若返りの薬
ここは小高い丘の上にある有名なとある研究室である。
「若返りの薬はできたかね」
恰幅の良さとお腹の出具合、いかにもお金持ちらしいA氏はこれまた神経質そうで頭も寂しい、いかにも研究者らしいB博士に問い詰めた。
その語気は少し強めだ。
なぜなら、A氏がB博士に研究費という名の金銭の提供の開始はもう2年も前の話だからだ。
「もう待ってられんぞ。早くしないともう投資はしないからな」
「まあまあ、待ってくださいよ。あと数分で世紀の発明ですから」
いきり立つA氏をB博士はなだめた。
風貌と性格は一致しないということはこういうことだ。
そんな事をしている間にポンと音がしたと思うとB博士の研究室の隅で何か煙が立ち込めている。
なんだ、と呟くA氏をよそにB博士は煙の中に入り、何かを持ってきた。
B博士の手のひらには小さな飴が3つほどあった。
「これが若返りの薬かね」
と気分が高揚しているA氏をよそにB博士はそのなかの一粒をB博士の近くで寝そべっているB博士の飼い犬の口の中に放り込んだ。
その瞬間、犬は死んだように倒れてしまった。
「なんだ、いったいこれは」
A氏は慌てふためいた。
「大丈夫です。こいつは仮死状態になっているだけです。これから50年間は」
B博士は冷静だった。
「どういうことだ」
「この薬は人や動物を50年間仮死状態にする薬なんです。その人の姿形は変わらずにです」
B博士の説明にA氏は憤慨した。
「約束が違うじゃないか。誰も仮死状態にはなりたいとは言っていない。若返りの薬はどうした」
怒るA氏にB博士は申し訳なさそうに言った。
「今の倫理社会ではそういうものを作っちゃいけない暗黙の了解があるんです。もし、若返りの薬なんかが出来れば、生まれ続けるのに死なないままの人口で餓死者がいっぱい出ます。妥協として、こんなものなんです」
B博士は自信たっぷりに言った。
「そういうものなのかな」
A氏は急におとなしくなった。
「これでいいじゃないですか。50年後は同じ姿形でもっと便利な社会に戻れますから」
と言ったB博士は飴を口の中に放り込み、死んだように倒れてしまった。
A氏もそれに続くように口の中に放り込み、死んだように倒れてしまった。
一週間後、2人と1匹の「遺体」は火葬されてしまいました、とさ。