ネズミ姫はいらないと婚約破棄されました
「お前のような、動物になるしか能がない『獣変身魔法』の女など、我が国の王妃に相応しくない! 婚約を破棄だ!国外へ追放する!」
きらびやかな夜会の席。
婚約者である第一王子・レナードの罵声が響き渡った。
そして会場からは、どっと笑いが巻き起こる。
私の名はエルサ。
あらゆる獣の姿になれる『変身魔法』の使い手だ。
しかし、この国では「変身魔法=使い捨てのスパイの魔法」と見做され、宮廷では完全に無能扱いされていた。
レナード王子の隣では、新しい婚約者だという派手な公爵令嬢がクスクスと私を笑っている。
「レナード殿下、本当に後悔なさいませんか? 私の変身魔法は、そこらの小動物とはわけが違うのですが」
私が静かに問いかけると、レナードは鼻で笑った。
「フン! 負け惜しみを! お前のようなトカゲやネズミにしかなれない女が、何ができるというのだ! さあ、今すぐこの国から失せろ!」
「……分かりました。そこまで仰るなら、足跡だけを残し、全力で去らせていただきます」
私は深く一礼し、ドレスを翻して夜会会場の外へと飛び出した。
会場のバルコニーから、レナードや客たちが嘲笑しながら私を見下ろしている。
私は王城の中庭の真ん中で立ち止まり、冷たい笑みを浮かべた。
「あのバカ王子、私の魔法を『普通の動物限定』だと勘違いしていたみたいね。……『獣』の定義を舐めないで、私が見下ろす番よ!」
私が変身できるのは、現存する動物だけではない。巨大モンスターだって含まれるのだ。
「ーー変身。『アスピドケローネ』」
ドゴォォォォォン!!!
王都の夜空を、凄まじい地響きが引き裂いた。
私の肉体が、ドレスを引き破り、一瞬にして膨れ上がる。
十メートル、百メートル、いや、数キロメートル。
私の姿は、背中に森や島を乗せるほどの大怪獣、伝説の島鯨『アスピドケローネ』へと変化した。
城を見下ろすどころではない。私の足元に、王城が、そして王都の街並みが小さく転がっている。
「な、ななな、なんだあの怪物はァァーッ!?」
バルコニーで、豆粒みたいなレナード王子が腰を抜かして悲鳴を上げているのが見えた。
私は容赦なく、巨大な足をドスンと一歩、踏み出した。
ズガガガガガガシャーーーン!!!
たった一歩で、王城の半分と、王都のきらびやかな街並みがペシャンコに踏み潰される。
「まるで貴族がゴミのようだわ」
王族も貴族も、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
「さようなら、バカ王子。せいぜい瓦礫の街で威張り散らして暮らすことね」
ひとしきり王都を踏み荒らし、足跡だらけにし満足した私は、彼らが反撃の魔法を準備する前に、即座に姿を変えた。
「ーー変身。『フクロウ』」
巨体が消え、一羽の小さな白いフクロウになる。
夜の闇に紛れてしまえば、誰も私を見つけることはできない。
私は音もなく羽ばたき、国境を越え、遥か遠くの深い森へと一気に逃げ延びた。
◇
アスピドケローネに変身したから服は跡形もなく破れ、真っ裸。
さすがに森で裸族は無理無理。
私は半人半獣の毛に覆われた『キャットウーマン』の姿に変身して、野生の暮らしを満喫していた。
「にゃ〜。やっぱり野生の暮らしは最高だわ。お腹が空いたら魚を捕って、眠くなったら木の上で寝る。ドレスもマナーも必要ないもの」
頭には可愛い猫耳、お尻にはしなやかな尻尾。
身体能力は野生の豹並み。まさに自由気まま。
……だったのだが。
カシャン。
「にゃっ!?」
お気に入りの川辺を歩いていた時、茂みに隠されていた鋼鉄の罠を思いっきり踏んづけてしまった。
野生に馴染みすぎて、人間の仕掛けた罠への警戒を完全に忘れていたのだ。
「いたた……。外れないにゃ。変身して小さくなれば……って、罠が肉に食い込んでて上手く魔力が練れない!?」
運悪く、それは魔力を妨害する魔物用の捕獲罠だった。
身動きが取れなくなった私は、タイミング悪く現れた隣国「ライザ帝国」の毛皮商人に捕まってしまった。
「おい見ろ、珍しい獣人だぞ!」
「これは高く売れるぞ!」
こうして私はオリに入れられ、見世物として隣国の王宮へと連行されてしまったのだ。
◇
「ーーほう。これが我が国に紛れ込んでいた、珍しい野生の獣人か」
帝国の謁見の間。
金色に輝く玉座に座る、冷酷無比と噂される若き竜帝・アルベルト陛下が、檻の中の私を見下ろした。
私は檻の隅でフーーッ!と毛を逆立て、威嚇する。
「近づくにゃ! 噛み付くぞ!」
「ふっ、威勢がいいな。だが、私を恐れていない。……気に入った」
アルベルト陛下は立ち上がり、なんと自ら檻を開けて私を抱き上げた。
鋭い爪で引っ掻こうとしたが、陛下の強靭な腕に包まれ、なぜか不思議な心地よさに身体の力が抜けてしまう。
陛下は私の猫耳の付け根を、絶妙な指つきで、優しくリズミカルに撫で始めた。
「にゃ、にゃあ……? ちょっ、そこは……うにゃああ……ん」
気がつけば、ゴロゴロと喉を鳴らして陛下の胸に擦り寄ってしまっていた。
猫の身体の抗えない本能。気持ちよすぎる。
「よく見れば、なんと愛らしい顔立ちだ。毛並みも素晴らしい。よし、今日からお前は私の個人ペット、名は『タマモ』だ。誰にも触らせん」
「にゃ、ペット……?」
そこからの生活は、まさに天国だった。
最高級のシルクでできたクッションを与えられ、毎食、新鮮な最高級の魚や肉の料理(しかも骨は綺麗に抜いてある)を食べさせてもらえる。
アルベルト陛下は、仕事中も私を膝の上に乗せてずっと撫で回し、夜はベッドで抱き枕のようにして一緒に寝る。
完全に、世界で一番贅沢な引きこもりネコ生活だ。
◇
「エルサ(以前の私の本名)を探せ! あの怪獣に変身したネズミ女を連れ戻し裁かなければ、王族のメンツは丸つぶれ、我が国は完全に滅びる!」
ある日、風の噂で、踏み潰された祖国のレナード王子が、乞食のような格好で私を血眼になって探していると聞いた。
でも、もう遅い。
私は今、世界最強の竜帝陛下の腕の中で、トロトロに甘やかされているのだから。
それにエルサの姿を忘れたから、もう戻れないんだわ、これが。
「どうした、我が愛しのタマモよ。まだお腹が空いているのか?」
「にゃ〜ん(アルベルト様、おかわりが欲しいにゃ)」
私が甘えた声を出すと、陛下は嬉しそうに目尻を下げ、特製のスープを口元まで運んでくれる。
バカ王子に婚約破棄された令嬢は、王都を滅ぼし、巡り巡って、隣国の王宮で最高に幸せなペットになりました。めでたし、めでたし。
アルベルトの政敵はなぜか翌朝ぺちゃんこになって発見されるけど、それは秘密にゃ。
(おわり)




