第45話:一人だけ除け者
恋春の家を出て帰ると、父さんは慌ただしく荷造りをしていた。
「そっか……」
思わず、悲しげな声が漏れる。
数日前、夜ご飯を終えると父さんは真面目な顔で話し始めた。
『響。……また大きな企画を持つことになってしまった』
喜ばしいことなのに、何故頭を下げるのだろう。
その理由は、考えるまでもなかった。
俺を一人にするのが申し訳ないからだ。
『いいじゃん。頑張ってきてよ』
あの時、俺は心から喜び、返事をした。
それなのに今さら寂しがるなんて、ダサい。ほんと、ダサすぎる。
「響ー。僕の髭剃りどこかわかるか?」
「昨日風呂場に持って行ってそのままなんじゃない。探してくるよ」
「助かるよ」
こんな、何気ない会話もしばらくはお預け。
胸をぎゅっと締め付けられるのと同時に、俺自身の成長の可能性を感じた。
──もう、精神的に追い込まれて病院に送られない。
──困ったら、頼れる人にすぐ頼る。
うん。なんかいけそうな気がする。
「髭剃り、見つけたよー」
「そうか! 助かった。それだけが見当たらなかったんだよ」
どうやら成長しているのは俺だけじゃないらしい。
父さんは仕事は完璧なクセに、その反動のせいか、家では「後でする」と言っておいて何もしない。
そんなこともあり、荷造りも家を出る前日に慌ててしていたのが……今までの話。
今日の様子を見ていると、これからは大丈夫そうだ。
「よし、今日は妃菜ちゃんも誘って、パーっと飲むぞーッ!」
「いきなり誘われても迷惑なだけだろ」
「安心しろ。もう誘ってある。一週間くらい前だったっけな……」
なるほど。
父さんは仕事で長い間家を空けることを、俺よりも先に別の人に話していたのか。
寂しさが薄まり、代わりに怒りと失望がこみ上げてきた。
最近は俺がいない日でも、父さんに会いに妃菜が家に来ているくらいだ。さぞかし仲がいいのだろう。
「あ、まいったな。出前は頼んだけど、肝心のジュースとビールを買うの忘れてた」
「暇だから俺が買ってくるよ。……まあ、ビールは買えないけど」
「ほんとか! ありがとう。僕はまた別の準備をしておくよ」
出前を頼んだ。
飲み物は俺が買ってくる。
それ以外に、やることはないだろ。と突っ込みかけて、こらえた。
明日からまた仕事だ。それなら、少しくらい楽をさせたっていいか。
◇
「鍵かかってるし……」
いろんな種類を楽しむため、2リットルのペットボトルは敢えてやめておいた。その分たくさん買ったため、レジ袋の中でゴロゴロと転がって腕が疲れて辛い。
父さんがいるからいいだろと、鍵を持たずに出たら、案の定このザマだ。
インターフォンを鳴らしても、どこかに出かけているのか、返事がなかった。
「あれ、ひーくんじゃん。どうしたの?」
ガチャと、小さい音が聞こえたかと思えば、隣から妃菜の声がした。
いつもより少しだけ化粧をしていて思わず綺麗。と呟きかけてしまう。服もいつもより気合が入っているようで、しわ一つとしてなかった。
俺の父さんとの別れがそんなに寂しいのか。
ちゃっかりと、手には小さな紙袋。
一人だけ除け者にされている気がした。
「家に父さんがいるはずなのに、鍵を開けてくれないんだよ」
「ね、寝てるんじゃない?」
「いやいや、そんな訳がないだろ」
「もう一回インターフォンを鳴らしてみたら?」
言われた通りに鳴らす。
すると、中からバタバタと足音が聞こえ、簡単にドアが開いた。
ますます怪しい。
俺が知らない間に、二人に何かあったな?
そう、思わない方がおかしい。
「まったく……」
呆れ気味にドアを引くと、パァンッと、破裂音。
思わず瞬きを忘れた。
それは、音に驚いたからではない──
「響、誕生日おめでとう!」
「ひーくんおめでと!」
前後からの元気な声。
今日は7月29日。
──そうだ、俺の誕生日だった。




