてあるデスクトップPCをのキーをタッチしていた。
「小坂、今日のミッションは終了だ。収穫がなくて残念だったが、今日の分の料金は口座に振り込んでおいた。」
「おっけーすよ。また御用がおありでしたらぜひ!」
そう言って小坂は車を発進させていった。残ったのは俺と悠真だけだ。
「今回の件、どうする気だ?」
「エドが言ってた事をすべて信じる訳じゃないけど、おそらく本気だよ。昨日の偵察はあいつの部下が勝手にしたんだと思う。」
「そうか。・・・おまえがそう考えるならそれでいい。」
「・・・ありがとう。」
「礼はいらない。・・・天翔、お前の携帯鳴ってるぞ。」
「ん?」
悠真に言われた通りポケットの中では携帯が鳴動していた。ディスプレイを見てみると美優からの電話だ。
「もしもし、どうした?」
「どうしたじゃないよ!あと30分で出番なのに今どこにいるんだよ!」
「・・・・・・・・あっ」
時計を確認すると時刻はすでに午後3時だ。俺達のステージは2日目最後なので3時30分からだ。
「すまん、今メインストリートのはずれにいるんだ。10分もかからずに向かうよ。」
「ん、分かった。」
「・・・悪いな、悠真。バンドの時間だ。この話はまた後でしよう。」
「あぁ、分かったよ。REAL BLUEの名前が出てるのもそうだが、それなりに人が来るからな。」
「そうなのか?運営側で把握してる人数は?」
「用意したチケットは560枚が完売。」
「・・・それは、すごいな。」
「それ+遠目に視聴をあわせると、まぁ600人はいくだろうな。」
「結衣、雫さん、碧、遥香さん、西蓮寺会長にはもちろんチケットが行き渡ってるから。覚悟しとけよ。」
「あー、うん。了解。」
「じゃ、楽しみに待ってるよ。」
そう言って悠真はメインストリートの雑踏の中に消えて行った。