一日の終わり
ポンウィパは、友人の憤慨に対して、それ以上の深入りはしなかった。
同情という安っぽい言葉で片付けるには、彼女の傷跡はあまりに深く、そして自分と似通っていたからだ。
ポンウィパ自身もまた、この魔都の最下層、スラム街の出身────蔑称で言うところの『掃き溜め育ち』である。両親の顔など知る由もなく、物心ついた時から泥水を啜って生きてきた。
政府が「衛生環境の改善」や「治安維持」という名目で定期的に行うスラムの一掃作戦、実質的な貧困層の虐殺から、彼女は幼い身一つで何度も逃げ延びてきた。
だからこそ、権力という名の暴力に対する嫌悪感は、痛いほど理解できる。
ポンウィパは、短くなったタバコのフィルターを灰皿に押し当て、紫煙と共に仄暗い記憶を吐き出した。
丁度その時、飛行ユニットがふわりと浮遊感を喪失し、完全停止した。
目的地であるロッドロッズ地区の高級アパートメント、『バビロン・ハイツ』の上空プラットホームに到着したのだ。
眼下には、幾何学的なデザインの空中庭園を備えた、白亜の巨塔が聳え立っている。外壁にはナノマシンによる自動修復機能付きの装甲タイルが敷き詰められ、窓ガラスは対物理の魔術障壁を兼ねた強化クリスタル製だ。スラムの住民が見れば、天界の宮殿と見紛うほどの豪華絢爛な佇まいである。
「レフィーマ、着いたよ」
ポンウィパは、車内に漂い始めたしんみりとした空気を払拭するように声をかけた。
「……ん、了解! 早くしよ、帰ってピザ食べたい!」
切り替えの早いレフィーマが、シートベルトを外しながら急かす。
「はいはい」
二人はキャノピーを開けてユニットから降り立つと、ポンウィパは慣れた手つきでユニットを『圧縮宝珠』へと格納し、『デバイズ』のフォルダーに突っ込んだ。
「えーと、三階のZ三〇三号室だっけ」
ポンウィパは、ボスであるルビアズから転送された座標データと住所を確認しながら歩き出す。
高級エリア特有の、人工的で清潔すぎる空気が鼻をつく。
目的の重厚なドアの前まで来ると、レフィーマは既に「ピザ、ピザ」と呪文のように呟き始めていた。ポンウィパはそれを無視し、インターホンのタッチパネルを押した。
「すみませーん、配達に参りましたー!」
ポンウィパは明るく、しかし事務的に告げる。
ここで『ルキフェル』の名を出すことはない。あくまで表向きは、個人のデリバリー代行業者を装うのが、裏社会の流儀でありマナーである。
『はーい、お待ちしてました。今、ロックを解除しますね』
スピーカーから、ややくぐもった、粘液質を感じさせる声が響く。
ガチャリ、という重い金属音と共に、電子ロックが解除された。
ドアが開くと、そこには短いエントランスがあり、その先には揺らめく光の膜────『光粒子網』が張られていた。
外部からの汚染物質や害虫、あるいは招かれざる客を焼却排除するためのセキュリティゲートだ。
二人が許可された訪問者としてネットをくぐり抜けると、視界が一気に開けた。
そこには、外観からは想像もつかないほどの広大な空間が広がっていた。
テニスコートが二面は入りそうなリビングルーム。高い天井にはシャンデリアが輝き、壁一面の巨大スクリーンには風景映像が流れている。
これは『空間拡張魔術』と、異次元建築技術を組み合わせた高級住宅特有の仕様だ。入り口のネットはポータルとしての機能も兼ねており、物理的な建物の容積を超えた、亜空間上の居住区画へと繋がっているのである。
靴のまま入室するアメリカ式スタイルで、二人はリビングへと進んだ。
出迎えたのは、依頼主である『無形原人』の女性だった。
身長は人間と同じ程度だが、その姿は紫色の半透明なゼリー状の肉体を持つ、巨大なカタツムリを思わせる。背中には美しい螺旋を描く貝殻を背負い、体側面からは人間と同様の形状をした腕が二本、生えていた。
「すみません、遅くなりました」
ポンウィパが軽く頭を下げる。
「お待たせしました!」
レフィーマもそれに倣い、ぺこりと会釈する。
リビングの奥では、ソファに深く沈み込んだ、さらに巨大な青色の『無形原人』の男性────おそらく夫────と、子供サイズの小さな蝸牛人が、コントローラーを握りしめてテレビゲームに興じていた。子供の体色も同じ青色であり、息子であろう。
異形の家族団欒。
だが、多種多様な種族が入り乱れるこの世界において、それは何ら珍しい光景ではない。ポンウィパもレフィーマも、眉一つ動かさずにその光景を受け入れる。
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。わざわざありがとうねぇ、こんな高い死亡率の日に……」
紫色の女性が、ゆったりとした口調で労いの言葉をかける。その表情筋の構造は人間と異なるが、声色からは確かな感謝と親しみが感じられた。
「お気になさらず。仕事ですので。こちら、ご依頼の品です」
ポンウィパは『デバイズ』を操作し、保温・保冷・形状維持の結界が施された『圧縮宝珠』から、ほかほかのピザボックス十箱を取り出した。
香ばしいチーズの匂いが、空調の効いた部屋に広がる。
女性は中身を確認し、感嘆の声を上げた。
「あらまぁ、本当に届けてくれたのね。ありがとう」
その匂いに反応し、ゲームに夢中だった子供の蝸牛人がバッと振り返った。
「あ、ピザだ! やっと来たー! お腹減ったー!」
子供が無邪気に駆け寄ってくる。
続いて父親である青色の男性も、巨体を揺らして立ち上がり、こちらへ這ってやってきた。
「おお、すまないね。危険な中を本当にありがとう」
父親が深々と頭を下げる。
「あの! ちょっとお訊きしてもいいですか?」
レフィーマが、好奇心を抑えきれずに身を乗り出した。
「『銀河チーズ火山』のチケットを十枚も、一体どうやって手に入れたんですか!? これ、発売開始から数秒で売り切れるプラチナチケットですよね!?」
目をキラキラさせて質問するレフィーマに、蝸牛人の父親は照れくさそうに頭(触角のあたり)を掻いた。
「いやぁ、たまたまさ。『コズミック・インダストリー社』のラッフル・オンラインくじに応募したら、特賞が当たってね」
「ええっ! すごい豪運ですね! 私、このお店の大ファンで、今日も自分用に買ってきたところなんです!」
レフィーマが興奮気味にまくし立てる。正確にはおまけなのだが、彼女の中では「買った」認定になっているらしい。
「お姉ちゃんも『トニー&エイリアンズ』好きなの? 僕もあのお店のピザ、大好きなんだ!」
子供が嬉しそうに触角を揺らして言った。
「わかる!? 本当にあそこのピザは最高だよね! 特に生地のクリスピー感と、あの独特な宇宙スパイスの配合が────」
「うんうん! チーズもすごく伸びるし、トッピングの『星屑ペパロニ』が美味しいんだよね!」
完全に意気投合し、ピザ談義に花を咲かせ始めるレフィーマと子供。このままでは小一時間は語り合いそうな勢いだ。
ポンウィパは、友人の肩を軽く押さえた。
「ほら、レフィーマ。早く帰るよ。いつまで油売ってるのさ」
「ちょっ、待ってよポンウィパ! まだ生地の発酵時間についての考察が終わってない!」
「はいはい、それは帰ってから存分に聞き役になってあげるから」
ポンウィパは有無を言わせずレフィーマの襟首を掴み、引きずるようにして玄関へと向かった。
「じゃあねーお姉ちゃんたち! ありがとう!」
子供が元気に手を振る。
「本当に助かりました。気をつけて帰ってね」
両親も笑顔で見送ってくれた。
ポータルである『光粒子網』をくぐり抜け、ドアを跨ぎ、二人は半ば強制的にアパートの廊下へと排出された。
「もー! もっと話したかったのに!」
「あんたねぇ、長話してるとルビアズさんが怒るし、帰りが遅くなるよ。せっかくの『銀河』なんでしょ?」
「……はっ! そうだった!」
ようやく本来の目的を思い出したレフィーマを見て、ポンウィパは呆れつつも小さく笑った。
仕事は完了した。あとは『ルキフェル』事務所に戻り、ルビアズに報告後、帰って平和なピザパーティーを楽しむだけだ。
♥
高級アパートメント『バビロン・ハイツ』を後にした二人は、再び飛行ユニットに乗り込み、『ルキフェル』の拠点が隠蔽されたフラクタル構造の亜空間エリアへと帰還した。
ポータルの入り口を守護するように設置された巨大水槽の中では、体長三メートルを超える『メガ・ピラニア』の群れが、虹色の鱗を煌めかせながら悠然と回遊している。その鋭利な牙が並ぶ口元からは、直前に放り込まれた餌の肉片が漂っており、通過する者の肝を冷やすには十分な威圧感を放っていた。
ポンウィパとレフィーマは、その凶暴な番人に見守られながらポータルを潜り、事務所へのアクセスコードを入力した。
事務所のポータルを潜ると、そこには緊張感とは無縁の光景が広がっていた。
革張りの巨大なソファには、長い白髪の『エグジスト』、ゼノヴィアがだらしなく寝っ転がり、ジャパン・コミックの英訳版を読み耽りながら、時折あくびを噛み殺している。睡眠など必要ない『エグジスト』だが、あくびは出る。
そして、執務用のマホガニーデスクに向かっているはずのボス、ルビアズは、何故か卓上にトランプの城を築き上げていた。それも一つや二つではない。デスクの表面を埋め尽くすほどの、緻密かつ壮大な摩天楼群である。
「戻りましたー!」
ポンウィパが、あえて腹から声を出して叫んだ。
「あぁっ────!?」
その声の振動に、ルビアズの指先がわずかにブレた。
物理演算が残酷な結果を導き出す。
音もなく、しかし劇的に、トランプの摩天楼は雪崩を打って崩壊した。数時間の労作が、一瞬にして紙切れの山へと還る。
「ルビアズさん、何してるんすか」
ポンウィパは、崩れ落ちたトランプの残骸と、呆然とするボスをジト目で見つめた。
「私たちが死亡率八十パーセントの空域で、命懸けのピザ配達ミッションを遂行してる間、悠長に遊んでたんですね」
レフィーマもまた、冷ややかな視線を向ける。その瞳に侮蔑の色はないが、呆れと疲労が色濃く滲んでいる。
「ち、違う。これはだな、精神の統一と言うか、魔力操作の精密性を高めるための……」
ルビアズはしどろもどろになりながら言い訳を試みるが、そもそも『エグジスト』である彼女に魔力はないため、説得力は皆無だ。
「まぁ、ルビアズさんの怠け癖はいつもの事っすけどね」
ポンウィパは苦笑しながら肩を竦めた。
「ぐっ……」
言い返せないルビアズ。とても組織のボスとは思えない、情けない醜態。レフィーマが追い打ちをかける。
「本当、大変だったんですからね。空はハーピーやら何やらが悪魔の運動会みたいに飛び回ってるし、文字通りの悪魔でびっしりだし、地上は地上で、『食屍鬼』だらけの百鬼夜行で、まさに地獄絵図でしたよ」
「それに関しては……ほんとにすまん。うっかり死亡率の確認を忘れていてな。お前たちの珍道中はモニターで見てたが……私も悪いし、レフィーマ、お前の壊した社用車の件は、今回は不問にしとく」
ルビアズはバツが悪そうに視線を逸らし、手早くトランプを回収し始めた。
「……まぁ、いいですけど。こっちは得しましたし」
「あ?」
「いえ、こっちの話なので」
「はぁ」
レフィーマは鼻を鳴らした。本来なら小一時間は文句を垂れるところだが、懐には『銀河チーズ火山』の箱がある。その事実が、彼女の寛容さを無限大に引き上げていた。
「なんだ、生き残ったんだ。おめでと」
不意に、ソファの方から抑揚のない声が飛んできた。
ゼノヴィアである。
彼女はつい先刻、クイーンズ区で暴動を起こした『エグジスト』五人衆率いるカルト教団を単独で壊滅させてきたばかりだ。彼女に言わせれば「準備運動にもならない雑魚掃除」だったそうで、その衣服には返り血一滴すら付着していない。
彼女は、その幾何学的な図形を描く異質な瞳────真紅の虹彩に向かって黒い線が集中線のように走る、人間離れした魔眼────を一瞬だけ二人に向けて、すぐに手元のコミックへと視線を戻した。
「ええ。おかげさまで生き残りましたけど。何か悪いですか?」
レフィーマの声が、あからさまに低くなる。
ゼノヴィアは彼女に反応すらしない。ページをめくりながら、『ルキフェル』のボスに問いかけた。
「ねぇボス。賞賛すれば人間は喜ぶんじゃないの? あの本に書いてあったことはデタラメ?」
ポンウィパたちが不在の間、ルビアズはゼノヴィアに「人間心理の基礎と応用」という本を読ませていた。少しでも人間とのコミュニケーションを円滑にするための教育的指導だったのだろうが。
ルビアズが頬杖を付き、溜息をつく。
「ゼノヴィア。私もあれだから人の事は言えないが……お前、言い方ってもんがあるだろ」
「虫けらどもにも、心とか言う面倒な器官があるって言ったのルビアズさんだし、本にも書いてあったよ? だからあたしなりに、つつけば死ぬような塵芥虫が無事帰還したのを褒めてあげたのに。感謝こそすれ、なんで不機嫌になるわけ? 虫の気持ちなんて、やっぱり分からない」
ゼノヴィアは心底不思議そうに、感情の抜け落ちた声で言った。
彼女にとって、人間を「虫けら」や「ゴミ」と呼ぶのは悪口ではない。単なる事実の羅列、あるいは生物学的な分類に近い認識なのだ。
しかし、レフィーマにとっては最大の侮辱である。彼女の拳が震え、怒りのボルテージが臨界点を突破しようとしていた。
「レ、レフィーマ! 落ち着いて!」
ポンウィパは慌てて割って入り、彼女を宥和する。
「おい、ゼノヴィア! お前、なんで朝より語勢が悪くなってるんだよ!」
ルビアズが叱責するが、ゼノヴィアは涼感な顔で反論した。
「て言うかさ、なんでルビアズさんはそこまで人間に肩入れする訳? 人間なんて、壊れたらまた新しく補充すればいいじゃん。この魔女、ポンウィパをここに入れた時みたいにさ」
彼女はポンウィパを指差し、悪意のない純粋な疑問としてそう言い放つ。事実、ルビアズ本人も本部の魔法使いが死んだ際、「人間などいくらでも替えのきく駒で、適当に若く有能そうなポンウィパを引き抜いた」という事は否定できない。
だが、ゼノヴィアのそれは、まさに侃々諤々とした態度。一切の情がない。百年以上を闘争の中で生きてきた、彼女の最上位生命体としての価値観は、付け焼き刃の教育で矯正できるものではない。
「ゼノヴィアさん、酷いっすよー。私らだって、これでも一生懸命働いてるんすから」
ポンウィパは苦笑いで受け流す。彼女は『エグジスト』という生物の根源的な欠落を理解しているため、いちいち目くじらを立てたりはしない。
だが、レフィーマは違う。
「本当に、この人は……っ!」
レフィーマが一歩踏み出し、抗議の声を上げようとした。
その瞬間。
ゼノヴィアが、煩わしそうに顔を上げた。ようやく『人間』の方へ振り向いた。
「五月蝿いな。殺していい?」
空気が、凍りついた。
物理的な温度が下がったわけではない。濃密で、純粋で、圧倒的な死の予感が、部屋中の酸素を食らい尽くしたのだ。
ゼノヴィアの目は笑っていなかった。かといって、激怒しているわけでもない。彼女の意図としては、友人が軽口で「黙らないとぶっ飛ばすぞ」と言う程度の、彼女なりに読んだ本を参考とした、軽いジョークのつもりだった。
だが、発せられたほんの僅かな殺気は、核弾頭のスイッチに指をかけた時のような絶望的な重圧を持っていた。
種族としての格の差。捕食者と被食者の絶対的な境界線。彼女がその気になれば、人間レベルで言えば上澄みに入る高位『異能者』の二人でさえ、コンマ一秒もかからずボロ切れになるだろう。
「……っ」
レフィーマの喉がひきつり、声にならない悲鳴が漏れた。
先程までの強気な怒りは霧散し、顔色は蝋のように白く染まる。本能が「動くな、死ぬぞ」と警鐘を鳴らし、恐怖で全身が硬直する。
「ちょ、なんてこと言うんすかゼノヴィアさん!? 笑えないっすよ、マジで!?」
ポンウィパもまた、背筋を冷たいものが駆け上がるのを感じながら、必死に声を絞り出した。その額には冷や汗が滲んでいる。
「……あれ?」
二人の反応を見て、ゼノヴィアは首を傾げた。なぜ怯えるのか、なぜ笑わないのか、理解できないといった様子だ。ルビアズの努力虚しく、彼女の人間への態度は中途半端なものになり、結果的に悪化して、事務所に最悪な空気を充満させることになった。
「……お前、もうマジで黙れ」
ルビアズが低い声で言った。今度は本気のトーンだ。彼女の漆黒のハートの瞳には、恐怖に引き攣った二人の『人間』と『エグジスト』が映っていた。
「これ以上は、私も見逃す訳にはいかないぞ。その口を閉じる前に、二人に謝れ」
「あっ、えとその。ごめん……?」
流石にボスの真剣な怒気を感じ取ったのか、ゼノヴィアはしおらしく肩を縮めた。
だが、その謝罪には重みがない。自分が何をしたのか、なぜ叱られたのか、その本質を理解していないからだ。
ポンウィパは大きく息を吐き出し、乱れた心拍を整える。ゼノヴィアなりの下手くそなジョークだったことは察したが、心臓に悪すぎる。
一方、レフィーマは依然として硬直したままだ。今の殺気は、彼女のトラウマスイッチを刺激するのに十分すぎた。
「と、とりあえず。二人はもう帰っていいぞ」
ルビアズが場の空気を変えようと、手を振った。
「ポンウィパ、お前は明後日からまた大学だろ。レフィーマにも、後で何か美味いモン奢ってやるから。これ以上、事務所に険悪な空気を流すなっ」
「……お疲れ様っす。ほら、帰ろ、レフィーマ」
「……」
ポンウィパは、石のように固まったレフィーマの腕を取り、引きずるようにして出口へと向かった。
「気をつけろよ」
ルビアズが背中に声をかける。
ゼノヴィアは既に興味を失ったのか、寝転がってコミックを読みながら、視線も向けずにひらひらと手を振っていた。
♥
事務所を出て、地上へと戻った二人。
日は既に沈み、ニューヨークの街は毒々しいネオンの光に彩られていた。
ポンウィパとレフィーマは、喧騒に包まれた通りを並んで歩いていた。
路上では、派手なスポーツカー同士の衝突事故をきっかけに、ドライバー同士による銃撃戦が始まっている。
頭上では、制御を失ったエア・カーが謎の爆発を起こし、炎を撒き散らしながら墜落していく。
「すんません、通ります! ちょっと急いでるんで!」
少し遠くでは、体長十六フィートはある巨大な緑色のスライム型『無形原人』が、アスファルトをドロドロと這いずり回っていた。
「あぁ!? 邪魔だっつってんだろ、この粘液野郎!」
通りすがりの、サイバーパンクな衣装に身を包んだ荒くれ者の『異形人』の女が、スライムに悪態をつきながら、光るデザインのレーザーブレードを振り下ろした。
しかし、刃はスライムの体液に吸収され、勢い余った女ごと体内に取り込まれてしまった。
「ぶごっ!?」
「あぁ!? すんませんマジで! すぐ吐き出しますんで!」
スライムは慌てて身体を収縮させ、ペっ、と女を吐き出した。
女は粘液まみれで目を回し、口から白い魂を吐き出しながら気絶している。
魔女と超能力者は、そんな光景を一瞥しただけで、特に気にする様子もなく通り過ぎていく。自分たちに害が及ばない限り、これらはただのBGMであり、この街の日常風景の一部に過ぎない。
「……私、やっぱりあの人嫌い」
レフィーマがぽつりと呟いた。その声はまだ微かに震えている。
ゼノヴィアから浴びせられた純粋な殺意の記憶が、まだ肌にまとわりついているのだ。
このままでは、彼女の思考が暗いループに陥ってしまう。友人の怯えた顔など見たくないポンウィパは、努めて明るい声を上げた。
「う、うん。まあ、あれはああいう生き物だからさ。でも、いいんじゃない? 結果オーライだよ」
「何がよ」
「だって私たち、あのゼノヴィアさんでも簡単には手に入れられない、幻の『銀河チーズ火山』を手に入れたんだし! これって、実質私たちの完全勝利じゃない?」
ポンウィパの言葉に、レフィーマがハッとしたように顔を上げた。
「……そうだった! 私たちにはあのピザがあるもんね!」
瞳に光が戻る。食欲という名の最強の貪婪エネルギーが、恐怖を上書きしていく。
「ざまあみろ、ゼノヴィアのやつ! あいつが侘しいカップ麺を啜ってる間に、私たちは銀河の味を堪能するんだ! あーはっはっは!」
先程までの鬱屈した態度が嘘のように消え去り、レフィーマは高笑いを始めた。
その豹変ぶりに、ポンウィパも思わず吹き出しそうになる。
単純で、感情の振れ幅が大きく、そして何より食い意地が張っている。それが、この厄介で愛すべき友人の本質なのだ。
「私も明日は休みだしさ、今夜は二人でピザ食べながら、夜通し飲み明かそうよ!」
レフィーマがスキップをしながら提案する。
「ちょ、勘弁してよ。お前と違って私は酒強くないんだってば」
「いいじゃんいいじゃん! 今日は勝利の美酒だよ!」
「待って、速いって!」
ウキウキで加速するレフィーマを、ポンウィパが小走りで追いかける。
周囲では銃声と爆発音、そして誰かの悲鳴が絶え間なく響いている。
波乱に満ちた一日だった。死にかけたし、脅されたし、世界は相変わらず狂っている。
けれど、とにかく今日も生き延びた。そして手元には最高のピザがある。
それだけで、今日は十分に良い日だったと言えるだろう。
「あはは、置いてくよーのろまさん!」
「もー! 転んで『圧縮宝珠』からピザ落としても知らないからね!」
魔女と超能力者は、混沌の夜へと溶け込むように、軽やかに駆け抜けていった。今宵はきっと、騒がしくも楽しい夜になるだろう。




