第41話:女子の部屋1
今日は俺が、今最も推している作家の、新刊の発売日だ。
バトルものの少年漫画で、老若男女問わず人気で、売り切れることはザラにある。
何としてでも、初日に読みたい。
そんな思いを実現させるため、今朝は早起きして家を出た。
「腹減った……」
計画はこうだ。
目星をつけた書店の近くで朝食を済ませ、開店と同時に買う。
完璧すぎる……我ながら、100点満点をあげたいくらいだ。
「美味そう」
偶然通りかかった店は、モーニングが売りのカフェだった。
ショーウインドーから覗くと、中は髭を生やした、イカしたおじさんが何人かいた。
コーヒーを啜りながら、新聞をめくっている。
「ここにするか」
キラキラした女子高生達がいないだけで、カフェに入るハードルがこんなにも下がるだなんて。
少しだけ、人としてのスキルが磨けた気がして嬉しかった。
朝食を済ませると、書店の開店の少し前には目的地に着くことができた。
これはもう、勝ったも同然だった。
『9:00』
自動ドアが開き、恐らく同じ考えであろうライバル達との戦争が始まる。
お目当ての漫画は、山のように積まれていたため、割とすんなりと買えた。
しかし、店頭からなくなるまで、あまり時間がかからなかった。
「今回はツイてるな」
前回は、出遅れたせいで発売日から一週間も待つことになった。
過去の失敗を活かし、勝ち取ったこの景色は、簡単に言葉で表せるようなものではない。
「ひーくんじゃん、終業式ぶりだね!」
その声は、眩しいくらいの笑みを浮かべた恋春のものだった。
普段の可愛らしい印象からは想像できない、スポーティーな服装だ。
ピチッとしたパンツは、彼女の人形のように細い脚の良さを、最大限引き出している。
「ひ、久しぶりだな」
退院後、簡単にだが妃菜を悪く言ったことに対して、説教じみたことをした。
それから話していないこともあり、少しだけ気まづい。
当の本人は全く気にしていない様子だが、悪く思われていたらどうしようと、彼女の目を見るのが怖かった。
「むむ! それって……"星を食らう魔法使い"だよね!」
「そうだよ。まさか、恋春も読んでるのか?」
「当たり前じゃん! 最新刊買いに来たんだけど、売り切れてたんだよね〜。……あはは。ほんと、さっき来たばかりなのにさ」
寂しそうに笑う姿が、彼女らしくなくて、少しだけ胸の奥がモヤっとした。
「よかったらさ、これ、先に読む?」
「私はいいよ。その様子だと、ひーくんも凄く楽しみにしてたんでしょ」
「そうだけど。でも……」
恋春は、俺の手にある漫画をじっと見つめていた。、
「だったらさ、私の家に来ない?」
「…………え?」
半ば強制的に、俺は恋春の家に上がることになった。
◇
「お、お邪魔します……」
俺がここにいていいのかと、玄関に入った瞬間から感じていた。
──見るからに高級マンションだったのだ。
それだけでも手が震えたのに、エレベーターに乗ってから止まるまでが長くて、場違い感がある。
「お母さんと二人暮しだけど、今日は帰ってこないから安心して」と、恋春は笑っていたが、それどころではなかった。
「ごめんね。部屋が散らかってるから、少しだけここで待ってて!」
そう言って、恋春は自室に消えていった。
残された俺は気まづくて、キョロキョロと周りを見渡す。
プライバシーが守れないくらい、大きな窓からは美しい街並みが拝める。
「わあ……」
あまりの高さに、恐ろしさすら感じている。
道を歩く人々は、まるで米粒のように小さく、王にでもなったような気分だった。
これを女手一つで維持する母親、一体何者?
恋春の気に触れるようなことは言わないでおこうと、強く決意した。
ガシャン──
恋春の部屋からは、絶えず物音が聞こえてくる。
まだかかりそうなので、もう一度景色に目を向けた。
もし今が夜なら、きっとイルミネーションのような、幻想的な景色なのだろう。
いつも、こんな景色を見ている恋春が、少しだけ羨ましかった。
「ひーくん。ご、ごめんね……少しだけ、時間がかかっちゃった」
広いのにやけに静かな部屋で、恋春の声だけが響いた。
申し訳なさそうな声につられて振り向く。
思わずハッと息を飲んだ。
さっきまでの外行きの服とは違って、薄い一枚のシャツからは、いかにも部屋着といった感じがした。
「えと、なんか変、かな……」
「いや! すごく似合ってる、よ?」
言い切るのが恥ずかしく、疑問形のようになってしまう。
しかし、褒められたことには変わりはない。
恋春は恥ずかしそうに頬をかいていた。
その笑顔の奥に、何かを測るような色が、一瞬だけ見えた気がした。
ただ、妙なことが起きないよう、できるだけ見ないでおこう。
「それよりもさ、入って入って!」
恋春は手招きするようなジェスチャーをする。
意識すると、尚更緊張してきた。
それは、玄関に入った時から漂う香水の匂いのせいか、知り合ってすぐの女子の部屋に入るからか。
答えは、恐らく後者だろう──
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