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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

木枯らしステラバイク

作者: 宮生さん太
掲載日:2025/12/05

 木枯らしが、都市上空の気流を白く裂いていた。

 軌道都市ステラ・ツリーの端でペダルを踏み込むたび、胸の奥がひどく痛む。


 君が消えた日から、ずっとだ。


 真空に似た静寂が降りるエアダクトの隙間で、君はふいに笑って、そして忽然と姿を消した。

 「ちょっと、行ってくるよ」

 その言葉は、旅立ちの合図じゃなくて、別離の宣告だったんだと気づいたのは、ずいぶん時間が経ってからだ。


 君が残したのは、古ぼけたトランクひとつ。

 開けても底が見えない、不思議な空間を抱えた旅支度。

 その中には、星図の切れ端と、君の体温みたいに微かにあたたかい紙片が一枚『きみの行きたいところへ』とだけ書かれた文字。


 無責任にも見えるその言葉に、僕は何度も救われ、何度も傷ついた。


 ステラバイクのホイールが磁気レールを噛み、夜空へと跳ね上がる。

 僕は君の座標を追うように、宙へ飛び込む。

 記憶は、宇宙線に焼かれて少しずつ壊れていくらしい。

 君の声の高さも、笑ったときの目の形も、指先のあたたかさも、輪郭が削れていく。

 だけど。失った痛みは、どうしてこんなにも色鮮やかなんだろう。


 風は木枯らしのように冷たく、けれど遠い星へ向かう者を後押しするみたいに、背中を押してくる。


 君が向かったとされる惑星スノウル

 遺失記憶症の旅人だけが辿り着けるという噂の雪の惑星。

 記憶がほどけるその場所で、君は何を見ているんだろう。


 僕もそこに行けば、君を思い出せなくなるのかな。

 それでも、会えるなら。そのとき僕は、また君に恋をする。


 なぜなら君が最後に見せた笑顔は、確かに僕に向けられたものだったから。


 たとえ記憶の全部が宇宙に散ったとしても、僕は、その瞬間だけは忘れない。


 空へ吸い込まれるように漂う雪の粒は、まるで失われた記憶の欠片みたいだ。


 氷の大地の端に、トランクを抱えた男が立っていた。風に黒髪が揺れ、肩ごしに振り返る。


 胸の奥が、痛みに近い光で満ちる。


 「会いに来るなんて、思ってなかったよ」

 君は少し驚いたように笑い、雪片をはらう。


 記憶の中の君とは、どこか違う。

 でも、確かに君だった。


 僕は息を吸い込む。

 宇宙の匂いと、木枯らしと、君の声と。


 「もう一度、君を追いかけさせてくれないか」


 雪の惑星で、君はまた少し照れたように笑った。

 それは初めて出会ったときの笑みとも、別れた日の笑みとも違う。

 宇宙を旅した時間だけ、深く優しい光を宿していた。


 トランクの留め金が静かに開く音がした。


 そこからこぼれた星図は、新しい旅路を示していた。

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