第46話:16回目の
出前で頼んだ寿司とピザを平らげると、父さんが冷蔵庫から純白の箱を取り出してきた。
中は立派なカットケーキ。
ろうそくはないが、阿吽の呼吸で父さんと妃菜が口を開く──
「ハッピーバースデートゥーユー──」
合わせる気がないのか。それとも合わせようとしているが、合わないのか。どちらでもいいが、父さんも妃菜もグダグダで、どこから突っ込めばよいものか。
それでも、胸の奥はじんわりと熱くなり、祝おうとしてくれているその事実がとても嬉しかった。
「ひーくんはどれ食べたい?」
机の上に置かれた箱の中で、三種類のカットケーキが程よい光沢を放っており、上品さを醸し出している。
チョコレートケーキ、チーズケーキ、フルーツタルト。
このなかでは……チーズケーキかな。
妃菜はチョコレートケーキを選ぶだろうし、父さんはフルーツタルトが昔から好きだ。長い間一緒にいるから、そんなこともわかってしまう。
「チーズケーキにするよ」
「ほんと? じゃあ私はチョコレートケーキ!」
やはり。
そして必然的に父さんはフルーツタルトに手を伸ばす。
俺はチーズケーキのような、甘さ控えめのものが好きなので、全員が満足する結果となった。
もしや、父さんはそれを全て見越して買ってきたのか?
そう思うと、自然と口の端が吊り上がる。
インスタントの温かい──いや、熱々の紅茶を啜りながら、ケーキを一口頬張る。
……美味しい。
しっとりなめらかな食感がいい。
食べながら、隣に座る妃菜の方へ視線を向ける。
「熱っ」
大の猫舌とのこともあり、妃菜はちびちびと紅茶を啜っては、顔を顰める。
そんな様子が微笑ましくて、笑わずにはいられない。
「ぷはっ──!」
「ちょっと……なに笑ってるの?」
「ごめん。ちょっとおかしくて……ははっ」
もう。と口を尖らせるが、すぐに噴き出すように笑う。
腹を抱えて、その肩は小刻みに震えていた。
そんな俺と妃菜を、机の反対側からにまにまと、うざい顔で眺める父さん。
視線が合うと「二人は仲がいいなー」と目を細められ、何とも言えないむず痒さが全身を覆った。
慌てて顔を背ける。
……しまった。これじゃ余計に肯定しているようなものじゃないか。父さんの目尻がさらに下がるのが、見なくても分かった。
◇
妃菜を家まで送ると、早めに風呂を済ませて自室に逃げた。
送ったと言っても、徒歩5秒ほどだが、「ありがと」と言う笑顔が見れたので、悪い気はしない。
ふと机に……と言うより、机の上に目を向ける。
小さな紙袋。
帰り際、小さく呟くようにして妃菜から手渡されたものだ。
『私がいないところで開けて。誕生日おめでと』
と、目を逸らしながら言われ、ドキドキしたのはここだけの話。
紙袋の中には、ラッピング袋。
その中にキーケースが入っていた。
シンプルなデザインで、暖かみのある色だ。
早く使いたくなって、鞄の中に乱暴に入れてあった家の鍵を、キーケースのリングにつける。
「わあー」
間抜けな声が口から零れる。
いつまでも眺めていられる気がした。
ベッドに仰向けになって、部屋の電気に向けてかざす。
嬉しくて緩んだ頬が、元に戻らない。
そんな時、現実に引き戻すように扉が叩かれた。
「響。起きてるか?」
「…………起きてるよ」
「そうか、よかった。少しだけ、出てきてくれないか」
「ん。今行く」
足で反動をつけて、勢いよく立ち上がる。
リビングでは、父さんがテレビを消して待っていた。
バースデーケーキを食べる時に注いだ紅茶の残りからは、湯気が消えている。
父さんはそれを一口啜ると、早速口を開いた。
「響。改めて誕生日おめでとう」
「ありがと。父さん……」
やけに真剣そうな表情に、少しだけ違和感を感じた。
「はい。これは父さんと、親父からだ」
「おじいちゃんからも?」
「ああ、そうだ。すごく迷ったから……あっ、とりあえず開けてみてくれ」
重みのある、高級そうな箱だった。
恐る恐る、中を開ける。
「これって……腕時計?」
「そうだ。響も、もう高校生だからな。大人っぽいのをつけていても、おかしくないだろ?」
「でもこれ……高かったんじゃ……」
腕時計に刻まれた文字を見るに、世界的に有名なブランドの物だろう。
こんなに高価な物だと、外につけていくのも気が引ける。
「安心しろ。10万円以内だ」
「それでも高いじゃん……」
「まあ、そんなことは気にするな。早くつけてみてくれよ」
後から「仕事でいなくなるまでに見たい」と付け足される。
思い返してみると、今までにつけたことのある腕時計は、おもちゃの物だけかもしれない。
落としてしまわないようにと、思わず固唾を飲み込む。
父さんは「俺も似たのつけてるから大丈夫だ」なんて茶化したが、それでも俺にとっては簡単に手が出せるような物ではなかった。
「どう……かな?」
「おお──!」
興奮気味に声を大きくすると、父さんはスマホを取りだして、何枚か写真を撮ってきた。
どうやら、おじいちゃんに送るらしい。
後で、ビデオ通話でもして感謝を伝えよう。
「いいな──やっぱり、響にはそういうのが似合うな」
写真を撮り終えると、父さんは頷きながら言う。
「ほんとありがと。誕生日を祝ってもらえるなんて思ってなかったから、尚更嬉しかった」
「なら、サプライズ成功だな」
「そうだね。少しも気づかなかった」
「響……今まで生きてえらい」
「…………ありがと、う」
冬美との件など、様々な出来事が頭を過ぎり、震えた声で返す。意地でも笑顔を作って──
泣きそうになったが、父さんとしばらく別れるのに、最後に見せたのは笑顔でいたかった。
16回目の誕生日は、今までで一番幸せで、終わってしまうのが名残惜しかった。




