第43話:家族(※浮気注意)
響が帰ったのを確認すると、私はベッドに大の字になる。
「……ふふっ、ほんと単純」
さっきまでの甘ったるい空気が嘘みたい。
熱かった頬は既に冷め、腹の底から笑いが湧き上がる。
私は女優なんかじゃないから、狙って泣いたり、照れたりするのは無理だ。
けれど響を前にした時、もしコイツが龍生くんだったらと思うと、自然とドキドキしてしまった。
泣き真似は、龍生くんに嫌われるかもしれないと思った瞬間、胸が締め付けられた。
「あんなヘタレのようじゃ、龍生くんに勝てっこない」
龍生くんは、女の子慣れしているところが、また良い。
あの人は冷たくしてくるけれど、恐らく実際は私の事が好きでたまらないんだ。
それに比べて、響のようなウブな男は話にならない。
デート中に迷子になったりしたら、即別れてやる。
「まだあの女のことを好きだなんて……」
そもそも、冬美の良さが分からない。
龍生くんに寄り付く、ただのハエ。
鬱陶しいクセに、私よりもモテてるのがムカつく。
どうせ可愛子ぶって、男共をたぶらかしているに違いない。
「浮気なんてするなら、最初から関わらなければいいのに」
私は龍生くん一筋。
でも、あの女は響と付き合いながらも、他の男と付き合ってる──しかも、その相手は龍生くんだ。
まるで、私の実の両親を見ている気分。
「お父さん、どうして私を置いて行ったの……」
泣き言が口から溢れ落ちる。
『アナタはいつもそう。どうせ私とこの子のことはどうでもいいんでしょ』
ああ、まただ。
冬美を見ていると、何度も絶望の光景が脳裏に蘇る。
だから嫌いなんだ。
あの女も、実の両親も──
◇
「アナタはいつもそう。どうせ私とこの子のことはどうでもいいんでしょ」
「チッ──うるせぇな。誰のおかげで、こんなにいい所に住めてると思ってんだ?」
「そんなことは今関係ないでしょ」
物心がついた時には、すでにこんな風に家族の雰囲気は最悪だった。
お父さんは外に女がいる。そのせいで、お母さんはいつも機嫌が悪い。
大人の事情も知らない私は、二人の怒鳴り声をベッドの中で毎日聞かされた。
家に帰るのが苦痛で、友達の家で夜遅くまで時間を潰すのが、いつしか日常になっていた。
「いつもこんな時間まで、ごめんなさい……」
「いいのよ。親御さん達と、上手くいってないのでしょ? 困った時はお互い様よ」
友達のお母さん──おばさんは優しく微笑んで言ってくれた。
後に、「くれぐれも、親御さんを心配させてはダメよ」と付け足して。
嫌な顔ひとつ見せず、いつしか心の拠り所となっていた。
あの事件が起きるまでは──
◇
小1の夏休み。
その日も、友達の家で時間を潰していた。
「ねえ、恋春ちゃん」
幼稚園の頃からの親友だった妃菜からは、いつものハツラツとした雰囲気が感じられなかった。
スカートの端をギュッと握り、唇を噛んでいる。
「もう来ないで」
「…………え?」
妃菜の目の端には涙が浮かんでいる。
きっと、その決断は簡単にはできなかったのだろう。
「どう、して……」
「ママったら、いつも恋春ちゃんのことばかり。私だって構ってほしいの」
今となってはわかる。
大切な人を奪われる気がして、怖いのだろう。
しかし、幼かった私の心は、その一言で抉られるような痛みを感じたのだ。
私はその日を境に、妃菜と関わるのをやめた。
お父さんが出て行くと言い、マンションと財産の一部は私たちの物になった。
私が不自由なく暮らせるようにと、残してくれたらしい。
しかし、お母さんは壊れてしまった。
毎日違う男を家に呼び、ベッドの軋む音が毎晩のように聞こえる。
──私のことはお構い無しに。
転校し、祖母と暮らすことになった。
祖父はすでに他界し、一人で寂しくしていたこともあってか、私は凄く可愛がられて育った。
出て行ったお父さんが毎月お金を送ってくれたので、生活には困らない。
中学では普通の生徒らしく、勉学に励み、好きな人だってできた。
結局、友達にもなれず、憧れのままで終わってしまったが、あの時間は今でも忘れられない──大切な思い出だ。
ある日、お父さんに呼ばれ、とあるパーティ出席した。
どうやら、偉い人に娘と一緒にどうぞと、誘われたらしい。
相手は日向遥高。ニュースでよく目にする、政治家だ。
慣れない空気に頭痛がして、ベランダで星を眺めていた。
田舎だからか、すごく澄んで見える。
そんな時、カツカツと靴の音を鳴らして、同年代くらいの男の子が話しかけてきた。
「やあ、見ない顔だね」
「こ、こんばんは!」
「ははっ、緊張しないで」
そう言って、ニコッと笑う彼の名は──日向龍生。
私が、本気で好きになった人だった。




