優しさ
男に父と母を奪われた。
私は部屋の隅っこで見つからないように縮こまりながら、その様子を呆然と眺めていた。
あまりの恐ろしさで氷のように身体が凍りつき、まるで金縛りにでもあっているよう。
ただ覚えているのは、この世とも思えないギラギラとした目をした人間と、その人間を染めている深紅の液体。
そして、その液体の上に寝そべる二つの物体。
声を出すこともできず、ひらすら身動きをせずに静かにその行為を眺めていた。
もしあのときに身動きしていたら私もどうなっていたかわからない。
その液体がなんなのか、そしてその二つの物体がなんなのかを理解するには、5歳の私はあまりにも幼く、未熟でした。
あの事件から10年。
10年という月日が経ち、その事件を口にする人もいなくなった。
ただ、地元の人達はその事件を忘れられないのだろうか、私を見るとひどく哀れんでいるような目で見てくる。
私は親戚の家に引き取られ、その親戚にも腫れ物に触らないような態度をとられながら育っていった。
犯人はまだ捕まっていないらしい。
目を閉じると毎回脳裏に浮かぶのはあの光景。
でも、何回思い出そうとしても思い出せないあの犯人の顔。
男なのか女なのかも分からない。
ただ、覚えているのはあのギラギラした目と…。
警察から質問されても、まだ5歳だった私は何も話すことができず。
その事件は迷宮化したのだった。
「教室で待っているからな。」
私にも2歳年上の恋人ができ、両親からの愛情を満足に貰うことができなかった私は、彼にすがりつくように毎日一緒に過ごすようになった。
一緒に登下校することは日課。
帰りが遅いときには教室で待ってくれている。
毎日毎日とても大切にしてくれた彼に、私は依存するようになった。
彼なしではもう生きることはできないと思う。
そう思えるほどに。
そして私はもうあの時の記憶に蓋をしようと決意した。
このことを引きずっていては、彼を愛していても彼に迷惑をかけるだけと思ったから。
それでも、いくら必死に忘れようとしても彼といるときに必ず思い出しまう。
なんで?思い出したくないのに…。
幸せなひと時でも頭に浮かぶのはあの時の出来事。
そんな苦悩と戦っていると、ある日彼に公園に呼び出された。
待ち合わせの15分前に公園に着いた私。
彼はまだ来ていないよう。
ちょっと早かったかな?
そう思いながら公園を見回す。
公園には綺麗な桜が咲いていて、彼を待っている間私は桜に魅了されずっと眺めていた。
背後から近づいてくる人影にも気付かず…。
その人影は私の肩にそっと手をのせてきて、私は突然の出来事に体が強張ってしまい動くことができなかった。
そう、まるであの時のように。
もしかしたら彼かも…と思いましたが、雰囲気が違いすぎる。
そしてその人影はあることを囁いてきた。
その言葉を聞いた後の記憶はない。
気がついたら私は人影の上に乗り、首を絞めていた。
あの時に見た物体のように。
死体の顔を見ることが出来ず、困った私は死体を木の陰に隠して慌てて家からシャベルをとってきた。
自分でもこんな恐ろしいことをするだなんて思いたくなかった。
シャベルで穴を掘り、地に埋める。
そんなことをしている自分に嫌悪感が襲ってくる。
それでも、その物体を許すことなんてできない。
そして、彼にメールをし公園を後にした。
『行けなくてごめんなさい。』
次の日の朝、彼はいつものように姿をあらわした。
彼は何も言わず、学校とは正反対の方向へ向かう。
「え?学校は!?」
驚いて彼に言う私に、彼は黙って私の手を引っ張っていく。
そして着いたのは学校ではなく、彼の家。
尚も手を引いて自分の部屋に招きいれる彼。
私はわけがわからず、初めて彼の家に入ったにも関わらず彼から目が離せられないでいた。
「これを見てほしいんだ。」
彼から渡された2枚の写真。
1枚は私と彼のデートで撮った写真。
幸せそうに笑っている彼と私。
その時のことを思い出し、心がほっこりとあたたかくなる。
そして、もう1枚には…。
彼が2人。
私は驚きのあまり声がでなかった。
そう、なんと彼は双子だったのだ。
そして彼は全てを話してくれた。
私の両親が彼の両親に借金を背負わせ、借金とりに殺されたこと。
私の両親を殺したのは私の恋人であったっこと。
私の両親を殺したときに私に恋をしてしまったこと。
そして、私の顔を見るたびに罪悪感が大きくなり、耐え切れなくなって私に打ち上げたこと。
『君の両親を殺したのは僕だよ。』
彼を愛していたのは事実。
犯人を憎んでいたのも事実。
でも、私の両親がそんなことをしただなんて…。
私は信じたくなかった。
でも、これまでに起こったことも、目の前にいる彼も全て事実。
それでも私は全てを受け止めることが出来なかった。
それからもう一人の彼は言った。
「彼は殺されてもしょうがなかったよ。自分の過ちを自分自身で返しただけ。君は何も気にしなくてもいい。今日、君を迎えに行ったのは君の顔から笑顔がなくなるのが嫌だから、君が空っぽな顔をするのが嫌だからって彼から頼まれたんだ。」
彼はやわらかく微笑む。
私はただただ泣くしかなくて、自分のしたあやまちを悔いたのだった。
そして、彼を桜の木の下に埋めた時から心が空っぽになっていた私の目には水が溢れていた。
一番つらいのはきっと、彼らのほうなのに。
私は彼らの強さによって自分の弱さを身にしみた。
私は一生その罪を背負わなければならない。
大好きな人はもういない。
彼を殺した日、私は自分に嘘だと言い続けた。
彼だなんて思いたくない。
彼がそんなことするはずがない。
死体の顔を見なくても分かるに決まっている。
私の愛した人の身体、匂い、雰囲気を分からないわけがない。
それでも、私は全てを理解するにはやっぱり幼く未熟なだけじゃなくて中身ができてないただの子供。
私が両親に殺された日に見た人間は確かに男か女かはわからなかった。
でも、小さな人間だったということは覚えていたのだった。
あれからあの公園によく行くようになった。
彼のお墓にお参りをして、話しをして、春になるともう一人の彼とお花見。
たくさんの桜を見てきたけど、やっぱりこの桜がこの公園の中で一番綺麗。
高校のときに作った即興短編を少しかえてみました。
誤字脱字あったら申し訳ないです。
悲恋を思い描いていたけども、これは悲恋…なのか?w